
「古本屋かと思って入ったけど、違うんですね」
築70年以上が経つ外観がそう思わせるのか、よろこび勇んで入ってきたお客さんに、そのように苦笑いされることがある。いや、新刊書店なんですよと答えると、大抵の場合その人は、それは失礼しましたと言ってすぐに出て行ってしまうのだが、すぐに出ていくというのは、そこにある新刊本にはほとんど興味がないということだろう。同じ〈本〉とはいいながら、新刊書店と古書店に来る客は、多くの場合あまり重なることがない(もちろん例外はある)。
本になじみのない人からすれば、そこに並んでいる本が新しいか古いか以外に大した違いはないのだから、本来はもっと交流があってもよさそうなものである。しかし実際には、新刊書店と古書店では、ほとんど別世界といってもよいほどで、同じ町に店を出していても、互いのことをよく知らないまま商売をしていることも多い。
いまでは資本力のあるチェーン店がほとんどとなった新刊書店とは異なり、古書店の多くは、いまだに個人・家族経営だ(ちなみに彼らのほとんどは自らのことを「古本屋」と呼ぶ。そのことばには誇りと謙遜が込められているようで、聞くといつもいいなあと思う)。以前勤めていた会社では、百貨店の催事場で古書店が25店舗ほど集まる古本市を年に2回行っていたが、その搬入搬出の光景は圧巻だった。
普段は主人しか顔を見せない店も、短時間でカゴ台車10数台分の本を出し入れする際には、奥さん、子ども(10歳くらいの子もいる!)、誰かはわからないが雰囲気から一族と思われる人など、家族総出でおこなっている。店同士は知り合いのところが多く、あちこちであれまあ久しぶりですねなどと挨拶しているが、それは正月がきたような華やぎがあり、会社員の身としてはうらやましくなる温かさがあった。
Titleでは毎年年末年始に、数店舗に出店してもらう古本市を行っている。百貨店で行う催事とは異なり、もう少しこじんまりとした趣味性の高いものだが、同世代の、古本屋としては若い店主が出す本は、どれも新刊では見かけない、古めかしいけどいまに通じる美意識が感じられ、見ていてあきない。だからだろうか、店に来る人も一人で新刊・古本どちらも買って帰る人が多く、レジで受け取る本の組み合わせも多種多様である。
新刊書店が扱う〈いま〉の幅広さを横軸、古書店が担う本の奥深さを縦軸としたとき、この古本市を行っている時期が、いちばん店全体として本の可能性を見せているようにも思う。店主たちはそれぞれ新刊の買いものもしてくれるが、そのときは本という共通言語で語り合っている気にもなり、うれしくなる。
今回のおすすめ本
前作『感動』から8年。齋藤の写真では、あかるいひかりも、居心地の悪いざらりとした感触も、ひとしいものとしてそこにある。カメラを手に世界と対峙することの厳しさが伝わる写真集。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー
「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念
これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。
◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース
本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント
展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】
メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。