相手を引きずり下ろしたり、自分よりも上だと思っている人が失敗したときに感じる喜びが「シャーデンフロイデ」。この感情について書かれた、脳科学者の中野信子さんの最新刊『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』が評判です。どうしてそんな感情が人間には必要なのか、ロザンのお二人も興味津々です!
■なぜ人を引きずり下ろすことが「喜び」になるのか?
菅 人はどんなときにシャーデンフロイデを感じるんですか?
中野 いくつかの条件があります。まず対象として、性別や年齢、職種、立場など、自分と同じような人が近くにいること。そして、その人が自分よりも上位の何かを持っていることです。たとえば、自分のものより良い車、良い場所に建てられた大きな家、美しい妻、高収入の夫、優秀な子ども、などです。その結果、その人に対してネガティブな感情が生じますよね。これが「妬み」です。妬みは、自分でも持っていることを認めたくないような感情ですし、 持っていること自体、苦しいものです。なるべく早く解消したい。そのために、ヒトはほとんど無意識に反応してしまいます。その反応には大まかに2種類あり、 ひとつは「自分が相手を超えてやろう」、もうひとつが「相手を引きずり下ろそう」というものです。
普通は、 「誰かを引きずり下ろしたい」という考えを持っている、などと自分で認めることは困難です。できれば、その人をかわいそうだとか何とか思っていることにしたい。普通の人にアンケートで聞いたりすると、ウソをついているつもりはなくても、やっぱりかわいそうだと思う、とか、誰かを引きずり下ろしたいと考える人がいるなんて信じられない、なんて答えたりします。 もしかしたら、この記事をタイトルだけ見ているような人は、そんな風に言ったりするかもしれません。そんな感情を持つ人がいるなんて信じられない、私には妬みすらない、と堂々と言ってしまえる人は、自分がサイコパスであるとみんなに思われたい人か、記事本文を読まずにタイトルだけちらっと見て脊髄反射した人です。見分けるいい方法になるでしょうが、新刊の『シャーデンフロイデ』についても同じようにいう人がいるでしょうね。ちゃんと中身を読んでほしいものです……。
でも、どんなに自分の「妬み」や「引きずり下ろしたい」という感情を否定しても、脳機能画像には映ってしまいます。脳をイメージングすると、妬みの対象が引きずり下ろされたときには、喜びが生じている。その喜びが「シャーデンフロイデ」です。他人の不幸は蜜の味、といわれるゆえんですね。
宇治原 なんで喜んでしまうんですかね?
中野 これはとても単純で、その必要があったから、だと考えられます。「喜び」というのは、ある行動を促進するために脳に仕組まれたシステムなんです。例えば、食べることや魅力的な異性との交流には喜びが生じますよね。これは、生物あるいは生物種として生き延びるために、その行動を促進させる必要があったからです。喜びがなければ、すべての行動は「面倒くさい」。わざわざコストをかけて食べなくてもいいや、異性と交流しなくてもいいや、となります。そこを、喜びという快楽を脳にエサとしてあたえて、なるべくその行動を取らせようとするのです。
すると、例えば食に喜びを感じない個体は生き延びにくく、性行為に喜びを感じない個体は子孫も残しにくくなる。つまり、これらの行動に喜びを感じない個体の遺伝子は残りにくく、それに喜びを感じる個体の遺伝子ばかりが生き残るようになり、喜びを感じる傾向はますます強まっていきます。
同様に、種としてあるいは個体としての生存のための必要性が、シャーデンフロイデにもあったと考えられるのです。ようするに人類にとってシャーデンフロイデは、社会を守るために必要な感情だった。 自分たちよりも不当に得をしてる人を許さない。引きずり下ろす、という行動に喜びを報酬として与えて、促進することが共同体の維持には必要だったということです。
数理社会学的な立場からの見解になりますが、共同体の中で一人だけ目立って得をしてる人がいた場合、その人がその社会のリソースを集めて、タダ乗りしている可能性が否定できない。そうすると得になるのはリソースを供出しないタダ乗り戦略なので、みんなが得をしようとして、しかるべきリソースを出さなくなってしまう恐れがある。これを放置すれば、ヘタをすると共同体はあっという間に崩壊します。
それを避けるために、不当に得をしている人、あるいはそう見える人を みんなで寄ってたかって叩く。そのやり方を変えさせよう、共同体から消し去ろう、排除しようと激しい攻撃を加えます。ただ、攻撃や排除をしようとした相手から復讐されるリスクがあるので、相手が十分に強大で怖い場合には、この攻撃は起こりません。
菅 でもね中野先生、誰かを引きずり下ろしても、自分の立ち位置って変わらないですよね?
