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天皇のお言葉

2019.03.30 更新 ツイート

過度に理想化され独り歩きする言葉たち ~五箇条の御誓文~辻田真佐憲

約200年ぶりとなる天皇の「譲位」が5月1日に行なわれます。
明仁天皇は退位にあたって何を言い残し、徳仁新天皇は即位にあたって何を告げ知らせるのでしょう?
天皇の言葉はわかりやすいようで、実は、奥が深いものです。
過去の発言や歴史を踏まえなくては、その真意を読み解くことができません。
3月28日に発売された辻田真佐憲さんの新刊『天皇のお言葉~明治・大正・昭和・天皇~』は、この稀有な歴史的機会を冷静に立ち会うための必読の書。
近代国家としての天皇の言葉の最初は「五箇条の御誓文」でした。

「広く会議を興し、万機公論に決すべし」(明治元・一八六八年)

明治天皇(睦仁)は一八六七年一月九日、孝明天皇の崩御を受けて皇位を継いだ。わずか一四歳だった。

どんな英君でも、この若さで政治的な采配は振るえない。まして当時の日本は、欧米列強の魔手に囲まれて、まさに危急存亡の秋(とき)であった。公的に発せられる天皇の言葉が、もっぱら明治新政府の首脳によって作られ、天皇個人の意向に左右されなかったのもゆえなしとしなかった。天皇の言葉は当初、徹底して統治の道具だったのである。

有名な「五箇条の御誓文」は、まさにこうした公的な言葉の典型だった。たしかに天皇は、一八六八年三月一四日、みずから京都御所の紫宸殿で臣下を率いて五箇条の国是を天地神明に誓った。だがその内容は、由利公正が起草し、福岡孝弟(たかちか)、木戸孝允らが修正したものだった。

一、広く会議を興し、万機公論に決すべし。

一、上下心を一にして、盛に経綸(けいりん)を行ふべし。

一、官武一途庶民に至る迄(まで)各其志を遂げ、人心をして倦(うま)ざらしめん事を要す。

一、旧来の陋習(ろうしふ)を破り、天地の公道に基くべし。

一、智識を世界に求め、大に皇基を振起すべし。

教科書にも載っているものなので、あらためて多言はいるまい。現代語にすると、「(1)広く会議を起こし、なにごとも正しく決めなければならない。(2)身分にとらわれず一致協力して、よい国づくりをしなければならない。(3)公家や武士、庶民にいたるまで、どんな立場でも目標を達成でき、失望しなくても済むようにしなければならない。(4)古い悪習をやめ、ただしい道理でものごとを進めなければならない。(5)世界の知識を取り入れ、大いに天皇中心の国家を繁栄させなければならない」くらいの意味になるだろう。

なかでも冒頭の「広く会議を興し、万機公論に決すべし」は、民主主義や議会制の理想をうたったものと名高く、現在でもしきりに引用される。ただ、起草の過程をみると、そう単純ではなかった。

「会議」の部分は当初「列侯会議」、つまり大名たちの集まりとされていた。ところが、これでは各藩の影響が新政府に残り、急速な近代化の妨げになるかもしれない。そこで、たんなる「会議」に修正されたのである。つまり、玉虫色の決着だったのであり、「会議」という言葉自体に積極的な意味合いはなかった。

「五箇条の御誓文」と一緒に発表された「国威発揚の宸翰(しんかん)」をみても、そのことがよくわかる。宸翰とは天皇の自筆のことであり、これまた天皇の言葉の一種だった。ここでは、上下一致や陋習打破などについて言及はあっても、肝心の「会議」についてはまったく述べられていなかった。

往昔

列祖万機を親(みづか)らし、不臣のものあれば自ら将としてこれを征し玉ひ

朝廷の政総て簡易にして如此(かくのごとく)尊重ならざるゆへ、君臣相親しみて上下相愛し、徳沢天下に洽(あまね)く、国威海外に輝きしなり。[中略]

