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愛の病

2020.06.05 更新 ツイート

家から出られない日記 五月狗飼恭子

五月某日

四月から始めた日課の腹筋(一日百回)が余裕でできるようになってきた。
このままではマッチョになってしまう。

五月某日

夫がズーム飲み会をはじめてからすでに四時間。
その間、ただただ息をひそめてじっとしている。

 

五月某日

三日に一度の買い出しに行くたびに、大量にお菓子を買うようになった。
今日は、ネットで買ったクッキー(一キロ)が届いた。

五月某日

蚤の市に行く夢を見た。一つのお店に人が群がっており、「密!」と思った瞬間目が覚めた。

五月某日

起きたら顔から出血していた。洗濯機の裏を掃除した。

五月某日

飼い陸亀の食欲が止まらない。春だ。

五月某日

ZOOM会議デビューする。自分の髪が想像以上にぼさぼさなことが気になる。
ひょっとして今までわたしと対面していた人たちはみな、「この人髪ぼさぼさだな」と思っていたのだろうか。
会議する自分を見るのが初めてだったので、ずっと髪の毛のことばかり考えてしまった。

五月某日

この数か月で人々の意識や生活に、圧倒的格差が生まれるだろう、という話をする。
自分で自分と。つまり独り言。対話者がいないので自分内対話(つまり内省)する時間が増える。
ようやくわたしの住む町にもトイレットペーパーが売られ始める。

五月某日

友人に手紙を書く。非常事態だし、配達に一週間くらいかかるだろうか。

五月某日

友人から「手紙付いたよ」とラインで連絡が来る。二日で届いた。

五月某日

友人とテレビ電話で話す。自粛期間中の婚活の話を聞く。
面白かったのでエッセイに書こうと思う。自粛期間デートのやり方なども。

五月某日

打ち合わせに呼ばれる。なぜわざわざ対面せねば打ち合わせることができないのかと思いつつも意見できぬまま、行く。
一月半ぶりに電車に乗る。咳をする人がいて息を止める。
ほかの乗客がすべて敵に思える。

五月某日

ネットで買った一キロのクッキーが、もうない。

五月某日

またお気に入りのお店の閉店をネットで知る。会ったことのない女の子の死にダメージを受ける。
世界をよくするために頑張っているとは到底思えない人たちの存在にも。
SNSの中は悲しいことばかりだ。人間を引退したくなってしまう。

五月某日

東京都の自粛が解除された。夫は喜んで外にてんとう虫を取りに行った。

五月某日

自粛解除の実感はない。一月前と今日でなにが違うのか、わたしには分からない。ただ腹筋がついただけだ。
これからすこしずつ世界は日常を取り戻し、毎日誰かが病気になって、毎日誰かが死ぬだろう。
コロナがはじまる前からずっとそうだったように。他者との距離の取り方。大切な人を大切にする方法。
そういうのが、今までときっと変わる。

わたしたちは遠い他人を今まで以上に他者だと思い、近い他人を今まで以上に近しく感じるようになるだろう。
それはきっと世界に分断を生む。そうなったら、悪いやつらの思うつぼだ。悪いやつらって何のことやら分からないけれど。
想像力について考えよう。もう一度。

五月某日

わたしはまだ家から出たくない。

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狗飼恭子『一緒に絶望いたしましょうか』

いつも突然泊まりに来るだけの歳上の恵梨香 に5年片思い中の正臣。婚約者との結婚に自 信が持てず、仕事に明け暮れる津秋。叶わな い想いに生き惑う二人は、小さな偶然を重ね ながら運命の出会いを果たすのだが――。嘘 と秘密を抱えた男女の物語が交錯する時、信 じていた恋愛や夫婦の真の姿が明らかにな る。今までの自分から一歩踏み出す恋愛小説。

狗飼恭子『愛の病』

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」「百瀬、こっちを向いて。」「風の電話」などがある。ドラマ脚本に「大阪環状線」「女ともだち」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。

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