

今年の2月、代々木上原に惜しまれながら閉店した、幸福書房という新刊書店がありました。閉店時には多くのお客さんが詰めかけ、ニュースにもなったので、この店のことをご存知のかたもいるかと思います。店主の岩楯幸雄さんの書いた本に、このような言葉を見つけました。「……それかずっとレジに立っていますね。ずっとレジに立って、一日を過ごす。だけど、それは町の人からしたら安心感があるのかもしれないと、常々思っています。」 岩楯幸雄『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』左右社
岩楯さんの本によれば、幸福書房の営業時間は朝8時から夜23時。お正月以外の364日を、岩楯さんと弟さんのご夫婦4人だけで切り盛りされていたといいます。岩楯さんはさらりと書いていますが、「毎日決まった時間に店を開けなくてはいけない」というプレッシャーのなか、よくご家族だけで営業を続けてこられたものだと思います。
Titleのような小さな本屋の一日は、朝店に届く本を並べたら、あとはお客さんを待ちながら閉店までレジを動かないという、地味を絵に描いたようなものです(誤解のないように言えば、その間に様々なことを行っていますが……)。イベントに来た著者さんが、狭い店内を見渡して「本屋業の楽しみって何なんですかね?」と尋ねられたこともありました。
しかし本屋にとって何より大切なのは、店主がいつも〈そこにいる〉ことだと思います。それは岩楯さんがなされたように「町の一隅を照らす」ことでもあるでしょうし、一つの責任ある目が、本の出入りと人の出入りを見続けることにより、その店は一貫した流れを保ち続けることが出来ます。
店は店主のものですが、同時にお客さんのものでもあり、その地域、さらには並べられている「本」のものでもあります。「本屋が本のものである」とは奇妙に聞こえるかもしれませんが、本も自分に向いた店を探しています。店主がそこに居続けて、店の流れを一定に整えておけば、その本屋にふさわしい本や人は自然と集まってきます。店主はその場所とともにある〈店守〉のようなものだと、よく思います。
今回のおすすめ本

沖縄を語るときの、ある種の難しさ。それは無自覚な人にとっては、問題があることすら気がつかない程度のものかもしれないが、それゆえにその隠された構造を深めてしまう……。
同じような「語りの難しさ」は、社会の様々な場所に遍在する。時には「わからない」ことを自覚することが、境界を超えていく際の手助けになるかもしれない。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー
「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念
これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。
◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース
本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント
展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】
メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。