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こういう旅はもう二度としないだろう

2020.08.16 公開 ツイート

旅ができるということは奇跡のように素晴らしいこと。

スリランカ「仏教美術をめぐる旅」 銀色夏生

「人生こそが長いひとつの旅なのです」(文庫版あとがきより)という銀色夏生さんが、海外への旅を綴ったフォトエッセイ『こういう旅はもう二度としないだろう』。思うように旅ができないこの夏、銀色さんのちょっと変わった旅の思い出を通じて、世界を感じてみてください。

スリランカ「仏教美術をめぐる旅」

ミヒンタレーへの長い石段
楽しげなサル
ココナツベースのおいしいカレー

スピリチュアルなツアーはやっぱり合わない、次は秘境だ!
と思ったけど、1月にもう次のツアーの予約をしてしまっていた私。それはスリランカの仏教美術をめぐる旅。
秘境専門の旅行会社S旅行のツアー案内をいろいろ見ていたら、3月のこのツアーが目に留まった。仏教にはまったく興味がないのだが、「秘境添乗員カネコさんが同行」と書いてあって、そのお写真を拝見したらとても真面目でやさしそうで信頼できそうな素朴な男性だったので決めた。興味のない仏教のお寺や歴史をカネコさんから学ぶ修学旅行だ。これをきっかけにして興味を持つかもしれない。楽しみ。

私は人生の幸不幸の総量は最終的にはだれもがプラスマイナスゼロになる、と最近は思っている。そのスケールは人によって違うけど。そうじゃないかなと思って、ひとりひとり検証してみても、やはりそう思う。なのであまり他の人がうらやましくなくなった。
話は変わるが、スピリチュアルな世界の人たち同士というのはジャンルが変わるとまったく話が合わない。というのもそれぞれにやってることによって世界の成り立ちが違うから。神さまみたいな存在や、世の中の構成、大事な人やものの呼び名が違うので、あるひとつのことを信じ切ってる人と話すと、一方的に聞かされるだけになる。だからおもしろくないんだなあと思う。
私はスピリチュアルなことは大好きだけど、あまりにも種類が多く、その世界は広大だ。どこかのグループに属せば仲間はできるけど、そこは閉じた世界なので、狭い世界になってしまう。宗教と同じで、入れば仲間、入らなければよそ者。でも組織化された集団になると、どうしてもやがて純粋さを失っていく。だから私はひとりで自分の考えを抱き続けよう。所詮、スピリチュアルの道は孤独なのだ。
ということで今回は修学旅行へレッツゴー。


2016年3月5日(土)1日目

早朝、成田エクスプレスで空港へ。
前回までは乗り場が近かったのでホテルのリムジンバスを使っていたけど、他のホテルも回るので時間がかかりすぎることがわかり、やめた。
9時15分にスリランカ航空のカウンター前で待ち合わせ。カネコさんがいた。資料をもらって各自でチェックインの手続きを済ませ、ふたたび集合して、そこで今回の参加者の方々と顔合わせをした。私を入れて全部で8名。少人数でよかった。初めての人ばかりでまだ顔もよく見れない。
出発まで休憩していたラウンジでカレーを少し食べた。

11時15分、スリランカのコロンボへ直行便で出発。所要時間約10時間。機内食のカレーをおいしく食べ、夕方の6時頃到着した。
まず空港の銀行でみなさんと共に両替を少々しとく。2万円分。それから現地ガイドのマンジュラさんと挨拶。外は蒸し暑く、南国に来た、と思った。

バスで近くの「タマリンド・ツリーホテル」へ移動する。
平屋の素朴なロビーで人も少ない。ウェルカムのタマリンドジュースをいただく。おいしい。
部屋は離れ形式だった。芝生の庭を荷物を引いて歩く。ひとり部屋を希望したので、離れにひとり。部屋は古く、シャワールームが広い。豪華っていうのじゃないけどゆったりしてて、ひとりではちょっと心細いほどだった。
壁には象の絵。

