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僕が手にいれた発達障害という止まり木

2020.06.21 更新 ツイート

最初は受け入れられなかった識字障害の疑い 柳家花緑

スピード感あふれる歯切れのよい語り口で、本業のほかテレビや舞台でも活躍中の落語家・柳家花緑さん。2017年、花緑さんは発達障害のひとつ「識字障害」(ディスレクシア)であることを公表しました。
子ども時代から、できないことや苦手なことは自分の努力不足だと思い込んでいた花緑さん。40歳を過ぎて自分が発達障害だと知り、「飛びっぱなしによる疲労でときどき空から落ちていた鳥が、やっと止まり木を得た感覚。本当にラクになりました」と語ります。
自身の経験を軽妙につづった花緑さんの新刊『僕が手にいれた発達障害という止まり木』より、一部を公開します。

*   *   *

こんな妙なことになってしまいます

「僕には識字障害があります」

そう言うと、みなさん、「それはどういうものですか?」と質問します。ところが、これを説明するのは、すごく難しい。

ひらたく言うと、書かれた文字を見て脳が認識して言葉として理解するのに、すごく時間がかかるんです。ひとつの言葉を認識するのに、3秒くらいかかることもあります。

疲れていたり、ストレスがかかった状態だと、さらに文字の認識が難しくなります。ひらがなやカタカナが並んでいると、魔法の呪文(じゅもん)でも見ているみたいで、文字の順番を取り違えたり読み間違ってしまうこともあります。

最近も、テレビのナレーションの台本に「たしなみ」と書いてあるのを、「たのしみ」と読んでしまいました。ちなみに、番組は「趣味の園芸」。普段の会話なら「たしなみ」が「たのしみ」になってもよさそうなもんですが、ナレーションともなれば、そうはいきません。ディレクターさんに指摘され、やり直しました。

仕事場を間違えたこともありました。もらった資料には「町田」と書いてあったので、小田急線に乗って町田駅まで行って、駅から会場までどう行ったらいいんだろうと資料をもう一度見たら、「町田」じゃなくて「田町」だった。あわてて新宿まで戻り、山手線の田町へ行きました。そのときは、恥ずかしくって間違ったことを誰にも言えませんでした。

書くことも苦手です。大人になってからは、ひらがなに関しては、まぁ問題なく書けるようになりました。でも漢字はいまだに苦手で、漠然とした形はわかるのですが、正確に書くのは大変です。しかも脳が疲労してくると、よく知っているはずの言葉すら書けなくなってしまいます。

最近はタブレットやスマホ、パソコンが普及し、入力すると勝手に変換してくれるので、ずいぶんラクになりました。でも手書きとなると、正直、なかなかハードルが高いです。

――と、抽象的(ちゅうしょうてき)に説明してもわかりにくいと思うので、講演などでもお話ししている実例をひとつ。

20代のある日。お尻の穴から、真っ赤な液体が顔を出しました。あれっ、どうしたんだろう? これは、ひょっとしてひょっとすると、例のあれ?

落語家は着物を着てずっと正座をしているので、お尻の穴の周辺がうっ血しやすい。そのため、痔(じ)になる人が多いんです。先輩方からそんな話は聞いていたものの、まさか自分がそうなるとは!

近くの総合病院に出かけ、窓口で症状を説明すると、問診票を渡されました。「わっ、字を書かなくてはいけないんだ」と、もうその段階でものすごいプレッシャーです。

とりあえず、頭のなかで文章を組み立てます。とにかく、なるべく短く、簡潔に。文字数が少なければ少ないほど、ラクですからね。

「アサカラ、チガデマシタ。ヂノウタガイアリ」

よし、これなら大丈夫と問診票に書き始めたのですが……。

「朝」はなんとかクリア。しかしその次が問題です。というのも、「血」と「皿」は形が似ているので、よく区別がつかないんです。

当時はまだスマホはなく、ガラケー時代。でも、文字を調べることはできます。そこで「ち」と打っていくつか候補を出し、「血」という字を見つけました。よし、これでオッケー。あとはなるべくひらがなで逃げるとして、問題は「痔」です。

ここで再び、ガラケーのお世話に。これだと思った字を見つけたので、それを書いて、問診票を提出しました。

で、なんて書いたかというと――。

「侍」です。サムライ。「寺」は合っているんだけど、「ヤマイダレ」ではなく、「ニンベン」にしてしまった。惜(お)しい! って、惜しくないか。

その結果、問診票はこんなふうになってしまいました。

「朝から血が出ました。侍のうたがいあり」

これを見た先生は、どう思ったでしょう。ひょっとしたら精神科を受診してもらったほうがいいかも、と思ったかもしれません。

最初は受け入れられなかった識字障害の疑い

今では、自分が文字を間違えるのは、識字障害のせいだとわかります。でもそうと知ったのは、40歳を過ぎてからです。

きっかけは、「ジョブチューン」というテレビ番組に出たこと。番組で中学3年生のときの通知表をお見せし、「こんなに勉強ができなかったけれど、今は落語家としてちゃんと活動できています」とお話ししたところ、それを見たある視聴者の方から事務所にメールが届きました。

そこには、こう書かれていました。

「うちの息子は、花緑さんと同じ障害を持っています」

でもその時点では、僕は自分に障害があるとは思っていませんでした。それに「発達障害」や、そのなかのひとつである「学習障害」についてなにも知らなかったので、「障害」というちょっとインパクトのある言葉に、過敏に反応してしまったのかもしれません。

