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こういう旅はもう二度としないだろう

2020.08.06 公開 ツイート

旅ができるということは奇跡のように素晴らしいこと。

ベトナム「世界遺産のホイアンに4連泊」 銀色夏生

「人生こそが長いひとつの旅なのです」(文庫版あとがきより)という銀色夏生さんが、海外への旅を綴ったフォトエッセイ『こういう旅はもう二度としないだろう』。思うように旅ができないこの夏、銀色さんのちょっと変わった旅の思い出を通じて、世界を感じてみてください。

ベトナム「世界遺産のホイアンに4連泊」

ホイアンの街並み
宮廷料理
丸い石がいっぱい

旅行の準備運動として私が選んだのは、Kツーリズムの「世界遺産の街ホイアンに4連泊! 中部ベトナム充実の5日間」というツアー。2016年1月18日から22日まで。
ベトナムという近さ、しかもホイアンまで車で数十分のダナン空港へ成田から直行便(約6時間)、そして同じホテルに4連泊という無理のないスケジュールが決め手になった。
ホイアンという街を私は知らなかったのだが、世界遺産に登録されていて風情ある木造家屋が立ち並び、かつてアジアとヨーロッパの交易の中心地として栄え、16~17世紀には日本人街もあったそう。ふむふむ。これだけ読んでもピンとこないが、とにかく4連泊というのがとてもいい。

申し込み後、締め切り日に旅行会社から連絡が来て、参加者が2名しかいないという。
「現在のところ、参加者が2名しかいらっしゃらないのですが、こちらとしては遂行したいと思います。もうひとりは男性ですがよろしいでしょうか」
と聞かれた。
どうしよう。男の人とふたりだって。
食事はどうなるのか聞いたら、その人とふたりだけで食べるのだそう。ガイドは別の料理なのでと。
嫌だ……。
「男性の方に聞いたところ、私はいいですよとのことでした」
きゃあ~。まるでブラインドデート。
冗談はさておき、そんなことで旅行の計画を断念するのも嫌なのでOKした。今から申し込む人がいるかもしれないしね。少し緊張しながら出発の日を待つ。

 

2016年1月18日(月)1日目

成田空港15時25分発なのでゆっくり家を出る。
他の参加者や現地ガイドさんとはダナン空港で待ち合わせで、チケットだけ団体カウンターで受け取り、行きの飛行機はひとり。窓際だったけど隣にものすごくよくしゃべるおばちゃんふたりが座ったのでとても苦しかった。飛行機も古くて席ごとのスクリーンもない。おばちゃんたちは床に新聞紙を広げて靴を脱いで、ビールを飲み始めた。ワイワイと楽しそう。私はひっそりとストイックに禁酒の本を読む。でも途中で後ろの席がけっこう空いてることに気づいたので移動させてもらった。
それからは天国。
海外旅行では飛行機の席は毎回、賭けだ。まわりにどういう人が座っているかで大きく気分が変わるから。うるさすぎる人、大きすぎる人、赤ちゃんの号泣など……。

19時50分到着。時差は2時間。
荷物を取って出たところで集合。ちょっと緊張する。現地ガイドさんがいた!
そして……、参加者は全部で5名、ということが判明。女性もひとりいる。よかった~。ホッとした。おじさん、おじいさん、おじさん、同年配の女性、私。おじいさんとおじさんと女性は3人組。そのおじさんと女性は夫婦。

外はもう暗くなっている。ミニバンに乗り込んでホイアンへと向かう。ガイドさんの名前はニャットさん。予定ではホテルに行く前に夕食をレストランで取ることになっている。
暗い道を1時間弱走り、ホイアンの街に近いレストランに着いた。お客さんはだれもいない。閉店後のようだ。活気もなく、うす暗く寂しい。ベトナム料理がコース風に大皿で出てきた。一瞬、「わあ~っ」と思ったけど、どれもおいしくなかった。いったいこれは? と驚くほどの味。これがツアーか……と思う。とりあえず私はちょっとだけ食べる。まだどの人にも親しみがわかず、気が沈む。
食事を終え、夜のホイアンの街へ入った。興味津々。でも暗くてあまり見えない。川の方に明るい電飾が見えただけ。

ホテルへ。
私はホテルをランクアップしていたので、みなさんが降りたあと、数百メートル離れたすぐ近くの他のホテルへ移動してチェックイン。みなさんのホテル「タン・ビン・リバーサイド・ホテル」(4つ星)も悪くなさそうだったが……。
私のホテル「ホテル・ロイヤル・ホイアン・Mギャラリー・コレクション」の部屋はモダンできれいだった。けど、ちょっと張りぼてっぽい。底が浅いというか。形だけというか。
でもお風呂に入ったらやっと落ち着いた。どうしても初日は気持ちが落ち着かないものだ。12時に就寝。まだ楽しくない。……うすら寂しい。

