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鳥居の向こうは、知らない世界でした。

2018.08.04 更新 ツイート

#1 運命の旋律――この夏読みたい異世界幻想譚!友麻碧

 孤独な女子大生・千歳は、20歳の誕生日に神社の鳥居を越え、「千国」という異界に迷いこむ。そこで毒舌イケメン仙人の薬師・零に拾われ、弟子として働くが、「この安本丹!」と叱られる毎日。ところが、お客を癒す薬膳料理をつくるうちに、ここが自分の居場所に……。

 友麻碧さんの人気シリーズ、『鳥居の向こうは、知らない世界でした。』は、そんなほっこり師弟コンビの異世界ファンタジー。読むほどに引き込まれる、夏休みにぴったりの一冊です。ここではストーリーの序盤を、ほんの少し公開します。

 

イラスト/防人

運命の旋律

 ピアノの音が、聞こえる。

 それは、私の運命の旋律。

 

「……幻想即興曲……真奈美ちゃん、すごく上手になってる……」

 高級住宅街にある一軒家の、開け放たれた窓から聞こえてくるその音色に聞き耳を立て、額の汗を拭った。

 夏の蒸し暑さが気だるい。私はいよいよ、その一軒家のインターホンを押そうとして、やはり躊躇う。ピアノの音を遮ってはいけないと思った。

 代わりに垣根の隙間からその家の中を覗く。眼鏡を押し上げ、目を細めながら。

 ピアノを練習する女子高生が一人。そして、その音色を側のソファで聞き入っている中年の男性が一人。また、そんな男性にお茶を出している、その妻らしき女性が一人。

 私って……これじゃただの不審者よね。

 ご近所さんに通報される前に帰ろう……

「千歳さん?」

 しかし背後から小声で名を呼ばれ、ビクッと背筋を伸ばした。

「うちに帰ってきたのか?」

「あ……優君」

「久しぶりだな、千歳さん。何てーか……相変わらずだな」

 ちょうど帰宅したばかりの、今時の大学生らしいお洒落な風貌の、茶髪の男の子だ。

 一方私は、ダサい黒ぶち眼鏡に、水色のシンプルなワンピース。おまけに暑苦しい長い黒髪をただ耳にかけているだけ。

 私のことを“相変わらず”と言った彼の名は結城優という。この家の長男だ。

 彼は明らかに困惑しているし、迷惑がっている気がする。私を睨んでいるようにも見えるので、居たたまれなくて思わず視線を逸らした。

「えっと……」

 お父さんに、会いたかったのだけど……

 そんな言葉はとても言えず、もごもごとしていたら、「あのさ」とどこか強めの口調で彼は続けた。

「今日、真奈美のお祝いなんだ。ピアノのコンクールで賞を取ったから。今から外食に出るんだけど……ちょっと寄ってく?」

「……あ」

 そうなんだ。今日は……真奈美ちゃんのお祝いなんだ。

 迷惑だから、すぐに帰ってくれ───そんな視線を、送られている気がした。

「いえ、こんな時間ですし、私が居ると、真奈美ちゃんに悪いです。すみません。あ……これよかったらどうぞ」

 私はちょうど持って来ていたお土産の菓子折りを優さんに手渡し、頭を下げ早足にこの場を去る。面倒な事になっても困るし、これで良いのだ……

「ちょ、千歳さん!」

 優君が私の名を呼ぶ声を背に聞いたが、立ち止まることはない。

 実のところ、先ほど覗いていた家庭の、あの子どもたちの父は、私の父でもある。

 そして、結城優という大学生も、一つ年下の弟に当たる。

 だけど、母が違うのだ。

 

iStock.com/sansara

 

私はあの家庭には入れない。いわゆる……元恋人の子だから。

「……そっか。真奈美ちゃん、ピアノのコンクールで賞を取ったんだ。凄いな」

 だけど……

「……私の誕生日は、忘れてしまったかな……お父さん」

 安易に父を訪ねようだなんて、愚かだった。

 私が現れたら、またあの家の人たちを凍り付かせるのに。

 特に真奈美ちゃんは私を酷く嫌っているから、せっかくのお祝いの日に私なんかが参加したら、きっとまた悲しい思いをさせる……

 住宅街を抜け、高校生の頃よく歩いていた道に出た。

 視界がぼやけたのは、未成年から成年になる今日というおめでたい日を、たった一人で過ごすことになる虚しさが理由ではない。

 猛烈に目が痛かったのだ。多分、砂埃が入ったんだと思う。

 チクチク、チクチクと……目の奥にまで響く、まるで針で刺されたかのような痛み。

 痛いなあ、もう。私の目は極端に敏感で、ほんと嫌になる。

 足を止め、眼鏡を取って何度も瞬き。ごしごし目元の涙を拭いて、また眼鏡をかけ直す。

 鮮明になった私の視界は、ある神社の入り口に立つ鳥居を見つめていた。

「…………黒曜神社?」

 そう言えば……あの家の近所に、寂れた神社があったっけ。

 夕暮れの下、ほんの数年前のことを思い出す。

 ほんの数年、父の家に引き取られていた時期があるのだ。高校生の間の事だ。

 ピアノの指導者をしながら女手一つで育ててくれた母が、急な病で亡くなった。

 母方の祖母は他県の老人ホームにいた事もあり、それまで数回しか会った事のなかった父が、私を引き取る事になったのだ。

 しかし父の家庭に上手く馴染む事が出来ず、あの家に帰るのも気まずくて、近所の神社で放課後の時間を潰していた。

 とにかく、読書と宿題だけが私の暇つぶしだった。

 誰も居ない神社の拝殿に腰掛け、真面目に宿題をして、それでも時間が余るからと、黙々と本を読んでいたのだ……

 本は良い。本を読んでいる間は、辛いことも、孤独さえも忘れられる。

 できるだけ多くの本を読めと言って聞かせたのは、読書好きの母だった。祖母が童話作家だったこともあり、母の本棚には数多くの本が並んでいたのだった。

 やはり日本と外国の児童文学が多かった。他にも数々の名作、当時の文芸小説、歴史本、科学や植物の図鑑、詩集でも雑学本でも、なんだって。

 沢山沢山本を読んで、様々な知識や見解を養えるようにと、母は言っていた。

 それが、のちに自分の役に立つから、と。

 楽譜の解釈の幅も広がり、ピアノの音も変わるから……と。

 でも、このご時世スマホで検索すればどんな情報でも手に入るし、なんだってマニュアルや解説が付いている。本を読んで、自分の人生がキラキラしたものになるのなら、今の私の状況はかなりおかしい………

 本から得た知識が、現代で特別自分の役に立つとは思えなかったが、とはいえそんな事とは関係なく、私は読書が好きだった。

 この時、本を夢中になって読んでいたせいで、視力を落としてしまった。

 だからこんなにダサい黒ぶちの瓶底眼鏡をかけている。父が買ってくれたものだ。

 コンタクトも試してみたが、目にコンタクトを入れると猛烈に痛く、まるで体に合わないので諦めた。おかげで華やかな他の子どもたちと比べて、私は突き抜けて地味だ。

(つづく)

◇ ◇ ◇

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鳥居の向こうは、知らない世界でした。

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友麻碧

福岡県出身。小説「かくりよの宿飯」シリーズ(富士見L文庫)が大ヒットし、コミカライズ(B's-LOG COMIC)、テレビアニメ化、舞台化される。「浅草鬼嫁日記」シリーズ(富士見L文庫)も好評発売中。

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