朕こゝに百官諸侯と広く相誓ひ、

列祖の御偉業を継述し、一身の艱難辛苦を問ず、親ら四方を経営し、汝億兆を安撫し、遂には万里の波濤を拓開し、国威を四方に宣布し、天下を富岳の安きに置んことを欲す。

【大意】

その昔、歴代の天皇はみずから政務を行なわれ、反逆するものがいればみずから軍隊を率いて討伐にあたられた。朝廷の政治はすべて簡易であり、今日のように重苦しくなかったので、君臣の距離は近く親しく、その恵みは国内に広く行き渡り、国威は海外にまで輝いた。[中略]

朕は、ここに公家や大名たちと誓い合う。歴代天皇のご偉業を受け継ぎ、この身の苦しみは度外視して、みずから全国を経営し、お前たち臣民を安んじ、ついには遠く海外にも進出し、国威を世界に広めて、日本を揺るぎなく安泰な国にすることを。

強調されているのは「話し合い」ではなく、むしろ天皇の親裁だ。遠い昔の天皇は、みずから政治を執り行ない、国をうまく治めていた。朕もその例にならっていきたい。明治天皇はそう述べているのである。もちろん、これは天皇個人の考えではなく、明治新政府のそれだった。

そもそも「五箇条の御誓文」は、旧幕府軍を力で討滅せんとする、戊辰戦争のさなかに発表された。そこで「みんなで話し合おう」と呼びかけても、あまりに現実味がない。それよりも、天皇(≒新政府)中心の政治をやっていくぞと宣言した。そう理解したほうが整合性が取れる。

もっとも、天皇の言葉は原義にとどまらない。「宸翰」はいつしか忘れ去られ、「御誓文」だけが残り、過度に理想化されてしまった。それは、自由民権運動の前後ですでにはじまり、大正デモクラシー期やアジア太平洋戦争の敗戦後にも繰り返され、現在にいたっている。

その原因としては、(1)天皇の言葉という権威性、(2)簡潔・曖昧ゆえの多義性、(3)明治元年の国是という象徴性に加え、(4)「会議」という言葉の応用のしやすさがあげられるだろう。

そう、天皇の言葉は独り歩きする。われわれはこのあと、その威力を痛いほど思い知らされるだろう。

*   *   *

続きは、『天皇のお言葉~明治・大正・昭和・平成~』をご覧ください。

辻田真佐憲『天皇のお言葉』

天皇の発言ほど重く受け止められる言葉はない。近代国家となった明治以降、その影響力は激増した。とはいえ、天皇の権威も権力も常に絶対的ではなかった。時代に反する「お言葉」は容赦なく無視され、皇位の存続を危うくする可能性もあった。そのため時代の空気に寄り添い、時に調整を加え、公式に発表されてきた。一方で、天皇もまた人間である。感情が忍び込むこともあれば、非公式にふと漏らす本音もある。普遍的な理想と時代の要請の狭間で露わになる天皇の苦悩と、その言葉の奥深さと魅力。気鋭の研究者が抉り出す知られざる日本の百五十年。

 

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明治・大正・昭和・平成の天皇たちは何を語ってきたのか? 250の発言から読み解く知れれざる日本の近現代史。

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辻田真佐憲

一九八四年大阪府生まれ。文筆家、近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科を経て、現在、政治と文化・娯楽の関係を中心に執筆活動を行う。単著に『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』(幻冬舎新書)、『愛国とレコード 幻の大名古屋軍歌とアサヒ蓄音器商会』(えにし書房)などがある。また、論考に「日本陸軍の思想戦 清水盛明の活動を中心に」(『第一次世界大戦とその影響』錦正社)、監修CDに『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌 これが軍歌だ!』(キングレコード)、『みんな輪になれ 軍国音頭の世界』(ぐらもくらぶ)などがある。

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