夕食にレストランに集まる。まずは軽く自己紹介。
おじいさんとおばあさんばかり。やはり仏教美術だからだろうか。あ、ひとりおじさんもいた。カネコさんの常連という方もいる。全員、ひとり参加だった。どなたも旅慣れてる感じがする。落ち着いていていいわ。
バイキングの料理を取りに行く。
洋食もスリランカのカレーも何種類もあって、私はカレーが好きなのでうれしかった。今日は朝ごはんに家でカレー、出発前にラウンジでカレー、昼は機内でカレー、夜もカレーと、4食カレーだったけど、それぞれに違うカレーだったので飽きることはなかった。
カネコさんの話では、スリランカのカレーは多くがココナッツベースなのだそう。私はココナッツが大好きなので口に合いそう。香辛料がたくさん入っていて、すぐに汗が噴き出す。とても体にいい気がする。

広いシャワーをどうにか使い終え、疲れた体をベッドに横たえて、雑誌を読んで、落ち着いたのか落ち着かないのかわからないような気持ちで就寝。

象の水浴び
象の糞で作ったノート
充実ランチ


3月6日(日)2日目

さあ、今日から観光開始だ!
その前に朝食。朝も洋食と共に、カレーやスリランカ料理が並ぶ。果物。豆や野菜のカレー。おいしい。ふわっとした蒸しパンみたいなの(ピット)があったので、気になってちょっと味見する。隣に座ったおばあさんと食べながら話す。おもしろかった。秘境好きの先輩だ。

庭のあちこちにジャックフルーツの木があって実がたくさんなっていた。この緑色の実ったらなんて南国っぽいのだろう。

バスが出発した。カネコさんは仏教の修行を長いことされているのだそう。そのせいか、おだやかであたたかい雰囲気だ。
短く自己紹介をしてくれた。高校の時は不登校児で、永平寺のお坊さんと座禅を組んで改心する。アメリカ留学してキリスト教原理主義の家庭にホームステイ、カイロ大学でイスラム教に触れ、日本で真言宗の修行。今も修行中なのだとか。ガイドのマンジュラさんも真面目そうな方で、熱心に説明をしてくれる。
仏教についての真面目な話が続く。仏教伝来の歴史、大乗仏教、上座部仏教……。みなさんメモを片手に熱心に聞いている。
でも私は今回、ガイドさんの話にいちいちうなずいたり、目を見て聞かないことにする。ガイドさんの話を一生けんめいに聞くふりをしない。
なぜなら一度そうしてしまうと、ずっとそうしなければならなくなるから。聞きたかったら聞く、外の景色を見たかったら見る、写真を撮りたかったら撮る、聞きたくなかったら聞かない、いたくなかったら去る、というふうに、今回は、「気をつかわず、したい態度をとる」というふうにしたい。聞きたいことはしっかりと聞きながら。

外の風景を私はとても興味深く眺めていた。
小さな町のお店、川で遊ぶ人々、沼地に満開のホテイアオイみたいな水色の花、Tシャツ屋さん、素焼きの陶器売り、竹を支えにしている工事中の現場、バナナの屋台、日焼け止め売りの露店、湖の中に生えてる木。どれもこれも珍しく。
その中で、最も心惹かれた景色があった。ここで止まって! と思わず叫びたかったほど。それはどこかのお寺だろうか、一瞬で通り過ぎたのでうろ覚えだけど、胸に赤と黄色のハートを抱えた仏像が縦横に何列も並んでいてすごくかわいかった。

まず最初に連れていってくれたのは、スリランカで最初の500人の僧侶が住んだと言われているウェッサ・ギリヤという岩山と僧院跡だった。
大きな大きな岩山。降ってくる雨が横に流れるように岩の上部に溝が彫ってあったり、刃物を研いだ時にできたというくぼみもたくさん残っていた。
気持ちよく風に吹かれて、その一帯を散歩する。刻みのつけられた大きな岩がたくさんあった。