そこで「お子さんのことではご苦労があるようですね。でも申し訳ありませんが、僕の成績が悪いのは障害とは関係がないと思います。テレビでは出しませんでしたが、音楽と美術の成績はすごくよかったんです。ですから、違うと思います」と、やんわりと否定するお返事を出しました。

するとまたその方から返信がきました。

「うちの子も、美術や体育はすごくいい成績です。だから、やっぱり息子と同じディスレクシアではないでしょうか」

返信には、そのお母さんご自身も同じ障害を持っていると書かれていました。ですから、僕が今までどのように生きてきて今があるのか、教えてほしい、と。

そこで、はたと立ち止まる気持ちになりました。待てよ。僕が今までいろいろ苦しんできたのは、そのせいじゃないか、と。2014年のことです。

そこから自分でも、学習障害、そして発達障害のことをいろいろ調べるようになりました。そのなかで、これは間違いなく識字障害だと理解できたのです。

受け入れたとたん、ものすごく大きな変化が起きました。それまで「自分はダメだ」「できないんだ」と思っていたのが、そうではない。識字障害のせいだとわかったときの安堵感(あんどかん)。精神的にものすごくラクになりました。

検査を受けてみたら

発達障害に関するNHKの番組に出させていただいた際、大阪医科大学の小児高次脳機能研究所というところで、識字障害に関する検査を受けることになりました。

ただし、その研究所で行っている検査は、基本的に18歳未満を対象にしたものだそうです。ですから、当時47歳だった僕の場合、「あくまで結果は参考値です」と言われました。

内容は、知能検査と標準読み書きスクリーニング検査など。確か午前中2時間、午後2時間半だったと思います。

後日、A4の紙5枚に結果が記されたものが送られてきました。とても詳細に書かれていて、漢字と数字も多いので、識字障害の僕には読むのが大変でした。で、ゆっくり、落ち着いて読んでみると、こんなことが書いてありました。

● 絵や文字を見て音に変換する(絵の名前を言う・文字を見て読む)際の「速度」と「正確さ」を測りましたが、すべての課題で音声化に時間がかかっていました。文字や単語を見て読む際、意識せずにスムーズに正確に音声化できる「自動化」に至っておらず、読むことに多くの意識やエネルギーを使う必要があることがわかりました。

● 漢字を見た際に具体的な意味イメージや日常よく触れることばが優先的に思い浮かぶなど、意味のルートを活用されている一方で、漢字1文字の複数読み(音読み・訓読み)とことば(音)を瞬時に照合する作業はやりにくい様子でした。そのため、漢字に対応する読み方(音)がすぐに思い浮かばなかったり、「合っているか自信がない」と頻繁(ひんぱん)に口にされたりしました。

(例)友人「友」……「とも・ユウ」、 人……「ひと・ニン・ジン」→「ユウジン」

この例はどういうことかというと、「友人」という字を見たら、普通の人はパッと「ユウジン」と読めますよね。ところが僕は、最初に「とも」と読んでしまったがために、続けて「ともだち」とふりがなをふってしまった。熟語をパッと見て、音声化できないんですね。

ついでにといったらなんですが、算数についても調べてくれたようでして。

「学齢期に学習する漢字熟語の正確な読み書き、時間制限のある文章読解、かけ算の九九や小数点など算数の知識、複数の計算手続きなど、困難のある状態がうかがえました」

と書いてありました。またまた漢字が多くて、よく読めない!

学習障害には、識字障害と、数字や計算などが苦手な算数障害があるそうです。どうやら僕は数字に関しても、かなり困難があるようです。

*   *   *

この続きは『僕が手にいれた発達障害という止まり木』(幻冬舎)で! 全国の書店で好評発売中です。

関連書籍

柳家花緑『僕が手にいれた発達障害という止まり木』

教科書が読めなかったけど、落語家やっています(笑)。勉強ができない“落ちこぼれ”の理由がわかったらラクになった。読み書きに困難が伴う発達障害「ディスレクシア」(識字障害)を公表している人気落語家が、自身の経験を軽妙な筆致で綴る。発達障害に悩む人、発達障害の子どもをもつ親を勇気づける一冊。

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僕が手にいれた発達障害という止まり木

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柳家花緑

1971年8月2日生まれ、東京都豊島区出身。
1987年3月、中学卒業後、祖父・五代目柳家小さんに入門、前座名「九太郎」。
1989年9月、二ツ目昇進、「小緑」と改名。
1994年3月、戦後最年少の22歳にて真打昇進、「花緑」と改名。

『にほんごであそぼ』(NHK教育)で紹介した「寿限無」が子どもたちの間で大ブームとなり、人気・知名度ともに全国区に。

着物と座布団という古典落語の伝統を守りつつも、近年は劇作家などによる新作落語や都道府県落語を、洋服と椅子という現代スタイルで口演する「同時代落語」にも挑戦している。更に、2015年5月 にはバレエの名作“ジゼル”を江戸時代に置き換えた花緑の創作落語「おさよ」と、東京シティ・バレエ団のバレエ「ジゼル」という異色のコラボレーションが実現した『花緑のバレエ落語「おさよ」』を公演。大きな反響を呼び、2017年には東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団が加わり『新・おさよ』として再演された。

また、同年に発売した著書『花緑の幸せ入門「笑う門には福来たる」のか? スピリチュアル風味』(竹書房)の中で、自身が発達障害の一つ“識字障害(ディスレクシア)”であることを公表。

多方面から反響があり、テレビや雑誌等への出演の他、全国の発達障害をテーマとした講演会へも多数登壇している。

落語家としての活動以外にも、ナビゲーターや俳優としてテレビ、舞台などでも、幅広く活躍中。

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