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暗黒物質とは何か

2019.05.23 公開 ツイート

「暗黒物質」が太陽系を秒速230キロメートルで回転させている 鈴木洋一郎

宇宙の質量の27%を占めている「暗黒物質」(ダークマター)。この空気中にも大量に存在しているが、一切の光、電波を発しないため、見ることすらできない。だが、暗黒物質がなければ、地球も人類も生まれることはなかった。まさに暗黒物質こそが、宇宙創生のカギを握る……。そんな謎の物質に迫った一冊が、『暗黒物質とは何か』だ。研究の最前線に立つ著者の、最新の知見が盛りだくさんの本書から、一部を抜粋してお届けします。

*   *   *

暗黒物質が銀河を包み込んでいる

1970年代から80年代にかけて、アメリカの天文学者ヴェラ・ルービンたちが行った観測によって、忘れられていた暗黒物質が再び脚光を浴びます。ツビッキーが「銀河団」の運動スピードを測ったのに対して、ルービンたちが観測したのは「銀河」1つ1つの回転速度でした。

(写真:iStock.com/lakshmipathi lucky)

数千個の星が集まって形成される銀河は、それ自体が回転運動をしています。私たちの天の川銀河も例外ではありません。地球は太陽のまわりを秒速30キロメートルの速さで回転していますが、その太陽系全体も、銀河系全体の重力に引っ張られて、秒速230キロメートルで回転しているのです。

ルービンが最初に測ったのは、アンドロメダ銀河の内側と外側の回転速度の差でした。銀河は「バルジ」と呼ばれる中心部に多くの星が集まっています。銀河系の質量のほとんどが集中しているので、中心部に近づくほど星が受ける重力が強い。ニュートン力学によれば、重力の強さは距離の2乗に反比例するので、重力源から離れるほど受ける重力は弱まります。

だとすれば、強い重力を受ける中心部ほど回転速度は速くなります。事実、たとえば太陽系の惑星の公転速度も、太陽に近い軌道上にある水星がもっとも速く、太陽から遠い惑星ほど遅くなっています。

ところが、ルービンが多くの銀河を観測したところ、その回転速度は内側でも外側でもほぼ一定であることがわかりました。バルジから遠く離れた周縁部は、中心部からの重力が弱まっているはずなのに、バルジ付近とほぼ同じ速度で回転していたのです。

ニュートンの法則が間違っていないとすれば、そこには目に見える物質以外の重力源があるとしか考えられません。それも、銀河の外側ほどその重力源が多いことになります。そこでルービンは、自らの観測結果から、星や星間ガスなどの物質のおよそ10倍の暗黒物質が、銀河を大きく包み込むようにまとわりついていると考えました。

地球も暗黒物質の影響を受けている

ここでやや余談になりますが、銀河の回転速度をどうやって測るのか説明しましょう。もちろん銀河に属する星の運動スピードを測ればいいのですが、実は星のないところでも銀河の回転速度を測ることができます。

(写真:iStock.com/ktsimage)

銀河には、星が活発につくられている領域があり、そこでは水素が電離し、電離水素からの波長が656.3ナノメートルの輝線という特殊な光が観測されます。また、星間雲にある中性水素原子も観測可能な輝線を出しています。

中性水素原子は、陽子1つと電子1つで構成されるもっとも軽い原子です。陽子と電子にはそれぞれコマのように回転する性質があるのですが、その回転方向は原子の状態によって変化します。エネルギーが低くて安定した状態の水素原子は、陽子と電子がそれぞれ反対向きに回転している。しかしエネルギーが高くて不安定な状態になると、その回転が同じ方向に揃います

不安定な原子は安定した状態に戻ろうとしますが、すぐに戻れるわけではありません。同じ向きに揃った陽子と電子の回転が逆方向になるまでには、1000万年もかかります。

とはいえ宇宙には膨大な数の水素原子がありますから、常にどこかで不安定な水素原子が安定した状態に戻っている。高エネルギー状態から低エネルギー状態になるので、このとき余ったエネルギーが放射されます。この波長は21センチメートル。天文学の分野では、この電波を観測に使うことが少なくありません。

ルービンは、最初は、銀河の中の電離水素からの輝線を測ることで、その後、中性水素原子から出る「21センチメートルの電波」のドップラー効果によって、銀河の回転速度を測りました。これなら、星のない銀河の周縁部でもきれいに速度を測ることができるわけです。

ちなみに現在では、私たちの天の川銀河も、中心部と周縁部の回転速度がほぼ同じであることがわかっています。太陽系は天の川銀河の中心部からかなり離れた位置にありますから、秒速230キロメートルという回転速度は、暗黒物質の重力の影響を強く受けているといえます。

当然、太陽系周辺にも大量の暗黒物質がまとわりついており、だからこそ地球上で検出できる可能性があるのです。

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鈴木洋一郎

1949年、東京都生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院博士課程修了。専門は素粒子物理学。ブラウン大学研究助教授、大阪大学助手等を経て、96年、東京大学教授に就任。2004年4月から08年3月まで、東京大学宇宙線研究所所長。現在、東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設長、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)副機構長。01年仁科記念賞受賞。スーパーカミオカンデ実験における太陽ニュートリノ観測が高く評価され、10年ブルーノ・ポンテコルボ賞、13年ヨーロッパ物理学会コッコーニ賞を受賞。XMASS実験のプロジェクトリーダーとして、暗黒物質の検出に挑んでいる。

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