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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2019.01.27 更新

ファンはどこまで推しを許すのか問題カレー沢薫

私は正直飽きっぽいオタクである。
ソシャゲは軽率にはじめて軽率にやめるし、今は口を縫われないかぎり「Fate/Grand Order」(FGO)の話ばかりしているが、三日後違うジャンルの話をしていないとも限らない。

もちろん今まで愛した、どのコンテンツも嫌いになったわけではない。今でも好きなままだ。しかし積極的に応援したり話題に出す期間ががそんなに続かないという息の短いオタクなのだ。

だが世の中には、プロフィールに「○○ファン歴20年」などと書いている、息が長いというか完全にエラ呼吸をしているオタクもいる。

これはいろんな意味ですごいことである。

まず20年好きで、積極的応援を続けることが出来るのもすごいが、相手が20年存在し続けたというのもすごい。こちらがいくらエラをつけて「この沼に生涯沈み続ける所存」でも相手の方が、コンテンツ終了とか、休止とか解散とか、逮捕などで水面に浮かんじゃってたりする、ということがこの世界では良くある。

中には終了したジャンルが今まで残したものを愛でることでファンを続けている、海底のコケだけ食って生きているような、生物として強すぎる者もいるが、それも並み大抵のことではない。

そんな目まぐるしい世界において、何十年もファンを続けられるというのは幸せなことであり、入れ替わりの激しい業界のことを考えると奇跡と言ってもいいかもしれない。

私にはそんなファン歴を誇れるようなものはとてもとても…と思っていたが、一つだけあった。

「デビルマン」だ。

これは「実写版デビルマン」のことであり、漫画版やアニメ版とは関係あるけど関係ないし、関係ないことにしたいと思っている関係者もいるような気さえする。

実写デビルマンが公開されたのは「2004年」なので私は「実写デビルマンファン歴15年」と言える。飽き性の私にしては快挙とも言えるファン歴だ。

この実写デビルマンは評価をググってみていただければわかるように、当然というか自然の摂理で続編などは作られず、これ1本しかないのだが、私はそれを15年間ことあるごとに推してきたし、映画に関するコラムを書いてくれと言われたら、ほぼデビルマンの話をしてきた。

毎年1回は「デビルマンを越えるクソ邦画が現れた」という声を聞くが、そのたびに私はその映画を見もしないで「いやデビルマンの方がクソだ」と、性質の悪い古参デビルマン厨としてデビルマンを擁護してきた。

「実写デビルマンファンは民度が低い」と言われても仕方がない行為だが、作品自体が私の品性など物ともしないほど、低い所にあるため、私はデビルマンファン活動をしてきて叩かれたことが一度もない。

このように「自らが盾となりファンを守る」姿勢が実写デビルマンの素晴らしいところである。

「批判」するというのはとても勇気がいることだし、批判することが批判対象にもなり得る。だがデビルマンは「デビルマンを批評すること自体がエンターテイメント」として成り立っている稀有なコンテンツなのである。

そんな「斬新」としか言いようのない展開の仕方に魅了され、15年間、他の映画の話をしていたのに気づいたらデビルマンの話をしている女として絶え間ない布教活動を行ってきた。

しかし、そんな私でも、デビルマンの布教という名の批評をする時、いつも懸念することがある。

実写デビルマンの主演を務めた「FLAMEファン」の存在だ。逆に私がFLAMEファンだったらこの実写デビルマンをどう思っただろうといつも思うのだ。

この「ファンはどこまで推しを許すのか問題」はオタクをいつも悩ませる。

推しが関わったものなら、どんなにクソでもおいしいですと涙を流して食うべきなのか、それともファンだからこそ、クソにはクソと言うべきなのか、だがそうすると「ちょっと~ファンなら文句言わないで食いなさいよ~」という別方向から脇腹を刺されるという謎現象が起こったりするので、その葛藤は計り知れない。

よって「実写デビルマンに対峙したFLAMEファンの気持ち」を考えるとデビルマンを「布教」する手が一瞬鈍る。

しかし私はFLAMEファンではないが実写デビルマンファンなのだ、ファンとして推しコンテンツの布教を止めることはできない。よってこれからもFLAMEファンへの敬意と黙とうを忘れることなく布教を続けてこうと思う。

最近「映画刀剣乱舞」が公開された。

私も見に行きたいのだが「県内上映館ゼロ」という逆地の利に阻まれ、未だ見に行けてないのだが「概ね大好評」ということで良かったと思う。

しかし先日、映画刀剣乱舞をどうしても好きになれなかった刀剣乱舞ファンの手記を見て胸が痛かった。

その人は本当に刀剣乱舞が好きで、始まった当初から応援してきた、故に映画が好きになれなかったことが辛いし、何より他のみんなが面白いと言っていることがさらに辛いという。

刀剣乱舞を愛しているのにその映画が愛せなかったことへの辛さ、そしてそれを口にすることすらできないという雰囲気の中にいる辛さである、地獄か。

「ドラえもん」ののび太の名言に「落ち目のときこそ応援するのがファンじゃないか」というのがある、至言だと思う。
しかし「推しが(自分にとって)クソを輩出してしまった時」どうするべきなのか、その答えは未だにでない。

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関連書籍

カレー沢薫『カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~』

だが、未だにガチャから学ぶことは多い、去年末、本コラムをまとめた『カレー沢薫の廃人日記~オタク沼地獄~』という本を出版させてもらった。 そのキャッチコピーは「人生で大事なことは、みんなガチャから教わった」なのだが、改めてこのコピーに嘘偽りはなかったと確信している、もはやガチャは人生の縮図と言っても過言ではない。

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