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夜のオネエサン@文化系

2020.09.25 更新 ツイート

セックスをすると気持ちがいいらしい~『破局』(遠野遥) 鈴木涼美

遠野遥『破局』河出書房新社

最近、2日かけて体力勝負で仕上げた原稿が間違ってパソコンから忽然と消えたり、飲み物を保管するのに愛用していたボトルが食洗機の中で割れたりと嫌なことが続いて、人生で4度目の反抗期を迎えているのだけど、いま日本を出るのは難しいし、違法なことをすると何かと代償の多い年齢かつ時代な気がするので、単純に「真面目に生きない」、という仕方で社会に反抗している。電子にしていたタバコはまた紙巻に戻し、毎日目覚ましは一切かけず、炭水化物しか食べず、仕事はせずに寝るときも電気は消さない。

 

私の経験上、そうやって一切負荷をかけずに生活していると、時間は大体3~4時間ずつずれていく。3時に寝て9時に起きたら、次の日は6時まで眠くない。6時に寝てやや長めに13時に起きたら、次の日はほとんど9時か10時まで起きている。もともと夜型ではあるものの、朝一切起きずに夜一切寝ないというのは、法律や条例に背くことなく、簡単にできる社会的な反逆行為だ。

流れに任せて一周してものすごく早寝早起きになっていることもあるし、逆に、正午から夕方まで寝ていることもあるので、人の「今日ご飯でもどう?」的な連絡は何の罪悪感もなく無視して、おそらく彼なり彼女なりが夕食を済ませた頃に起きることになる。こちらに罪悪感が生まれず、しかし被害者には相当のストレスがかかるという意味で、正しく思春期的な反抗でもある。

さてしかし、そういう消極的反抗は、生産的な善行を何もしないことに意味があるので、要はすることがない。そもそも夕方に寝て未明に起きたり、昼下がりに寝て暗くなって起きたりしていると、夜に反抗の本場である街に出かけようなんて気分にはならないし、なんならその時間は平和に寝ていたり、朝ごはんを食べていたりする。

目が覚めている膨大な時間は、用途のはっきりしない重くて高いバッグをサイズも確認せずにBUYMAで根こそぎ買うか、映画を観るか、本を読むか、あるいはたまたま時間の合った友人の話を延々と聞くしかない。向こうが話してくれるならこちらも話題を提供しないと申し訳ないのだけど、寝て起きる以外何もしていないと驚くほど何も起こらず、よって話すこともほとんどない。

先日会った友人が、結婚して間もない夫と絶望的な状況なのだと言っていた。婚前の付き合いが極端に短かったわけでもなく、むしろ知り合ってからは10年以上経っていて、共通の知人もいるわけだから、夫の驚愕の一面が明らかになったわけではない。借金まみれだったわけでも、ドラッグ常習者だったわけでも、他に女がいたとか浮気症だったとか、そんなことすらない。ただただ、彼が過剰にセンシティブで、一緒に生活をしているとこちらも向こうも気が詰まるらしい。

彼といるときに、何の理由もなく彼のいる方でない方に顔を向けると、彼的には俺が嫌いなのかとか、俺の息が臭かったのかとか、俺の顔に飽きたのかとか疑問を持ち始める。このレストランおいしいねと話しかければ、この間のレストランがまずかったのかと訝しむ。うっかり仕事が長引こうものなら、もう帰ってこないつもりなのかと心配される。

そして問題は、そのように積み重なった疑問を、彼がその都度こちらに投げかけてくれるわけではなく、溜めに溜めた上で、限界になってポツリポツリと打ち明けてくれることで、そうなると、本当に何の意味もない首の向きやレストランへの感想など、こちらは覚えてすらいないのだ。覚えていないのだから、なぜあの日の午後にソファで彼ではない方に首を向けたかについて、こちらが有意義で納得のいく説明をすることはほぼ不可能で、ひたすら、嫌いになっていない、飽きていない、帰らないなんて思ったこともない、と繰り返しているうちに、彼が今度は、「あんなに繰り返すということはやっぱりそういうことの裏返しなんだろう」とか心配し出している。

彼女の話は極端で、正直途中まで冗談まじりに誇張しているのだと思ったけれど、夫からのメールの一部をチラッと見せてもらったところ、誇張どころか省略してさえいて、要するに本当に極端なケースの最中にいるのだと信じた。

そこまで極端にセンシティブな人にはしょっちゅうは合わない。ただ私はLINEやメールを折り返さないまま忘れがちなので、時々、「もう縁を切りたいのか?」と、縁を切っても構わないけど縁を切ろうと積極的に思ったわけではない男に詰め寄られることがあって、返答に困る。そんなこと気にして生きていけるんだろうかと思うこともあるけど、こっちがどんなにお断りのサインを送っても、意識的なのか無意識なのか、あえて鈍感力を発揮してしつこく枕に誘ってくるお客とかもいたので、やっぱり多少は気にする方が正しいのかもしれない。

