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鳥居の向こうは、知らない世界でした。

2018.08.12 更新 ツイート

#4 あの日の記憶――この夏読みたい異世界幻想譚!友麻碧

 孤独な女子大生・千歳は、20歳の誕生日に神社の鳥居を越え、「千国」という異界に迷いこむ。そこで毒舌イケメン仙人の薬師・零に拾われ、弟子として働くが、「この安本丹!」と叱られる毎日。ところが、お客を癒す薬膳料理をつくるうちに、ここが自分の居場所に……。

 友麻碧さんの人気シリーズ、『鳥居の向こうは、知らない世界でした。』は、そんなほっこり師弟コンビの異世界ファンタジー。読むほどに引き込まれる、夏休みにぴったりの一冊です。ここではストーリーの序盤を、ほんの少し公開します。

イラスト/防人

あの日の記憶

 神社でひたすら勉強し、本を読んで過ごしていた高校時代。

 おかげで私は、学習塾に通うことも無く、学年での成績はいつもトップだった。

 だけど、私は満点の答案用紙や成績表を、あの家族の誰かに見せる事は無かった。

iStock.com/kudou

 だってそんなものを見せたところで、誰もが困る。父をも、困らせる。

 千歳ちゃんはお母さんに似ているね。

 千歳ちゃんは凄く成績が良いんだってね。

 そんな言葉を、あの家族は嫌った。

 事情を知っている人間から、お世辞や嫌みで散々言われて来たのだ。それを父が言おうものなら、たまらなく惨めな気持ちになって、悲しくなるのだろう。

 特に父の正妻である美里さんは、私の母に激しい劣等感を抱いていた。

 母は何事においても優秀で、誰もが見惚れるほど美人だったから。

 元々、母も父も美里さんも、同じ音大の同級生だったらしい。

 三人の間にいったい何があったのかは知らないが、その愛憎模様の結果が今の状況を作ったのだから、彼らを知る者たちは面白おかしく噂しているのだろう。

 だからこそ美里さんは、私という存在が、自分の子どもたちより優れている点なんて絶対に知りたくない。ましてや他人の口から聞きたくない。きっと今でも、比べ続けられた昔の事を、思い出してしまうのだ。

 美里さんや、その子どもたちが、私の存在を疎むのはごく当たり前の事だったと思っている。

 それまでは普通の家庭だったのに、私の様な厄介な存在がやってきて、家族の空気を乱し、凍り付かせ、一度壊しかけたのだから。

『ねえどうしてあの子がうちに来たの!? 前はこんなじゃなかったのに!!』

 母違いの妹に当たる、当時小学四年生だった真奈美ちゃんが、我慢できずに泣き喚き、酷く暴れた事がある。私の存在が、大きなストレスを与えてしまっていたのだ。

 きっかけはピアノだった。

 真奈美ちゃんはピアノを毎日頑張っていた。

 私も母が亡くなる前まで、ピアノをずっと弾いていた。

 母は優れたピアノの指導者で、数多の優秀な生徒を指導していた。私もまた、そんな母からピアノを習っていたのだ。

 ただ……頑張ってきたそれを、父に聞いて欲しかっただけなのに。

 あの時、父の前で弾いたのは、ショパンの幻想即興曲。

 母が最も愛した曲。

 それと同時に父や美里さんの好きな曲でもあり、真奈美ちゃんが当時練習を始めた曲でもあった。

 父は初めて聞いた私の演奏を、とても褒めてくれた。私はそれが嬉しくてたまらなかったが……真奈美ちゃんや美里さんは、そうではなかった。

 酷くショックを受けた真奈美ちゃんの顔を、私は今でも忘れられない。

 なぜこんなことで、と思うかもしれない。だけどそれは真奈美ちゃんにとって、今まで我慢してきたものが一気に弾けるきっかけとしては、十分すぎるものだった。

 大好きな父が、大嫌いな腹違いの姉を、しかも自分が今練習している曲の演奏を褒めているのは、ひたすら悲しい事だったのだろう。

 迂闊だったのは、私だ。

 この件以降、私はピアノが、まるで弾けなくなる。

 そして、自分の力や存在感を消す事に徹する様になる。

 父に対し自分のアピールをする事は、決して許されない。

 何かで良い成績をおさめたのなら、それをひた隠しにしなければならない。

 容姿をわざわざ綺麗に見せるお洒落もダメだ。私は、少しでも輝いてはいけない。

 父に褒められたくても、それはあってはならない事なのだ。

 ふっと目蓋を上げ、その瞬間の不思議な心地に、酷く驚かされた。

 薬草か何かの独特の香りが、周囲に充満していたのだ。

「……起きたか」

 知らない男の声がして、視線をゆっくりとそちらへ向けた。

 私を見ている者が一人居る。柔らかそうな、銀の髪の青年……?

 袖の広い、ゆったりとした白地の上掛けを纏い、紫水晶と見紛う瞳で、鋭く私を見下ろしている。

 現代日本ではなかなかお目にかからない、かなり妙な風貌だ。でも西洋の外人さんかというとそれも違う。品のある端整な顔立ちをしているが、それは日本人に近いもので、広く言えばアジア人のものだ。だけどその淡い銀髪も、白い肌も、違和感なく当たり前の様に彼を象っているのだから、いっそう不思議なのだ。

 当の本人は椅子に腰掛け足を組み、小さな丸テーブルを支えに頬杖をついていたが、私がぼけっとしていたのもあり、涼しい表情のまま再び口を開く。

「夕暴雨の中、野外で寝転がる安本丹がいるか」

 ……あんぽんたん?

「おかげで不法侵入の異界人の傷の手当をする事になった。庭に転がしておくと、お前の仙力に刺激され、薬草が無駄に育ちすぎるからな」

 異界人? 仙力?

 非常に気になるワードを連発された気がしたが、私もまだ夢見心地。

 視線だけを動かして部屋を見渡す。飾りっけの無い、青灰色の煉瓦造りの古い部屋だ。

 部屋の隅からぶら下がったランタンの美しい朱の色だけが、この質素な部屋を静かに、だけど鮮やかに照らしている。

 東洋の雰囲気はあるが、日本の古い家屋とも違う。何だろう、この家。

(つづく)

◇ ◇ ◇

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友麻碧

福岡県出身。小説「かくりよの宿飯」シリーズ(富士見L文庫)が大ヒットし、コミカライズ(B's-LOG COMIC)、テレビアニメ化、舞台化される。「浅草鬼嫁日記」シリーズ(富士見L文庫)も好評発売中。

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