中野 共同体における相対的な地位は変わります。ただ、自分の持っている属性や能力はまったく変化しないですね。目立ってる人を叩くという行為は個人の利益のために行うのではないんです。じゃあなんでやるのかというと、社会を守ることが自分にとって間接的な利益となるからです。だから、喜びを感じるように仕組まれているんです。
宇治原 基本的には脳が気持ちよくなるようにできてるってことですね。人間は社会的動物で、個々で生きていないから、社会を守ろうとするんですか。
中野 そうです。 嫌な感情だけど、必要だから私たちにあるんです。例えば集団が2つあって、片方にはシャーデンフロイデのない人がほとんどだとしましょう。そこでは排除は起こらない。もう片方は、シャーデンフロイデのある人がほとんどで、周期的に排除が起こる。どちらの集団の方が、存続する確率が高いと思いますか? これは、シャーデンフロイデのある集団なんです。自然発生するかよそからやって来るかによらず、タダ乗りする人に搾取され尽くして、 シャーデンフロイデのない集団はいずれ崩壊してしまいます。
宇治原 社会としてはシャーデンフロイデがない方が滅びやすい。そこが面白いですよね。
中野 シャーデンフロイデがあった方が、社会としては強靭であるということになるわけです。
菅 引きずり下ろすとかっていう事柄だけ見たらすごいマイナスなイメージなんだけど、社会全体として見たらプラスなんですもんね。面白いわぁ。
■他人を必要以上に叩く風潮は、どうしたら改善するのか?
宇治原 でも物事が進んでいるときに1人だけ違うことを言うのって、やっぱり怖いですよね。
中野 そうですよね。その人が標的になる可能性が高くなりますね。1人だけ目立った人をみんなで寄ってたかって攻撃するという行動に、喜びを感じてしまうのが人間の恐ろしさです。たとえその人が実際に不当に利益を得ているわけではなくても、単に「目立っている」ということだけで相対的な社会的地位が上がるために、利益を得ているとみなされて、攻撃が起きてしまうことがあります。
標的になりやすいのは、1人だけ目立ちたがりであるとか、1人だけ違う意見をいいたがる、1人だけ空気を読まないといった人たちです。もちろん、攻撃はリベンジのリスクとのバランスで起きますから、標的が腕力や権力をあまり持っていない人であることは大前提です。
宇治原 それは正しいか正しくないか、全体の利益になるかどうかということは関係ないんですか?
中野 関係ないです。普通の人たちは、自分がリスクを負わない方法を選択するんですよ。
宇治原 この1人が言ってることが正しくても、そんなことは関係なくて、この社会にとって要らないものだと検出してしまうということですか。でもね、今の風潮ってよくないとか、ちょっと叩き過ぎだとかっていう意見の方が多いと思うんですよね。
菅 でもシャーデンフロイデがなくなると、社会としては長持ちしないかもしれない。これ中野先生、どうしたらいいですか?
中野 シャーデンフロイデをなくしてしまうことができないので、コントロールすることが大事だと思います。ほとんどすべての人の中にシャーデンフロイデがあり、 自分の中にもあるんだ、というのを自覚してもらう以外にないですよね。みんなは「間違った行動をした人」を、社会正義を実行したいという熱い気持ちで叩くのかもしれない。けれど、それが自分にとって一円の得にもならず、行き過ぎだと感じるなら、その興奮と熱狂こそが「シャーデンフロイデ」というやつなんじゃないか? と自問自答してみて欲しいと思います。
ただ、コントロールということで言うと、トランプ大統領は大衆のシャーデンフロイデをすごくうまく使いましたよね。あいつらは得してる、俺たちの富を奪ってる、排除しろ、と巧みに煽って大統領の地位を手に入れたとも言えます。
菅 僕ね、トランプ大統領の演説でめっちゃ面白いなと思ったのが、これまでの大統領って「国民に愛される大統領になる」って言うんですよ。それをトランプ大統領は「国民を愛する大統領になる」って言ったんです。これね、愛されるというのはできないんですよね、数が多過ぎて。でも愛するというのは自分のことやから、できるじゃないですか。だから僕は「できることをやっていく大統領なんだな」と思ったんです。
中野 やっぱり冷静に見てますね……(笑)。
宇治原 それと関連することですけど、ずっとグローバルがいい、国境をなくすということが一番理想的だ、というような流れになってたものが、ここ何年か移民とか難民の問題とか、EUなんかでもそうですけど、逆に排除の方へ揺り戻してますよね?