黒くて沼のようなプールの前で朝食
ランタン祭り
タンハー陶器村
つまんなそうに足でろくろを回す女性

1月19日(火)2日目

朝だ! プールサイドでゆったりと朝食。
ここのプールの写真を見て、このホテルがいいと決めたのだった。プールの底のタイルが黒くて、まるで沼のよう。そこがいいと思うのだけど黒というのは珍しいと思う。
お客さんは少なく、とても静かだ。
私はたくさん並んだブッフェの中から、スイカジュース、バナナのつぼみのサラダ、パパイア、パイナップル、バナナ、パッションフルーツ、スイカ、ランブータン、ドラゴンフルーツ、を皿に取る。それからトーストとコーヒー。パパイアがおいしかった。
黒い沼プールの前でゆっくり食べて、とてもリラックスできた。やはりひとりはいいなあ。隣の人が飲んでいるグラスに入ったカフェオレみたいなのがとても気になった。明日はあれを飲みたい。

部屋に戻って準備をして、8時集合。ホテルのロビー前でウロウロしていたら、昨日の小さなバンが来た。みなさんに挨拶して乗り込む。今日の予定はフエ観光。
フエとは?
ここから車で3時間半もかかる世界遺産になっている町らしい。そこはベトナム最後の王朝、グエン朝の都。その皇帝の居城。
と言われても歴史に疎い私にはピンとこない。往復7時間だって。そんな遠いとこ、全然行きたくない。
と言ってもしょうがない。バンは出発した。

このあたりは大理石の産地なのだそう。
途中で大理石のお店に立ち寄る。たくさんの彫刻、置物、土産物。
ここはおもしろかった。仙人のような不気味なじいさん、陽気なじいさん、大小の色とりどりの丸い玉や石でできた桃、水晶やアメジスト、象嵌細工の箱などの土産物を見て、心がキューッとなる。
私は石が好き。

そしてそこに、特にハッと目を惹かれた石があった。山という字の形に見える石。私の苗字に山がつくので、気になってその石をじっと見る。とても好き。素朴さがある。欲しい。でも重い。欲しかったけど、この重いのを持って帰るのもなあと思い、あきらめた。
山、という字に見える石。とても感じがよかった。手触りもなめらかで。次にこういうのに出会ったら買ってもいいなあ。
外に出ると、そこにはまたさまざまな大きな像があった。ランダムに置かれた祈る仏像がお互いに丸く祈り合ってる姿がかわいらしい。マリアさまっぽい像、舌を出した犬の像、オズの魔法使いみたいなのなど、見ていて飽きない。

時間が来たので大人しくバンに乗る。道路にはバイクが多かった。街中のオムツの看板がかわいらしかった。
トイレ休憩。
さびれた雰囲気の観光客専用といった感じのお土産屋さんへ。湖に面していて、人も少ない。湖面からたくさんの棒が出ていて、ここで淡水パールを作っているみたいだった。うす暗い店内の奥の壁際に、埃をかぶったような淡水パールの指輪が陳列されていた。その埃だらけの素朴な感じに惹かれて、ついひとつ買ってしまった。13ドル。金具を切ってつなげたみたいなおもちゃのような指輪だった。
私はこういう片隅の埃だらけに弱い。見捨てられてる感があるものほど、気づかれていないよさがあるのではと……(でもその指輪は一度も使ってない。今度使おう)。こういう小さなお店にも、片隅に神さまが祀られていて、バナナやお酒やおかずみたいなのや魚が置いてある。ここだけは生き生きしていた。私には単にかわいいオブジェにしか思えないけど、この国では深い意味があるのだと思い、失礼のないよう遠巻きに眺める。

外に出るとどんよりとした灰色の空。今にも雨が降り出しそうだ。
駐車場から見える湖は、うす水色に広がっていて静かだった。低い雲が山すそに龍のように寝そべっていて。そこに生えていた木の形もとても好きだった。

やっとフエに着いた。
まずはカイディン帝の廟というところへ。お墓だって。雨がぱらついているので傘をさす。龍の彫刻のついた階段を上がる。
私はお寺や宮殿に興味がない。ここはガラスや陶器を使ったモザイクが美しいとのこと。確かにきれいかも。でもなぜかそれほどとは思わなかった。うす暗くて。写真で撮るときれいだけど肉眼では真っ暗に見える部屋の中。それよりも私は、外に立ち並んでいた唐傘を頭にのせた人々の石像の方に興味を持った。しっとりとした空気の中に立ち並ぶ兵士たちの緊張感。黒くて。

