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本屋の時間

2020.04.18 公開 ポスト

第84回

見えざる手辻山良雄

今朝も明け方近くに一度目が覚めた。ここ二週間ほど、熟睡した日は数えるほどしかない。それは生活の変化を、体のほうが先に感じとっているということだろう。店頭での営業は休止しているので、店で作業する時間は減っているのだが、家に持ち帰って行う仕事はかえって増えてしまい、メリハリのない時間を、延々と過ごしている気がする。

 

常連のTさん(おじいさん)がやってきて、いつものように文庫本を買って帰った。今日は営業してるんだよね? こちらが何も言わずいつも通り接客したから、かえって不安に思われたのかもしれない。「店は休業してますけど、本を買いたい人には買ってもらってるんです」。だって左のシャッターは降りてるし、貼り紙だってしてますよねとはもちろん言わなかったけど、いつもと違うということだけは、どういう訳だか伝えたかった。

あぁ……。割り切れない表情のまま、Tさんは出ていってしまった。すこしうしろめたい気持ちにさせてしまったかもしれない。しばらくは来ないかもしれないな、こうしたささいなすれ違いが、心をじわじわと浸食する。

日ごろから人はそれぞれ違うことを考え、違う立場で行動しているが、それはお互い見ぬふりをして隠されているのだろう。いざその違いをはっきり目のまえに見せられると、それはなかなかつらいことでもある。いまいろんな場所で、こうしたささいな違いが、人と人とを分けている。もちろん書店主は、人を裁く立場にはない。それは誰だってそうだ。

ありがたいことに、ウェブからの注文がかなりの数届いているので、昼間はカフェのスペースを使って妻が伝票に宛名を書き、プチプチを切っている。こうして二人で同じ作業をするのは久しぶりだ。そのように考えてみたら、この前こうした時間を過ごしたのは、店を開店する直前、四年以上前のことであった。

しかし、誰に対して店を開こうとしているのかわからず、ずっと深い霧に包まれているようだったその頃とは異なり、いまはTitleという店に、こうしてわざわざ本の注文をしてくれる人がいる。よく知ってる人、名前も顔も覚えているけどくわしくは何も知らない人、直接は知らないたくさんの誰か。非常時には違いもはっきりするけど、すでにそこにあったたくさんのつながりもはっきりとする。「コミュニティ」なんて言わないまでも、こうした見えざる手により店は支えられているのだ。店を続ける力って、結局のところそれよりほかに何もない。

 

今回のおすすめ本

『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』野中モモ 晶文社

いま必要なことは、自分で手を動かし何か作ってみることだ。ことばやイラスト、写真などそれは人によりさまざまだが、不器用なりにも体温があるその本が、その人自身を生き延びさせていく。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2026年1月10日(土)~  2026年2月2日(月) Title2階ギャラリー

本屋Title10周年記念展「本のある風景」

本屋Titleは、2026年1月10日に10周年を迎えました。同日より2階のギャラリーでは、それを記念した展示「本のある風景」を開催。店にゆかりのある十名の作家に「本のある風景」という言葉から連想する作品を描いていただきました。それぞれの個性が表れた作品は販売も行います。本のある空間で、様々に描かれた〈本〉をご堪能ください。
 

【『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売中です】

本屋Titleは2026年1月10日で10周年を迎えました。この度10年の記録をまとめたアニバーサリーブック『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になりました。

各年ごとのエッセイに、展示やイベント、店で起こった出来事を詳細にまとめた年表、10年分の「毎日のほん」から1000冊を収録した保存版。

Titleゆかりの方々による寄稿や作品、店主夫妻へのインタビューも。Titleのみでの販売となります。ぜひこの機会に店までお越しください。
 

書誌情報

『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』

Title=編 / 発行・発売 株式会社タイトル企画
256頁 /A5変形判ソフトカバー/ 2026年1月10日発売 / 800部限定 1,980円(税込)

 

◯【寄稿】

店は残っていた 辻山良雄 
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)

 

◯【お知らせ】NEW!!

養生としての〈わたし〉語り|〈わたし〉になるための読書(8)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

今回は、話すこと、そしてそれを通じて自分自身を考えさせられる3冊の本を紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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