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本屋の時間

2019.11.15 公開 ポスト

第72回

虹の彼方に辻山良雄

いしいしんじさん(写真:リトルモア提供)

Titleのウェブサイトには「まったく新しい、けれどなつかしい」ということばが、左上に小さく書かれている。これは何もわたしが考えたわけではなく、会社を辞めて自分の店を開くことを報告したとき、小説家のいしいしんじさんから返ってきたメールに書かれていたことばだ。

まだ店の場所も決まっていないのに、メールには「……まったく新しい、けれどなつかしい、ずっとそこにあったはずなのに、たったいまできた空間。こころから楽しみにしています」と書かれていた。ほんとうにやるのかと決意を新たにする一方で、はたしてそんな〈物語〉のような店になれるのだろうかという不安もあった。

 


だから4年が経ち、いしいさんを店にお迎えしてイベントができることには、心に期するものがあった。トークの話題は主に短篇集『マリアさま』のことだったが、SP盤の愛好家でもあるいしいさんには、蓄音機と短篇ごとのテーマソングをお持ちいただき、話の合間には会場にきたお客さんと一緒に、そのSP盤を聴いた。

録音時のスタジオの音を溝に刻み、それを鉄の針で「版画のように」再生するSP盤は、電気で再生する音楽よりもとても生々しく聴こえる。エルヴィスもアマリア・ロドリゲスもリパッティも、時を超え、いまこの小さな空間で歌い演奏していた。

「虹の彼方に/OVER THE RAINBOW」のレコードが終わったとき、ジュディ・ガーランドはこの曲を歌いながら、きっといのっていると思うんですといしいさんは語った。いのることは神のまえで手を合わせることだけではない。毎日を生きることにもいのりはあり、よき明日を夢みながら仕事をする、誰かのことを思いながら食事をつくる……そうした行為にはすべて、いのりが含まれているように思う。

いしいさんの蓄音機「コロちゃん」(写真:リトルモア提供)

トーク中いしいさんは、過去の音楽も文学も時間を超えていまとつながっている、人はそうしたものに触れずにはいられないし、辻山さんもそれを信じているから、店を続けているのでしょう? と話をされた。

そうかなあ、そうかもしれない。同じ日のくり返しに見えたとしても、明日はもう少しいい店にしたい。たくさん勝たなくてもいいから、変わりなく長く続けたい。

今日はうまくいかなくても、明日こそはと思うとき、人は遠くにかすかな虹を見ている。

 

 

今回のおすすめ本

『たやすみなさい』岡野大嗣 書肆侃侃房

大阪に生きる歌人は、次の瞬間には忘れてしまうかすかな気持ちを、手のひらですくい、歌にとどめる。それは歌人の記憶であったかもしれないし、わたしたちがかつてどこかで、体験したことかもしれない。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2026年1月10日(土)~  2026年2月2日(月) Title2階ギャラリー

本屋Title10周年記念展「本のある風景」

本屋Titleは、2026年1月10日に10周年を迎えました。同日より2階のギャラリーでは、それを記念した展示「本のある風景」を開催。店にゆかりのある十名の作家に「本のある風景」という言葉から連想する作品を描いていただきました。それぞれの個性が表れた作品は販売も行います。本のある空間で、様々に描かれた〈本〉をご堪能ください。
 

【『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売中です】

本屋Titleは2026年1月10日で10周年を迎えました。この度10年の記録をまとめたアニバーサリーブック『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になりました。

各年ごとのエッセイに、展示やイベント、店で起こった出来事を詳細にまとめた年表、10年分の「毎日のほん」から1000冊を収録した保存版。

Titleゆかりの方々による寄稿や作品、店主夫妻へのインタビューも。Titleのみでの販売となります。ぜひこの機会に店までお越しください。
 

書誌情報

『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』

Title=編 / 発行・発売 株式会社タイトル企画
256頁 /A5変形判ソフトカバー/ 2026年1月10日発売 / 800部限定 1,980円(税込)

 

◯【寄稿】

店は残っていた 辻山良雄 
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)

 

◯【お知らせ】NEW!!

養生としての〈わたし〉語り|〈わたし〉になるための読書(8)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

今回は、話すこと、そしてそれを通じて自分自身を考えさせられる3冊の本を紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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