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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2019.07.27 更新 ツイート

沼に落ちるのも体力が必要 ~オタクと加齢~カレー沢薫

私は軽率にソシャゲを初めて軽卒に辞めるマンだ。
今年になってからも多くのソシャゲに手を出しているが、ずっと続いているのは結局「FGO」ぐらいだ。
あとは前からやっている乙女ゲーを「推しが出た時だけ戻る」というスタイルでやっている。

 

それと去年末から「ロマンシング サガ リ・ユニバース」をやっている。
ロマンシングサ・ガとは、1992年に第一作目が出た、旧スクエアの人気RPGシリーズである。

佐賀県とコラボしたおかげで、今では誰もが「ロマンシング・サガ」と思っているだろうが、正しくは「ロマンシングサ・ガ」なのだ。
逆に「ロマンシングサ」とは何だ、方言か、という感じだが、シリーズが続くごとに「サガ フロンティア」のように「実はサはロマンシングではなくガの方とつきあいたかった」ということが判明する。

さらに初代「ロマンシングサ・ガ」のリメイクすら「ロマンシング サガ ミンストレルソング」という名前で発売され、今では「サにとってロマンシングとつきあっていたことは黒歴史」ということになっている。

おそらく今、10代、20代前半ぐらいの人は、何の話をしているか、さっぱりだと思う。

だが、中年というのは、自分が中学生ぐらいにハマっていたものの話になると、饒舌かつ早口になる壊れかけのラジオなのだ。
一言「ファイナルファンタジー7」と言えば「俺はティファ派だ」という聞いてもない答えと「ずっと好きだったのに、ポッと出の女にとられるのはかわいそうじゃないか!」という、熱い話を30分くらいいただける。

黙らせようと思ったらコードという名の頸動脈でも切るしかない。

ちなみに「ラジオ」は「レイディオ」と読む。

しかし、ゲーム業界、アニメ業界、出版業界というのは、壊れかけのラジオたちがオイルでテカテカになる「リバイバル」を定期的にやるものなのだ。

「10~20年前ぐらいに流行ったもの」を最新技術や現代アレンジを加えて「リメイク」というやつである。

このリバイバル風潮は、最近また特に高まっているし、今後もなくなることはないだろう。

何故なら、日本は少子高齢化である。
今の子どもにウケるものを作るより、昔の子どもにウケた物を焼きなおした方が手堅いという側面がある。

また、いくら子どもにバカウケな物を作っても、金を出すのは親やジジババである、だったらダイレクトにジジババを狙った方が「早い」

また子どもだと、金がなければ「諦める」以外の選択肢はないが、大人の場合、金はなくても、謎のカードで「未来の自分に払わせる」という時空を操る能力に目覚めているため、諦めない奴は諦めない。
さすが大人、子どもが持っていないネバーギブアップ精神を持っている。

もしかしたら、すでに業界にとって、メインターゲットは子どもや若者ではなく、頭が子どものまま体が大人になってしまった、脳内がネバーランドの中年なのかもしれない。

リメイクに関しては「過去の遺産をペロペロしやがって」という苦言もあるが、正直、中年にとっては嬉しいものでもある。

単純に「懐かしい」というのもあるのだが「新しく覚え直さなくて良い」というのがありがたい。

「気づいたら、落ちているのが沼」とは良く言うが、カフカみたいに、朝起きたら強火のヅカオタになっていた、みたいなことはないのだ。

気づいたら落ちているのが沼ではあるが、少なくとも「沼の前までは自分の足で行かなければない」のである。

「沼の前」とはどこかと言うと、漫画なら「開く」アニメなら「再生する」ゲームなら「チュートリアルを越える」だ。

オタクの加齢とは、新しい物が受け入れられない、ということではない。
何歳になっても、一度触れてしまえばハマる可能性は高い、だが触れるとこまで行けなくなるのが、オタクの加齢なのだ。

我々は推しに「元気」ともすれば「生きがい」をもらっている。

だが年を取ると、推しになるかもしれないキャラが出ているアニメの「第一回」見るのに「元気」が必要になってくるのだ。

漫画もアニメもゲームも、まずはキャラ名や世界観、そこでのルールなどを、「理解する」必要がある。

もちろん、「か、顔が良い」と、出会って4秒で沈める沼もあるが、多くの沼が「理解」あっての深み、な場合が多い。

つまり年を取ると「面白そうだが、新しい世界観を一から覚えるのは面倒くせえ」「今見ても理解できなさそうだから調子が良い日にしよう」「調子が良い日はなど、存在しない」と、なかなか新しい世界の第一ページ目が開けなくなってくるのだ。

それよりは、知っている世界にもう1回入ろう、と昔の物を見たり、リメイクをやったりしてしまうのだ。

しかし、ちょっと頑張ってでも、出来るだけ新しい物には触れつづけた方が良い。
何故なら「リバイバル」というのは、これからもずっとされるからだ。
つまり、50歳ぐらいでハマったものは70歳ぐらいでまたリバイバルされるということだ。

70歳ぐらいで新しいものを理解するのは今よりささらに難しい。
だが、その時また50歳ぐらいにハマっていたものが、リバイバルされ「懐かしい」と楽しむことは出来るのだ。

今、楽しむことが、そのまま「老後の楽しみ」になるのである。
「老後にとっておく」と、老後「何も懐かしくない」「新しものは理解できない」という「無」になる可能性がある。
若いうちは「落ちれる沼、全部落ちる」ぐらいの方が、老後も豊かになるのではないか。

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関連書籍

カレー沢薫『カレー沢薫の廃人日記 〜オタク沼地獄〜』

だが、未だにガチャから学ぶことは多い、去年末、本コラムをまとめた『カレー沢薫の廃人日記~オタク沼地獄~』という本を出版させてもらった。 そのキャッチコピーは「人生で大事なことは、みんなガチャから教わった」なのだが、改めてこのコピーに嘘偽りはなかったと確信している、もはやガチャは人生の縮図と言っても過言ではない。

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