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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2019.07.12 更新

大事なのは「自分には全くそうは見えないが、君にはそう見えるんだね」という姿勢カレー沢薫

先日美術館で写真の鑑賞会を見学させてもらった。
趣味ではなく仕事の取材でだ、写真美術に関しては当方全くの門外漢である。

趣味に貴賤はない。
しかし同じ「鑑賞」が趣味でも対象が「美術品」と「平面から出てこないイケメン」では、周囲に与える印象が、若干違う。

 

よって後者の中には面倒なので、本当のことは言わず「趣味は読書です」などと明らかに他に言えない趣味持っていそうな当り障りのないことを言ってお茶を濁す者もいる。

逆に本当に読書が趣味の人が特殊趣味を疑われていないか心配だ。

片や「趣味は美術館での美術鑑賞」というのは、全く公言するにはばからない趣味だ、履歴書にも書けるし面接でも言える。

もちろん面接で「趣味はPixivでの絵画鑑賞です」と言っても良いし、面接官によっては好印象かもしれない。
しかし、よくよく話してみたら「同担拒否」や「逆カプ」だったということもあり得る。
そうなったら不採用以前に面接室が「どちらかが死ぬまで出られない部屋」になってしまう。

少なくとも美術鑑賞よりは言うにリスクがある趣味なのだ。

では美術鑑賞などという日向の趣味を持ち、綺麗な川に住んでいる人間は、己の趣味を自ら「沼」などと称し、口を開けば「しんどい」「無理」「墓」な我々とは全く相いれぬ存在なのだかろうか

答えはNOである。それどころか「完全に一致」と言っても良い。

冒頭の「写真鑑賞会」の話に戻るが、そもそも鑑賞会とは何かというと、1枚の写真を十人弱ぐらいで鑑賞し、その写真の感想や意見をその場で言い合うというワークショップのことだ。

1枚目に鑑賞したのは「空」の写真である。
紫色の空に閃光のようなものが走っているという写真で見るのには良いのだが、正直「どう思う?」と意見を求められたら「困るやつ」である。

ちなみに私が美術作品を見たときの感想というのは大体「すごい」「上手い」「なるほど」「なるほど(わからん)」だ。

しかし、その会に参加している人たちはその1枚の空の写真に対し「長くは見ていられない不穏さがある」「家のアンテナの形からして相当古い写真だろう」「僕は自分は部屋に飾って毎日見たい」「SEKAI NO OWARIみを感じる」と次々に己の意見を発していく。

おそらくその写真について、2,30分は話し合っていたと思う。

よく、空の写真1枚でここまで話を発展させられるなと思ったが、この光景は何か見覚えがある。

「刀剣乱舞で公式から与えられた4つぐらいの止め絵と数種類のボイスのみで無限の妄想を繰り広げてきたこの俺たち」

まさにこれである。
同じ物を見ているはずなのに、意見が全く違うのも、話が止まらなくなっているのも全く同じだ。ただ「想像を掻き立てられる物」が違うだけなのである。

また「軍艦島の炭鉱作業員」の写真を見たときも、体中真っ黒な労働者の姿に「過酷さを感じる」という意見が出ていたが、一人が「軍艦島の作業員は高所得で暮らし向きは良かった」と言うと「悲惨さは感じない」「楽しそうに見える」と意見がポジティブ寄りになっていった。

これも「深い考察」や「優れた二次創作」に殴られる俺たちに似ている。
オタクが影響を受けるのは公式が出すものだけ、というわけではない。
一ファンの描いた上手いイラストを見て、興味のなかったキャラやカップリングを好きになったり、凄まじい二次創作を読んで、むしろ公式への見方が変わってしまうことすらある。

作品やキャラに対し独自の解釈がある我々だが、より強い解釈に殴られると方向が変わってしまうこともあるのだ。

そして鑑賞会の後、同行した担当が「参加者の人が写真に写っていた難解な文字を誤読してが、それは言わなかった」と言っていた。

「間違いを指摘するのは野暮」

これは、美術や漫画やアニメに限らず全ての趣味に共通して言えることかもしれない。

そもそも「間違い」などないのではないか。

子どもが雲を指さし「ソフトクリーム」もしくは「ウンコ!」と言うのが果たして間違いなのかという話である。
間違いだとしたら「あれは雲だ」と言って子どもの想像力と視点を殺すことなのではないか。

例え誤読でも国語のテストではないのだ「自分の目で見てそう見えた」なら「そうとも見える」という答えの一つである。

写真1枚でも見方が人それぞれなように、キャラが二人で立っているだけの漫画の一コマを見て「この二人は付き合っている、むしろ結婚している」という見方をする人もいれば「右は私の彼氏」という人もいる。

それに対し「そんな事どこにも描いてないし、そんなわけないだろ」などとは言ってはいけないのだ。

もちろんその意見を受け入れる必要はない、ただ大事なのは「自分には全くそうは見えないが、君にはそう見えるんだね」という姿勢である。

このように、愛好する物が違うだけで、芸術好きも漫画やアニメ好きも挙動や思考はあまり変わらないのである。

ただ「尊すぎる写真を前に語彙を失う人」や「ちょっと待って……無理……」と言いながら写真を直視できない人というのは見られなかった。

この動きばかりは「推し」がいるオタク特有のものかもしれない。

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カレー沢薫『カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~』

だが、未だにガチャから学ぶことは多い、去年末、本コラムをまとめた『カレー沢薫の廃人日記~オタク沼地獄~』という本を出版させてもらった。 そのキャッチコピーは「人生で大事なことは、みんなガチャから教わった」なのだが、改めてこのコピーに嘘偽りはなかったと確信している、もはやガチャは人生の縮図と言っても過言ではない。

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