

(写真:齋藤陽道)
Titleのある場所は、JR荻窪駅から歩くと10分少々かかる、住宅地のなかにあります。開店当初は「なんでこんな遠いところに店を開かれたのですか」と、よく不思議そうに聞かれました(いまでもたまに聞かれます)。
店を準備している時に、現在Titleがある物件の情報を見つけ、一目で気に入りました。いちょう並木の落ち着いた通りから見た、店の姿は古めかしく、この建物がそこに立っていた時間の長さを感じさせました。その佇まいはお金では買えないものだと思ったのです。ただ、一つだけ気になったのが駅からの遠さでした。通常、書店は駅前にあることが多く、このように離れた場所で、はたしてうまくいくのか不安がありました。
当時店の準備と並行して、画家のnakabanさんとTitleのロゴやビジュアルイメージの作成を進めていたのですが、ふとした時にその物件に関する心配を口にしました。大事なことはあたりまえすぎて、なかなか気がつかないものです。それを聞いたnakabanさんは「でも、辻山さんが旗を立てた場所が、みんなの好きな場所になっていくんじゃないですか」と、何気なくこたえてくれました。
確かに本屋に限らず店というものは、お客さんがそこに来てくれないと何もはじまりません。それには人が集まりやすい場所に店を出すことが、てっとり早いやり方でしょう。だからといって「経済性」というものさしに合わせて、本意でないことをしている店に、人は魅力を感じないものです。nakabanさんの一言を聞いてからは「少しくらい遠くても、自分がやりたいと思う店を作ろう」と、迷いがなくなりました。
本屋に限らず店をやりたい人が、好きな町の気に入った場所に「店」という旗を立て、そこが人の集う場所となる。それが店にとっては自然なことです。ネット環境が発達し、店頭に来ること自体が一つの体験に変わりつつあるいま、少しばかり不便な場所でも、本が好きな人を呼び込めるような「本の在り処」を作ることが、本屋には求められます。
今回のおすすめ本

編:東北学院大学地域共生推進機構 『震災と文学 講義録』(荒蝦夷)
2013年より東北学院大学で行われた、連続講座の記録。様々な作家や学者、芸術家が呼ばれて教壇に立ち、それぞれの立場から震災と、自らが寄って立つ言葉を語った。未曽有の災害とそこからの復興において、文学に、そして言葉に何が出来るのか考えた記録。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー
「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念
これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。
◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース
本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント
展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】
メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。