中野 イギリスのBrexitなどは特徴的でしたね。人間も含めて哺乳類は、自分の属する共同体や土地に対する愛着を持っています。こうした愛国心、というか、愛郷心、ふるさとを懐かしむ気持ち、と言った方がいいかもしれませんが、その源は「オキシトシン」というホルモンです。これは、愛着のある相手との接触によって快を感じる幸せホルモンでもあり、シャーデンフロイデの元になる妬みを強めるホルモンでもあります。
生存と繁殖に成功した土地は、その生物に適した土地。そこに愛着を持たせることでより長く留まらせ、生存と繁殖の可能性をさらに高めようとするのがこのホルモンの働きです。これは対人間も同じで、その人と一緒にいれば、長く健康でいられることができた、などの好ましい影響があったとき、その人に愛着を感じ、よりその絆を強めようとする仕組みがあるのです。
しかし、オキシトシンは逆に、自分の生存にマイナスになる可能性のある相手をなるべく遠ざけておくために、未知の個体を容易に受け入れまいとする気持ちを強めるという働きも持っている。つまり、ルーツの違う「よそ者」を胡散臭く思ったり、何を考えているかわからない、信用できない、さらには「あいつらは不当に得をしている」などと感じたりする気持ちです。実際にオキシトシンは、よそ者を合理的な理由なしに低く評価する「外集団バイアス」を強めることが知られています。これが、グローバル化の揺り戻しのように見える現象をもたらしているものの、神経科学的な正体です。
宇治原 じゃあすべての国境をなくすとか、そういうことはしない方がいいということなんですか?
中野 その結果、何が起きるかは多くの人が既に見聞きしているのでは。みんな仲良く、というのは美しい世界ですけど、美しくない戦略をとる個体の出現によってあっという間にその美しい秩序は壊されてしまうでしょう。
人間同士の交流そのものは、また別の側面から必要なものでもありますが、人の流れが活発になれば、処理の難しい問題が起こります。自分をよく見せる技術に長け、人を騙したり裏切ったりすることに抵抗がなく、真面目な人々から搾取し、共同体の利益にタダ乗りする戦略をとる個体が、生存と繁殖に勝利するでしょう。壁や高圧電流の流れるフェンスがあるような国境は殺伐としすぎていて嫌なものですけれど、目に見えないゆるやかな境界は共同体間にあってもいいと思いますし、すべての人にある差異をなくすのは現実的ではないと思います。
菅 住み分けができたらいい世の中になるのにな、とすごい思うんですけどね。
中野 そうですね。住み分け、ゾーニングっていう考え方は大事ですね。そしてお互いが違う存在として認め合えるようになればいいんですよね。
菅 でもそれはそれでうまく行き過ぎると、滅ぶ社会になってしまうと。
中野 そう思いますが、滅びないギリギリのバランスで、いままでなんとかやってきたんでしょうね。
菅 なるほど。そうか。みんながみんなサイコパスやったらいけるのになぁ(笑)。
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次回は最終回では、『身の丈にあった勉強法』の驚きの読み解き方、そして中野先生の意外な(?)側面が明らかになります!
(取材・構成:成田全 撮影:菊岡俊子)
特別"高学歴”鼎談
お笑い芸人ロザンの菅広文さんによる、目からウロコの勉強法をまとめた『身の丈にあった勉強法』。脳科学者の中野信子さんの最新刊『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』。ロザンのお二人と中野先生は、お互いに興味津々とのことで実現した、特別”高学歴”対談です!