次に、スリランカ最古の都があったアヌラーダプラへ。
イスルムニヤ精舎という仏教寺院を見学。
暑い。スリランカの寺院では靴を脱がなければいけない。みなさん裸足で歩いているけど私たちには熱すぎるので、捨ててもいい靴下を持ってきてくださいと言われていた。靴を脱いで、持参した子どもの捨ててもいい靴下にはき替える。
お寺を見て、他の部屋に安置された仏像も見る。たくさんいろいろな仏像があった。私は仏像の前に人々が置く花が大好き。お寺の中ではこの捧げられた花のところがいちばん好きかも。
それから大きな自然石の上にある仏塔を見に行く。そこに登る時、白い服を着たたくさんの人々と一緒になり、狭い階段のところでぎゅうぎゅう詰めになった。でもだれもイライラしたり怒ったりする人はいなかった。そして目が合うとだれもがそっと微笑んでくれた。
その時、この国の人々の純粋さが伝わってきた。スリランカの人々はすれてない。スリランカは情勢が不安定で、観光客が訪れることができない期間が長く続いていた。そのせいかもしれない。

寺院を出て、蓮の葉の浮いた池のほとりの道をバスへと歩いていたら、手に持っていたデジカメが手からするりと滑り落ちた!
きゃあ~。
ガツンと音がして、部品が飛んだ。あわてて拾ってバスに乗り込んでよく見る。
下の角のところがぶつかって破損して、バッテリーの蓋が壊れてる。さっき拾った部品を組み込んだけど部品がひとつ足りない。開け閉めするスイッチが。でもカメラは作動するようなので、開ける時はボールペンの先で押して開けることにする。ショック。

昼食へ向かう。バスの中で仏の教えをひとつ教えてもらった。
「自分に与えられたものでないものを受け取ってはいけない」
日本語では「盗んではいけない」と訳されることが多いそうだが、こっちの方が腑に落ちる。いい言葉だ。この言葉をよく理解するならば、不必要な嫉妬や妬みで苦しむことはないだろう。

2時から、お昼。
カレー各種。何種類ものカレーを大皿から取り分けて食べる。隣に座ったおばあさんにインドの高地へ巡礼に行った話を聞く。4500メートルのところで高山病でダウンなさったそう。

午後は、お釈迦さまが悟りを開いたという菩提樹があるお寺へ。スリー・マハー菩提樹。
菩提樹は大きな木だった。その一部のお釈迦さまが悟られたという原木部分が金色のつっかい棒で下からしっかりと支えられていた。折れたら大変だからね。私はすかさず落ちていた葉っぱを4枚ほど拾う。原木部分から落ちた葉かどうかはわからないけど。
ここにもたくさんのお花が捧げられていて、みんながお祈りしていた。同じツアーのおばあさんが手首に白い紐を巻かれて、額の真ん中に白い印をつけられている。それはどうしたんですか? と聞いたら、お布施をしたらやってくれたと言うので、私も戻ってお布施をしに行く。80ルピー(65円)した。腕に紐、額に白い点をつけてもらって満足。
敷地内のあちこちに仏像がある。カネコさんは菩提樹を見て、「思いがけず涙が流れそうになりました」とあとで言っていた。

そこからルワンウェリサーヤ大塔へ歩いていく。まわりでは牛がのんびりと草を食んでいた。木の下でくつろぐ人もいる。
さっき、道をとんでもなく長い赤い布を掲げて歩く巡礼団がいた。何十メートルもの長さだった。「サーブ、サーブ」とかって神さまの名を唱えながら。それはこの大塔に奉納するものだった。白い塔のまわりに巻きつけているのが見える。ここはアヌラーダプラ3大仏塔のひとつの巨大な白亜の塔。お椀を伏せたような形。その伏せたお椀の縁のところに赤い布を巻いていくのも見た。
いろんなところに象の像があった。象が大切にされているみたいだった。また靴を脱いで、持参したボロ靴下にはき替えて見学する。この白い伏せたお椀の中に入れるのかと思ったら違った。外から見上げる。
外国人の観光客がいない。たくさんの人がいるけどみんなスリランカ人で、ちょっと不思議だった。そして妙に落ち着いた。

外に出ると、花を売る出店があった。きれい。
屋台でキング・ココナッツという小ぶりでオレンジ色のココナッツを売っていたのでカネコさんが買って飲ませてくれた。私はココナッツジュースが大好き。

