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前進する日もしない日も

2020.02.11 更新 ツイート

フィンランド旅3~タリンのクリスマスマーケット~益田ミリ

昼過ぎのタリンのクリスマスマーケット。人出はまだそう多くなかった。手袋やマフラーの屋台を中心に、オーナメント、キャンディ、ホットワインを売る屋台が見えた。

じゃがいもと一緒にグリルしたソーセージも売っていた。血合いの黒いソーセージ(ヴェリ・ヴォルスト)はエストニアのクリスマス料理なのだそう。

子供用の回転ブランコもあった。小さいから見ているだけで目が回る。子供たちがはしゃいでいた。

帰りの船は19時半なので、1時間前にターミナルに戻るとしても時間は充分にある。クリスマスマーケットはやはり暗くなってからがきれいなので、それまで旧市街をぶらぶらすることに。

エストニアの民芸品は素朴でかわいらしい。鮮やかな花の刺繍をほどこした靴やベルト。自分の年齢を考えるとかわいすぎて身に付けられないのはわかっているが、手袋くらいかわいすぎてもいいかな、と自分用に手編みの手袋を買うことにする。

手編みの商品を売る店で、若い女性が店番をしながら編物をしていた。「ここにあるのは、あなたのデザイン?」と聞くと、そうだという。

パッと目についた手袋があった。黒地に赤い花の模様で、編み方も凝っている。

これ欲しい!

でも、念のため色違いや他のデザインも物色する。しばらくしてわたしは思った。

 

最初にいいと思ったものでいいじゃないか。

 

もっといいものがあるかもしれない。もっと好きなのがあるかもしれない。探しているうちに違うものを選ぶことがある。それはそれで気に入ったりもするのだけれど、ピンときたものを買う楽しさを手放しているともいえる。今後の人生、ちょっとしたものくらい、もう直感で買おうぜ、わたし! なぜかそんな気持ちになり、最初に気に入った黒地に赤い花の手袋を急いで買った。大切に使おうと思う。

 

その後も土産物を見てまわり、毛糸の帽子、刺繍のブローチ、エストニアの織物を使ったパッチワークのポーチなど、どうしようか迷ったら買っちゃうことにした。

たぶん、これがわたしの最後のエストニアだ。フィンランドを再訪することがあっても、船に乗ってもうここまでは来ないんだと思う。

人生には限りがある。別れる場所があれば別れる人もいる。

この旅の間に、子供の頃からかわいがってくれた近所のおばさんが亡くなったという知らせが届いた。秋に見舞いに行った帰り道、もう会えないんだろうなという気持ちはあった。新幹線に乗って毎週見舞いに行けばもちろん会えるのだけれど、そうしないことも、そうできないこともわかっていた。エストニアもまた、わたしにとっての別れの時なのである。

小腹が空いたので路地裏のカフェに入ってみた。天井が高く、赤いレンガの壁に大きな抽象画が何作品か掛けられていた。窓辺の席には女性がひとりパソコンに向かっていた。

もしあの人が作家なのだとしたら、今、どんなことを書いているのだろう?

と思ってみればますます作家に見えてきて、「タリンのカフェで見かけたアジア人」としてわたしは彼女の作品に登場するのかもしれない、などという楽しい空想をするのだった。

注文したサンドイッチがやってきた。薄くてパリッとした雑穀パンにアルファルファがたっぷり。トマト、パプリカ、スパイスが効いたカボチャのサラダが挟んである。薄味だが、塩漬けのオリーブやナスのピクルスがアクセントになってちょうどいいバランス。忘れたころにパイナップルのようなあまい果物が顔を出し、あわい、からい、あまいが絶妙だった。

あと少しでラコヤ広場のクリスマスマーケットが輝く時間である。食後の熱い紅茶を飲みながら夕日が沈むのを待った。

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前進する日もしない日も

仕事の打ち合わせ中、まったく違うことを考えてしまう。ひとり旅に出ても、相変わらず誰とも触れ合わない。無地の傘が欲しいのに、チェックの傘を買ってくる。〈やれやれ〉な大人に仕上がってきたけれど、人生について考えない日はない。そんな日々のアレコレ。

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益田ミリ イラストレーター

1969年大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書に、漫画『すーちゃん』『僕の姉ちゃん』『沢村さん家のこんな毎日』『週末、森で』『きみの隣りで』『今日の人生』『泣き虫チエ子さん』『こはる日記』『お茶の時間』『マリコ、うまくいくよ』などがある。また、エッセイに『女という生きもの』『美しいものを見に行くツアーひとり参加』『しあわせしりとり』『永遠のおでかけ』『かわいい見聞録』や、小説に『一度だけ』『五年前の忘れ物』など、ジャンルを超えて活躍する。

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