ちなみに彼女の夫は私と似たような仕事をしている。物書きの人たちは極端かどうかは別として、おそらく些細なことに気がつくという性質を持っているわけで、彼は正しくその道を突き進んでいるとも言える。私は明日太陽が青くても、なんか青いかもしれないけれど息もできるし明るいし別にいいやと投げやりに思うようなところがあり、好意的に表現すればO型らしいおおらかな性格で、率直に言えばバカなので、どう考えても私の方が物書きとしては大きく欠けたところがあるような気がする。

以前、仲良しの友人の中で一番バカな女の子を具(つぶさ)に観察したところ、例えば部屋の中で間違い探し的に何かが無くなったり増えたりしても気づかない、というところに大きな特徴があった。知識が増えない原因は違和感の欠如なのだとよくわかったけれど、突き詰めればその性質は、明日彼氏が消えていても気にならない、となるわけで、極端にセンシティブであるよりは、違和感が欠如したまま死にたいとも思う。

ちょうど彼女の話を聞いた直後に芥川賞を受賞した『破局』を読んだ。先月たしか神保町で誰かと打ち合わせしたときに勧められたのだけど、何で勧められたのかは覚えておらず、そして直後すぎて、主人公の男の神経過敏が彼女の夫と重なってしかたなかった。

大学も終盤に近づいてきた男が、母校のラグビーコーチをしたり、公務員試験を受けたりしながら射精しまくる話で、『ノルウェイの森』と近い意味で教育に悪いものだったのだけど、序盤に誕生日に予約したホテルに主人公とその彼女が泊まる場面があり、そこで、「海側の部屋より、こっち側のほうが色々見えてきっと楽しいよね」と言った彼女に対して、彼が海がよく見える部屋が良かったのかもと訝しむ描写は、もはや彼女の夫がモデルなのか、それともそういう面倒くさい性格が流行しているのかと、こちらが訝しんだ。

そしてこの、すべてにおいて変なところが気になりだす主人公が、唯一何も疑問を抱かず受け入れているのが性欲のような気がする。事実、「私はもともと、セックスをするのが好きだ。なぜなら、セックスをすると気持ちがいいからだ」なんて、ここまで身も蓋もない表現は見たことがないほど身も蓋もないことを言ったり、しかしセックスをするにおいて、絶対に相手の同意があることを強調したりする。

同意を強調するのは、相手にその気がないとか誰かを傷つけるという以外に、セックスをしない理由がないということなのだと思った。セックスをすると気持ちが良いのだから、訪れるセックスを拒絶する理由がない。

実際、この作品の中には多くのセックスが登場して、主人公はそれを拒絶しない。かと言ってフリーセックス主義のようなところはなく、単なるヤリチンでもなく、彼女だとか彼氏だとかいうことに変にこだわる側面もある。しかし本人がこだわるということは相手の女にこだわる理由を与えることでもあるため、結局二人の女に挟まれた奇妙な三角関係の末に、突拍子もない結末が、路上で訪れる。

思えば私も友人たちも、男に断られて傷ついた数よりも、男が断らずに傷ついた数の方がずっと多いのだと気づいた。おそらく自分一人に絞る気がないのに、かと言ってこちらが誘えばいくらでも付いてくる男に嫌気がさしたり、別の女の、特に元カノのお願いを断らなかったり、他の女のことを裏切る気がないくせに私のこと嫌い? と聞くと好きだと言ってきたり、そういう男によって作られた傷は、一度の拒絶でできるカサブタなんかよりずっと治りが悪い。

しかしもし男が、たとえすべてのことを疑ってかかるような性格であっても、性欲に疑いを持たないのだとしたら、断る技術を獲得してもらうより、こちらが断らせる技術を獲得したほうがずっと早いような気もする。私のこと嫌い? なんて聞かずに、最初から、私のこと世界で何に変えても手に入れたいくらい好き? と聞けばいい。

男が、セックス以外のすべてのことを躊躇して、セックスだけは躊躇しない生き物であると確定できるのなら、少なくともセックスのコントロールは女が100%の責任ですべきなのだろう。だからこの主人公も、セックスにおける意思は、相手のそれのみをフィーチャーする。しかし、女としても、自分がセックスがしたいのか男の機嫌を取りたいのか自分の価値を実感したいのかなんて、元からこんがらがって綺麗に分解など実はできない。

私は文字によるセックスや勃起の表現が嫌い(映画は好き。AVは観る趣味はないけど出る趣味がある)で、だから村上春樹もそんなに好きじゃないし、そのような偏見から途中まで鼻を引くつかせて読んでいたけど、路上で結ぶ作品が割と好きなのだと思った。金井美恵子の「愛の生活」のように気味の悪い、好きな終わり方だった。性器を挟んだ男と女の話は持ち越されたような気もするけれど、ひとまず男が一方的に罰せられる結末は、女としては心地よい。

関連書籍

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夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 今度のオネエサンは文化系。映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から人生の深淵まで、めくるめく文体で語り尽くします。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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