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暗黒物質とは何か

2019.05.24 公開 ツイート

138億年前のビックバン直後、宇宙はどんな姿をしていたのか 鈴木洋一郎

宇宙の質量の27%を占めている「暗黒物質」(ダークマター)。この空気中にも大量に存在しているが、一切の光、電波を発しないため、見ることすらできない。だが、暗黒物質がなければ、地球も人類も生まれることはなかった。まさに暗黒物質こそが、宇宙創生のカギを握る……。そんな謎の物質に迫った一冊が、『暗黒物質とは何か』だ。研究の最前線に立つ著者の、最新の知見が盛りだくさんの本書から、一部を抜粋してお届けします。

*   *   *

一気に膨れあがった宇宙

現在、ビッグバン、すなわち宇宙の「始まり」には、とても複雑なことが起こっていると考えられています。そして、その「始まり」の詳細が、現在わかり始めています。

(写真:iStock.com/coffeekai)

WMAPの観測により、宇宙は今からおよそ137億年前に誕生したということが定説になりました。しかし、2013年3月には、2009年に欧州宇宙機関が打ち上げた宇宙望遠鏡プランクの観測から、宇宙誕生はそれよりさらに1億年遡り、138億年前であるという解析結果が発表されました。

138億年前の宇宙誕生の瞬間のことは、残念ながらまだわかりません。しかし誕生直後に、大きな変化があったことは理論的に予測されています。「インフレーション」と呼ばれる現象で、この理論は1981年に日本の佐藤勝彦さんと米国のアラン・グースによって、それぞれ独立に提唱されました。

それによると、138億年前に誕生した宇宙は10(-36乗)秒後から10(-34乗)秒後というわずかな時間に、体積が倍々に増える指数関数的な急膨張を起こしたことになります。誕生したとき10(-34乗)センチメートルだった大きさが、なんと10(34乗)倍以上にまで一気に膨れあがりました。

といっても、インフレーションを経て膨れあがった宇宙の大きさは、それでも直径1センチメートル程度でした。今の宇宙から見れば、「極小の火の玉」ですが、インフレーション以前の宇宙から見れば、「超巨大な火の玉」だったのです。

インフレーションにより宇宙は光と物質で満たされましたが、その光はすぐに自由に全方向に広がったわけではありません。光が宇宙全体を自由に飛び回るようになるまでに、およそ38万年もの時間がかかりました。初期宇宙は、光が自由に飛び回ることのできない状態だったからです。

というのも、誕生直後の宇宙は、きわめて高いエネルギーを持つ高温の世界でした。もちろん、その時点では星も銀河も存在しません。それどころか、物質を構成する原子核もありません。高エネルギー状態では素粒子が激しく動き回っており、原子核さえ生まれることができないからです。

38万年たって宇宙は「晴れ上がった」

宇宙はその膨張と共に温度が冷えてゆきます。陽子や中性子が形づくられ、宇宙開闢から3分後に、ようやく原子核がつくられる温度になり、水素の原子核(陽子1個)のほかにヘリウム(陽子2個と中性子2個)の原子核がつくられたと考えられています。

(写真:iStock.com/ipopba)

しかし電子はその周囲を回ることはできず、自由に飛び回っていました。まだ、温度は電子が原子核のまわりを回れるほど十分に低くはなかったのです。当時の宇宙は、そういうプラズマ(電離)状態だったわけです。

プラズマ状態では、光はまっすぐに飛ぶことができません。光は電子の持つ電荷に反応するので、行く手を阻まれてしまうのです。ですからその時代の宇宙は、いわば「電子の雲」に覆われていたようなもの。宇宙の膨張が進んで温度が3000度まで下がり、動きの鈍った電子が原子核に捕まってその周囲を回るようになるまで、光はその雲の中で、いわば蠢いていただけなのです。

温度がそこまで下がり、電気的に中性になった空間を光がまっすぐ飛べるようになるまで、ビッグバンから38万年かかりました。宇宙はいわば、光に対して透明になりました。これを「宇宙の晴れ上がり」といいます。このときに飛び出した光が、現在の宇宙を満たしているマイクロ波です。

「宇宙の晴れ上がり」のときに3000度だった宇宙の温度は、その後現在までのあいだにマイナス270度(絶対温度2.7度)まで下がりました。

ただし、その温度分布は完全に一様ではありませんでした。「宇宙の晴れ上がり」で放たれた光の温度にわずかな「ゆらぎ」があったからです。温度が下がって晴れ上がったときの宇宙空間は均質なものではなく、電子を取り込んだ原子などによる物質的なムラがありました。

それを反映して、光にもゆらぎが生じたのです。全天を満たすマイクロ波は、宇宙が晴れ上がったときの光の波長が伸びたものですから、138億年が過ぎても、当初のゆらぎがそのまま残っているはずです。

しかし、そのゆらぎは、わずか10万分の1。そこまで小さな電波のゆらぎを観測するには、きわめて高度な技術が必要です。それを可能にするほど精密な観測機ができあがるまでには、長い時間がかかりました。

最初に宇宙背景輻射のゆらぎを観測したのは、米国の「COBE(Cosmic Background Explorer=宇宙背景輻射探査機)」という人工衛星です。1989年から1996年まで宇宙背景輻射の測定を行ったCOBEは、その電波におおむね10万分の1のゆらぎがあることを発見します。この観測のリーダーであるジョン・マザーとジョージ・スムートには、2006年にノーベル物理学賞が与えられました。

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鈴木洋一郎

1949年、東京都生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院博士課程修了。専門は素粒子物理学。ブラウン大学研究助教授、大阪大学助手等を経て、96年、東京大学教授に就任。2004年4月から08年3月まで、東京大学宇宙線研究所所長。現在、東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設長、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)副機構長。01年仁科記念賞受賞。スーパーカミオカンデ実験における太陽ニュートリノ観測が高く評価され、10年ブルーノ・ポンテコルボ賞、13年ヨーロッパ物理学会コッコーニ賞を受賞。XMASS実験のプロジェクトリーダーとして、暗黒物質の検出に挑んでいる。

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