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毒島刑事最後の事件

2020.08.03 公開 ツイート

中山七里氏インタビュー前編

毒島刑事最後の敵は、SNSの悪意と匿名性の陰に潜む犯罪者――。 中山七里

ミステリー作家の中山七里さんが『毒島刑事最後の事件』を上梓した。毒があり、クセもある主人公・毒島真理が出版界の闇に挑んだ『作家刑事毒島』。今作はその続編かつ前日譚にあたる。執筆自体は三年前だったものの、現在社会で問題視されるSNSの恐ろしさに深く切り込んだ内容。本インタビューではその、魅力に迫った――。

—『作家刑事毒島』の続編、時間を巻き戻すことにしたのは?

『作家刑事毒島』は文壇が舞台。編集担当者から「続編を……」とお話をいただいたのですが、第二作を単純にまた文壇ものにすることにためらいがあった。作家兼業という設定で、私が見聞きした文壇のあれこれをそのまま書いていて、「ほとんどフィクションではない」(笑)と言われる作品なのですが、ここは遡って、毒島刑事が退官してしまう「エピソード・ゼロ」の方が、きっと読み手に楽しんでもらえると考えたのです。

第一作で毒島が相手にしてきた犯人というのは、被害妄想の強い人や、願望が異常に膨れ上がった人たち。そういう統一テーマは外さずに、今回は承認欲求をこじらせた人間を相手にするというストーリーになりました。

—ネット社会の暗部が物語の背景になっていますね。

本作を書いたのは三年前ですが、歪んだ承認欲求のままに何かをしてしまう人というのが、いま急に増えたような気がします。先を読んでいたわけじゃないですが、承認欲求は薬にも毒にもなるという認識はありましたね。

僕自身は、承認欲求がゼロなんです。人に認めてもらいたいと思ったことが一度もない(笑)。偏った性格だと思いますが、同い年の海堂尊さんも「僕も承認欲求がない」というので、僕らの世代には意外にそういう人は多いのかもしれない。承認欲求というのは昔からある心理学用語ですが、いまみたいな形で使われ始めたのは「ゆとり世代」からではないでしょうか。ナンバーワンになれなくてもオンリーワンを目指そうといった風潮が出てきたように感じます。それがネットの世界を通じて急に膨らんで、承認を得ることが生きる目的みたいになってきたように思います。そうなると、欲求を満たすためのあの手この手みたいなものまで出てくる。

—確かに行きすぎた感じはあります。

実社会だと表に出すのが恥ずかしいことも、匿名のネットの世界では平気で広がっていきますよね。誰かを貶めることによって自分の価値を上げるとか、そこらの有名人なんかより俺の方が賢いとアピールするとか、異常な承認欲求が様々なところに表れている。歪みが明確な形を持って迫ってきた。当然、悪いことを考える奴も登場している。それが今回のモチーフです。人の承認欲求を商売のネタにしようとする奴が、見渡せばいくらでもいるんです。

匿名、悪意、依存が
ネットの三点セット

—読んでいると怖くなってきました。

子猫の里親になってくださいとか、ネット上には心温まる話ももちろんあるんですよ。でも、良くない部分のほうが出やすい傾向がある。日本人は礼儀正しいと言われますが、その分、どこかで毒を吐きたいのではないでしょうか。昔なら金曜日の晩に居酒屋で集まって上司の悪口を言っていたのが、いまは毒を吐く場所がSNS。ネットには悪意がたまりやすい。犯罪とつながり、警察の捜査対象になるのは自明の理です。

人間は匿名だと好きなことを言う。ここまでひどいことを、という悪意に満ちた言葉がネットではよく目に入ってきますよね。匿名と悪意と依存は三点セットになっているように思います。

自分が正義の側に立っていると思った瞬間から、人間はどこまでも残酷になれる。そうなると、正義ってなんだろうなとも思いますよね。普遍性のあるテーマだと思います。ただしそういうテーマ性と、読んだみなさんがカタルシスを得るかどうかは、また別の問題。あくまでも僕はエンターテインメントの書き手なので、読み終えたときに十人が十人とは言わなくても、六、七人ぐらいはカタルシスを得てくれないと商売上がったりになる(笑)。

刑事がネットを相手に戦うというのは抽象的すぎるので、バーチャルな世界で幅を利かせているけど、現実世界ではどうしようもない人たちを登場させたりとか。そのあたりは工夫しています。

—ユニークな毒島刑事には本人説もありますが、このキャラクターはどこから?

最初のオファーが「中山七里を主人公にしてくれ」だったんです。そこで思いついたのが、刑事を作家兼業にするということ。そうすれば文壇のことが書けると思ったから。

いろんなところで私じゃないですよって否定していますけど(笑)。通じてるのは、感情的にならない点。毒島は徹頭徹尾、論理的なんです。どこまでも論理で話をすると、相手が思い描いている欲求だとか、幻想だとかいうのは、たいてい嫌な形で粉砕されるんですよ。もっと言うと、そういう形で粉砕したいがために論理的な人間を作りました。

—刑事ものなのにピカレスクというのがシリーズの魅力になっています。

毒島というのはトリックスターで、名前の通り、「毒を以て毒を制す」。そのなかで正義っていったい何なのかっていう問いかけが出てくる。そういう構図ならナイスガイより悪漢を持ってくるのがいいと思いませんか。

今回は、別シリーズの犬養刑事の『トレーニング デイ』という要素も込めています。こういう人が上司だったら、そりゃ部下はこうなるだろうなって。

(後編に続く)

中山七里『毒島刑事最後の事件』

史上最悪の刑事VS史上最低の犯罪者 SNSの悪意×匿名性×依存性が引き起こす災厄。 鋭い舌鋒で容疑者を落とす百戦錬磨の刑事・毒島が、 卑劣な敵を相手に最後の戦いに挑む。

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毒島刑事最後の事件

刑事・毒島は警視庁随一の検挙率を誇るが、出世には興味がない。犯人を追うことに何よりも生きがいを覚え、仲間内では一を話せば十を返す能弁で煙たがられている。そんな異色の名刑事が、今日も巧みな心理戦で犯人を追い詰める――。7月22日発売、ミステリー作家・中山七里さんの新刊『毒島刑事最後の事件』を紹介します!

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中山七里

1961年岐阜県生まれ。『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年にデビュー。他い『おやすみラフマニノフ』『いつまでもショパン』『どこかでベートーヴェン』『連続殺人鬼カエル男』(以下、宝島社)、『贖罪の奏鳴曲』『追憶の夜想曲』『恩讐の鎮魂曲』(以上、講談社)、『魔女は甦る』『ヒートアップ』(ともに幻冬舎)など著書多数。

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