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100歳まで生きる手抜き論

2020.09.06 公開 ポスト

#5「死を怖いと思ったことはありません」101歳まで生きた吉沢久子さんの死生観吉沢久子

昨年3月、101歳で他界した評論家・エッセイストの吉沢久子さん。あれから1年以上経っても、彼女が遺した言葉は古びることがありません。『100歳まで生きる手抜き論』は、本人が実践してきた健康長寿のコツについて書かれた一冊。「仕方ないは魔法の言葉」「調子が悪いときはすぐ寝る」「お惣菜や市販品もどんどんとり入れる」「義理のおつき合いはしない」など、心も身体も軽くなることうけ合いです。中身を少しだけご紹介しましょう。

*   *   *

「手術を受けない」という選択

健康がとり柄の私ですが、2015年、97歳にして初めて入院をしました

(写真:iStock.com/byryo)

検査の結果わかったのは、肺の片方に水が溜まっていることと、かなりの貧血であるということ。

総合病院の担当医から、

「すぐ治療が必要です。2週間、入院してください」

と言われ、そのまま入院することになったのでした。

治療方針については、担当医と率直に話し合いました

先生は、原因はおそらく老化であること、手術は可能だけれども、それで状態がよくなるとは限らないことを説明してくれ、そのうえで私に手術を受けたいかどうかを訊ねました。

私は、その場ですぐ、

「手術は受けません」

と答えました。

97年間、休まず使ってきた体です。いつ壊れても不思議ではないのです。

多少無理をしてでも長生きしたいとか、何とかして少しでも楽になりたいといったことも望んでいません。ですから、手術を受けようかどうしようかと悩む理由はありませんでした。

先生は私の考えを理解してくださったのでしょう。

「97歳まで生きたら、万々歳ですよね」

と言うので、私も、

「そうそう、本当にそうですよ」

と答えました。

医者とこんな会話ができるのは、幸せなことだと言っていいように思います。

「死」は自然に任せるのがいい

「死ぬことを考えて怖くなることはありませんか」と訊ねられることがあります。

(写真:iStock.com/Pratchaya)

人生の終わりが近づいていることを意識するとき、どのような心持ちでいればよいのかと戸惑う人も多いのでしょう。

実は私は、死ぬのが怖いと思ったことがありません。ずっと健康だったので「死」を意識せずに来てしまったということが理由の一つでしょう。

しかし、97歳で初めての入院を経験したときも、やはり恐れは感じませんでした。

100歳まで生きてきたのですから、いつ何が起きてもおかしくはありません。死ぬときは、死ぬでしょう。

「こればかりは自然に任せるほかない」

というのが素直な気持ちです。

歳を重ねていけば、誰しも、いつかは滅びます。永遠に生き続けることはできません。これは当然のことですから、そうなったら仕方がない。あきらめの気持ちではなく、それまでに精いっぱい、やりたいことをやって生きていければ、もう十分だと感じているのです。

「できればこんなふうに逝きたい」という望みはあります。

姑は、元気な頃にはよくこう言っていました。

「前の晩にはみんなと元気に話をしていて、明くる朝『おばあちゃん、息をしていないわ』と言われる──そんなふうに、いつ死んだのかわからないような死に方ができたらいちばん幸せね」

私も、同じ思いです。

ちなみに姑は、まさにこれから入院するというときに水を飲み、

「お水ってこんなにおいしいものなのね」

という言葉を残して、スッと亡くなりました。

晩年は認知症を患いましたが、その逝き方は理想的だったといってもいいのではないかと思います。

私は顔も体質も父によく似ているのですが、その父は狭心症で急死しました。このため、

「もしかすると父のようにあっさりとこの世に別れを告げられるのではないか」

という気がしています。

都合のよい思い込みかもしれませんが、理想的な逝き方ができそうだと思えていることが、死への不安を忘れさせてくれている面もありそうです。

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100歳まで生きる手抜き論

昨年3月、101歳で他界した評論家・エッセイストの吉沢久子さん。あれから1年以上経っても、彼女が遺した言葉は古びることがありません。『100歳まで生きる手抜き論』は、本人が実践してきた健康長寿のコツについて書かれた一冊。「仕方ないは魔法の言葉」「調子が悪いときはすぐ寝る」「お惣菜や市販品もどんどんとり入れる」「義理のおつき合いはしない」など、心も身体も軽くなることうけ合いです。中身を少しだけご紹介しましょう。

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吉沢久子

1918年、東京生まれ。文化学院卒業。家事評論家。エッセイスト。女性が働くことが珍しかった時代に15歳から仕事を始め、事務員、速記者、秘書などを経て、文芸評論家の古谷綱武氏と結婚。生活評論家として執筆活動や講演、ラジオ、テレビなどで活躍。姑、夫と死別したのち、66歳からの一人暮らしは30年を超えた。著書多数。

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