次に、アバヤギリ僧院のムーンストーンを見る。7~8世紀に作製されたスリランカのムーンストーンの最高傑作だという。石でできた玄関マットのような半月の形の彫り物だ。信徒は裸足でこの上に乗って、足を清め、心を静めたそう。
清浄の象徴の蓮の花と苦しみを表す4種の動物や、つる草、炎が描かれている。泥があるから、花が咲く。人間世界のドロドロがあるから悟りがある、とのこと。
説明を聞きながら、ふーん、これがねえ~、とぼんやり眺める。スリランカ人がたくさん見に来てる。

アバヤギリ大塔という大きな仏塔も見て、バスへと向かう。出口のところに土産物屋が並んでいた。小さなアクセサリーや置物など。そういうのはあまり見ないようにしていたけど、人も少なかったので何となくふらりと、ぶらさがってる象のペンダントを見ていたら、お店の人が寄ってきた。いくらいくらだと言う。そしてまけてやると言う。
いいですと断って先に進んで、他のお店を見ていたら、追いかけてきた。いらないと言ってバスに乗り込んだら、窓の外からまだ言ってる。
いらないと首を振って断った。
が、その象のペンダント。最初12ドルと言ってたのが、安くなって5ドル、そして最後の最後には500ルピーになっていた。400円ぐらいか……。
今思うと買ってもよかった。買えばよかった。ああいうのはホントに不思議で、買え買えと言われると、絶対に買わない! と意地を張ってしまうところがある。買ったら負け、みたいに思って。

次に行ったところは、もう夕方だった。
ジェータワナ・ラーマヤというスリランカで最も高い仏塔。レンガ造りで、茶色に見える。
人もいなくて、素敵。サルしかいない。
サルと夕陽と仏塔だ。
すがすがしくて気持ちいい。
みんな、また靴を脱いで見に行った。私はもう靴を脱ぐのが面倒なので、ひとり、反対側に歩いていき、サルを見に行く。でもサルもどんどん遠くに行ってしまった。しょうがないので引き返し、仏塔に近づく。
夕方で、とても気持ちがいい。
さわやか。
大好きな時間。夕方のあの空気。
これだったらサルなんか追いかけずに最初からこの仏塔を回ればよかった。みなさんがゆらゆらと歩いている姿が遠くに見える。しまった! と後悔するも、遅い。
ゆらゆらとした夕方の空気の中でみなさんを待つか。でもまだ間に合うかも。私も靴を脱いで靴下で上にあがった。一周はできなかったけど気持ちよさは味わえた。
バスに乗って進んでいたら頭上に花を掲げた人々が長い列を作っていた。これも何か仏様を祀っているのだろうか。

今日のホテルに到着。6時半にチェックイン。
部屋に入ったら、なんだか排水口の臭いがする。とりあえずユーカリオイルをスプレーしとく。
ロビーに行ったら、結婚式が行われる様子。紫色やピンクの妖艶な色のドレスを着た出迎えの女性たちがいる。そこへ新郎新婦がやってきた。踊りながら出迎え、踊りながら奥へと導く。壁も床も真っ白い中、まるで空中を飛んでいるようだった。
私たちの夕食の会場も真っ白で、食べ物が床から浮かんでいるように見えた。ほとんどどこもホテルの食事はバイキング形式だ。いろいろな料理が並び、野菜の前菜やカレー、珍しいもの、デザート、果物など、好きな量だけ取って食べられるのでとてもいい。今日は素焼きのポットに入ったスリランカのカレーやスパイシーでおいしい味の炒め物があった。
夜はまだ臭いが気になったのでマスクをして眠る。

かわいい子供たち

*   *   *

続きは幻冬舎文庫『こういう旅はもう二度としないだろう』で!

関連書籍

銀色夏生『こういう旅はもう二度としないだろう』

今、目の前のここが、今日の私たちの愛すべき世界で、見えているものが現実です。見えなくなったものをいつまでも追いかけるのはやめて、この世界でできることを今までと同じようにイキイキと体験したい。(文庫版あとがきより)

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