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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2024.04.27 公開 ツイート

生涯の推しであるおキャット様の推し「ちゅーる」から考えるいなば問題 カレー沢薫

前回「二次元の推しの一番良いところは、不祥事などでこちらを裏切らないことではなく、こちらの気持ち悪い言動で傷つくことがないこと」と書いたが、やはり不祥事を起こさないのが二次元の一番良いところでは、と思い直す出来事があった。

それが「いなば食品」に関する一連の騒動である。

 

缶詰やペットフードで知られるいなば食品が、この空前の新卒売り手市場をものともせず、新入社員に倒壊寸前のシェアハウスに強制入居させようとしたり諸々の無体を働こうとしたところ、見事新入社員19人中17人に入社を辞退されたという事件だ。
逆に残った2名のことが気になるが、それこそ推しが苦境の時ほど燃える強火のいなば担なのかもしれない。

私自身がいなば食品のファンで、いなばの同族経営に関しても、おそ松さんや柚木さんちの4兄弟を見る感覚で萌えていたというわけではない。

推しの不祥事と一言で言っても、推しのアイドル自身に彼女がいた上に、彼女に対して猛ビンタをかましていたところを警察に取り押さえというパターンもあれば、自分が推していた作品の「制作者」が違法なお葉っぱや児童ポルノ所持で捕まるパターンなど千差万別である。
そう考えると一番辛いのはアーティストのファンなのかもしれない。
アーティスト本人とその作品込みで愛していた場合、不祥事が起こった際、アーティスト本人だけではなく、その作品に対する身の振り方まで考えなければいけなくなるからだ。
アーティストが逮捕されるとその曲まで配信停止になってしまうこともあり「作品と作者は別だ」という意見も多い。
しかし、もし「一連の事件を一瞬たりとも思い出さずに碧いうさぎを最後まで歌え」という神業チャレンジがあったら私はイントロの時点で「OUT」だと思うので、完全に切り離して考えるのは難しく、推しであればなおさらだろう。

私はいなば食品自体を推していたわけではない。
しかし、いなば食品が製造していたおキャット様用フード「ちゅーる」のことは推していた。
一応言っておくが、私はおキャット様ではなく、ちゅーるを食べたことはない。そしておキャット様に仕えてもいないので、ちゅーるを買ったこともない。
ちゅーるを買っていた愛猫家にとって私は今までそのアーティストの曲を買ったことがないくせに、不祥事を起こした途端「好きだったのにショックだわ」とXで言及を始めるエアプ野郎のようなものだろう。
しかし、家に猫がいるわけでもないのにちゅーるをメチャクチャ買っている人間の方が気持ち悪いし、実質おキャット様の食べ物を横取りしているようなものなので、そこはご容赦いただきたい。
つまり、私の生涯揺らぐことのない推しであるおキャット様たちが推していた作品の作者がやらかした、という話である。
要約すれば「無関係」なのかもしれない。

しかし、ちゅーるに関しては「余命いくばくもなく食事が取れなくなったおキャット様でもちゅーるだけは食すことができた」などのエピソードも良く聞く。
つまり、いなばがどれだけ邪悪でも、それが製造したちゅーるに救われたおキャット様がいるという事実は変わらない。
これはバイトを1週間で「無能」という理由でクビになった私を救ってくれた「金色のコルダ」のメーカー、コーエー(株)が人身売買に関わっていたと言われるよりショックな話である。
話を聞いただけの私が何故かショックを受けているぐらいなので、実際ちゅーるに愛猫を救われた経験がある人は相当ショックだろう。
しかも今回の炎上の嫌なところは、おキャット様が全く関係ない、という点である。
ちゅーるにおキャット様に対し有害な物質が混入していたり、19名の新入社員が全員猫だった、というなら潔くいなば担降りすることができるだろう。

だが、あくまで人間が人間に対して非人道的なことをしていたという、Xのおすすめ欄で連日起こっていることがちょっと派手に起こったというだけだ。
しかし「あのおキャット様に人気のちゅーるで有名ないなばの不祥事」として大きく報道され、それを見てちゅーる不買を決めた飼い主も多いが、不買の影響を受けるのはいきなり好物を奪われるおキャット様である。
人間を大事にできない会社がおキャット様を大事にできるはずがない、と今後起こるおキャット様への不祥事を見越して不買を決めた人も多いが、その後出された「シェアハウスがボロかったのは担当者が壮絶な死をとげたからです」という怪文書を見るに、猫への愛は本物で、そのためには人間の犠牲は厭わない会社なのでは、という気もしてきた。

そもそも、ちゅーるに救われたのは猫ではなく、食事をとれずに弱るおキャット様の姿を見て苦しむ人間の心だったのかもしれない。

しかし、おキャット様を守るには、まずそれに仕える人間を守らなければいけないというのも事実である。
おキャット様の世話をする人間の精神が不安定で、掃除ができなかったり、おキャット様のフードをリアルに食ってしまうようでは、おキャット様も幸せになれないのだ。
推しの不祥事というのは、人間の心を不安定にする要素の一つだ、それを脱するために何とかして自分を納得させなければいけない。
よって、おキャット様を守るためと己を納得させて脱いなばした人間の判断は苦渋かもしれないが英断である。

だからといって、いなば商品継続購入を決めた人間が悪いわけでもない。
不祥事を起こした推しのファンを続けることに罪悪感を感じる人もいるし、あんな邪悪なことを起こした奴をまだ推すのかと批判されることもあるらしい。
しかし、罪を憎んで人を憎まずと言う言葉もあるし、何より推していた側が悪くないのだけは確かである。
ファン商売をしている人間や企業は不祥事を起こすことにより、直接の関係者への迷惑だけではなく、応援してくれていた人に凄まじい葛藤をさせ、時に猫を飼っていなければ商品を買ったこともない全くの無関係者にまで気持ち悪いまでの葛藤をさせたりする。

今後はぜひ、その影響力を自覚して運営してほしい。

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カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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