次に昼食。
宮廷料理だそう。そこはいかにも観光客専用のレストランだった。欧米のお客さんも多い。味は普通に食べやすかった。見た目も工夫が凝らされていて、鳳凰や魚や亀の形に盛りつけられている。パイナップルにでっかい揚げ物が花束のように刺さって出てきたり。

食後、八角形の塔のあるティエンムー寺に行く。川のほとりにあり、フエの町のシンボル的寺院なのだそう。川が広くて、曇り空の下、ここもしっとりとした情緒があった。みんな靴を脱いでお参りしてたけど私はお参りなんかはつまらないので庭を散歩する。

バイクの多い道を移動して、グエン朝王宮へ。
ここは、13代にわたる皇帝の居城だったそうで、とにかく広い。いろいろ見たけど、撮った写真はなんと2枚だけ。獅子みたいなのと象の形に刈り込まれた木。あまり興味がなかったんだね。帰りに出口の近くで見上げた大きな木の葉っぱが好きで、それだけは何枚も撮った。

それからまた3時間半かけてホイアンへ帰る。往復7時間の苦行。道路の中央分離帯に植えられている木が好きだった。やはり私は歴史的建造物よりも木が好きなようだ。
途中、観光客専用のお土産屋さんに寄ってくれた。そこは定額で買えるという店。値切らずに買えるのはうれしい。私は値切るのが苦手で、できないから。好きなココナッツのものを探して、ココナッツクッキーとココナッツキャンディー、インスタントのフォー、レモン塩(とても安かったけどあまりおいしくなかった)を買う。

空が夕方になっていくほど青く透明になっていき、とてもきれい。海沿いで海鮮料理の夕食。海老とか貝、イカ、チャーハン、青菜炒め。ここはおいしかった。味があっさりしていて。
参加者の方々とところどころで少しずつ話した。ひとり参加のおじさんは65歳ぐらいであまりしゃべらない。自営業で、社長さんか? よくいる日本のおじさんという感じで、お酒が唯一の楽しみのよう。もしかするとこの人とふたりだったかと思うと……、本当に、そうじゃなくてよかった。

3名で参加された内の女性は、私と同年配で感じがいい。その旦那さんはおだやかな雰囲気。74歳だというおじいさんとこの夫婦は水泳仲間で、おじいさんはひょうひょうとしたおもしろい方。このご夫婦に愛され尊敬されている雰囲気が伝わってくる。奥さんの方がおじいさんにあれこれ注意したり、きつい冗談をよく言うのだけど、笑いながら言う言い方にも愛を感じた。おじいさんは2015年の12月にプールで軽い心筋梗塞を起こして手術したばかりだという。
「生きながらえたので、今は余生」と笑っておっしゃる。
私も、「第2の人生ですね!」とそれに合わせる。
この水泳トリオ3人がとても明るくさっぱりしていてよかった。私には清涼飲料水。食事のあと、入り口にあったもの寂しい水槽に熱帯魚がもの寂しく泳いでいたのでじっと見る。きれいな黒と白のエンゼルフィッシュ。

帰りに、「マッサージに行かれる方はお連れします。20ドルです」とニャットさん。ベトナムのマッサージ、体験してみたい……。私と酒好きおじさんが、すかさず申し出た。

そこは街中のマッサージ屋さんだった。他にはだれも人がいない。赤っぽい照明。少し心細い。この店の片隅にも祭壇があって明るく光り、お供え物があってちょっと和む。
私とおじさんはそれぞれ別の部屋に連れていかれた。怖いほどうす暗い、だれもいない部屋でパンツ一丁にされる。
キャー。どうなるの?
女性が来て、ベッドの上でオイルマッサージ。最初はとても緊張したけど、最後には慣れてきて眠りそうになった。それでもうっすら緊張を持続したまま終了。緊張のせいで気持ちいいのかどうかよくわからなかった。酒おじさんと、黙って、呼んでもらったタクシーで帰る。酒おじさんが先に降りて、それから私のホテルへ。
今日のスケジュールがいちばんハードで明日からはわりとゆっくりらしい。よかった。疲れた。旅行でのハードスケジュールは好きじゃない。でもこういうツアーっていちおう詰め込まないといけないのだろう。

*   *   *

続きは幻冬舎文庫『こういう旅はもう二度としないだろう』で!

関連書籍

銀色夏生『こういう旅はもう二度としないだろう』

今、目の前のここが、今日の私たちの愛すべき世界で、見えているものが現実です。見えなくなったものをいつまでも追いかけるのはやめて、この世界でできることを今までと同じようにイキイキと体験したい。(文庫版あとがきより)

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