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鳥居の向こうは、知らない世界でした。

2018.08.06 更新 ツイート

#2 鳥居と黒ウサギ――この夏読みたい異世界幻想譚!友麻碧

 孤独な女子大生・千歳は、20歳の誕生日に神社の鳥居を越え、「千国」という異界に迷いこむ。そこで毒舌イケメン仙人の薬師・零に拾われ、弟子として働くが、「この安本丹!」と叱られる毎日。ところが、お客を癒す薬膳料理をつくるうちに、ここが自分の居場所に……。

 友麻碧さんの人気シリーズ、『鳥居の向こうは、知らない世界でした。』は、そんなほっこり師弟コンビの異世界ファンタジー。読むほどに引き込まれる、夏休みにぴったりの一冊です。ここではストーリーの序盤を、ほんの少し公開します。

イラスト/防人

鳥居と黒ウサギ

 「神社……行ってみようかな」

 足が、勝手にその神社へと向かう。

 私がずっと拠り所にしていた場所。

 鳥居をくぐり、石段を一歩一歩上っていると、温かな風が私の髪と神社の敷地の神聖な空気を巻き上げ、薄いオレンジと紫のグラデーションの夕空に吸い込まれる。

 ああ。夕方の入道雲はとても綺麗だ。だけど、少し苦しい。

 夕暮れは、この場所は、毎日がとても息苦しかった高校時代を思い出させる。

「一年ぶりかな。……何にも変わらないな。この神社」

 境内に上がれば、ボロの拝殿も、水の無い手水舎も、絵馬の掛かっていない絵馬掛け処も、当時と何も変わらない。ボロに拍車がかかっただけ。

 拝殿の階段に腰掛け、ぼんやりと物思いに耽る。

 ちょうど一年と少し前、私はあの家を出て特待生制度のある大学に進学し、一人暮らしを始めた。母が私のために貯めていた貯金を切り崩し、アルバイトで稼いだお金を生活費にあて、つづまやかに暮らしている。父からの仕送りはあるが、全く手をつけていない。

 一人って、とても気楽だ。きっと、私はこれからも一人で生きていく事になる。

 誰かが私に寄り添う未来が、どうしても見えてこない。

 恋も結婚も、出来る気がしないなあ。

「メール……なんて、来ないか」

 鞄からスマホを取り出し、半ば期待、半ば諦めた心地で新着を確かめた。

 しかし、案の定、父からはなんの連絡もない。

「…………」

 徐々に生暖かい夏の夕暮れの匂いが胸に迫る。とても懐かしい匂いだと思って、私はスマホを胸に抱いたまま、膝に顔を埋めた。

 しっかりするのよ夏見千歳、二十歳。

 明日からはもう両親の事情に翻弄される事も頼りにする事も無く、自分のこれからの事だけを考え、しっかり生きていかなければ。

 だけど、その手の未来を考えようとすると、黒い視界の中からピアノの鍵盤らしきものが浮かび上がってくる。

 白と黒。

 耳の奥で、ひたすら奏でられている、あの幻想的な旋律が……

iStock.com/Anna_Brothankova

「ハッ。危ない、寝かけてた……」

 眠りそうになっていたところを慌てて顔を上げた。

 そろそろ帰らないと、暗くなってしまう。

「…………」

 しかし……

 驚いた事に、顔を上げて最初に見たものは、参道にいるちょこんと丸まった黒い小動物だった。流石に首を傾げる。

 見た事の無い動物……黒い毛玉……

「黒い……ウサギ?」

 眼鏡を押し上げ、目を細めよくよく確認すると、それはやっぱりウサギの様だった。

 なんて美しい漆黒の毛並みと、珍しい金と銀のオッドアイだろう。

 可愛らしいウサギのイメージとは随分と異なる神秘的な佇まいで、私はますます訳が分からない。数秒の間、私たちはただ見つめ合う。

「い……った」

 一瞬、目に激痛が走った。思わず眼鏡をずらし、目元を押さえる。

 先ほど砂埃が入った痛みとは少し違う、焼けるような熱を帯びた、それでいて脳天まで突き抜けて痺れる、不可解な痛み。

 変な話だが、まるで痛みで何かを訴えかけているかのような……

 ウサギは金と銀の瞳で、そんな私を見据えていたが、やがてニヤリと人間みたいに口元に弧を描き、ぴょんこぴょんこと私に近づく。

「!?」

 そして目を押さえている私を尻目に、黒ウサギは膝の上のスマホをさっと咥えた。

 まさに脱兎。そのまま境内の鳥居を越えて、石段を下りて行ってしまう。

「えっ、ちょっ、ちょっと待って……っ!」

 目を痛がっている場合ではない。スマホ依存症という訳ではないが、それが無いと流石に困る!

 私も慌てて立ち上がり、鞄を抱えたまま黒ウサギを追った。

 なんなの。なんなのあのウサギ。

「…………え?」

 境内から石段を見下ろし……また、混乱した。

「……」

 連なった赤鳥居が、ずっとずっと下方まで続いているのだ。

「せ、千本鳥居? こんなの、境内に上って来た時には無かったのに……」

 空気は確かに蒸し暑いのに、涼しいものが背筋を通る。

 しかもあの黒ウサギときたら、数段下りた所でこちらを振り返って待っている。

 ───さあ……この千本鳥居を越えて……ごらん

 その金と銀の瞳が囁く。

 私はしばらく立ちすくんでいたが、ぽつぽつと夕立が降り始めたのを合図に、言われるがままに一歩一歩と石段を下りた。

(つづく)

◇ ◇ ◇

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鳥居の向こうは、知らない世界でした。

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友麻碧

福岡県出身。小説「かくりよの宿飯」シリーズ(富士見L文庫)が大ヒットし、コミカライズ(B's-LOG COMIC)、テレビアニメ化、舞台化される。「浅草鬼嫁日記」シリーズ(富士見L文庫)も好評発売中。

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