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きょうも傍聴席にいます

2017.12.20 更新

渋谷の闇で息絶えた赤ちゃん朝日新聞社会部

 自分なら一線を越えずにいられたか? 何が善で何が悪なのか? 記者が紙面の短い記事では伝えきれない思いを託して綴る、朝日新聞デジタル版連載「きょうも傍聴席にいます。」。毎回大きな反響を呼ぶ人気連載が新書『きょうも傍聴席にいます』としてまとまりました。記者が見つめた法廷の人間ドラマをお届けします。

 * * *

 数日間、オムツは換えられず、十分な栄養も与えられていなかった――。東京・渋谷のマンションの一室で生後3カ月の女児が死亡していたのが見つかった。首には傷があった。法廷で罪に問われたのは母親ではない当時18歳の少女。赤ちゃんを死なせたのは誰か――。

 2017年1月16日、東京地裁の813号法廷で開かれた裁判員裁判の初公判。傷害致死の罪に問われた事件当時18歳の被告(21)は後ろで髪を束ね、黒のパンツスーツ姿だった。裁判長から起訴内容を確認されると「違います。私は女児の首を絞める行為はしていません」と述べ、無罪を訴えた。

 起訴内容は、13年11月1日午前2時から6時ごろ、渋谷区内のマンションで生後3カ月の女児の首をひもで絞めるなどの暴行を加え、窒息死させたというもの。検察側の冒頭陳述や判決から経緯をたどる。

 13年8月上旬、当時17歳だった被告は長野県から上京。知人の紹介で渋谷区内のマンションの一室で暮らし始めた。この部屋では、女子高生の格好をした女性が客にマッサージなどをする「JKリフレ」が営まれており、被告もここで働くつもりだった。

 部屋にはすでに男女二人の住人がおり、一人は被告と同い年の女性だった。数カ月前に高校をやめていたという。3人で暮らし始めて2週間後、生後1カ月の女児を連れた19歳の母親が共同生活に加わった。母親は風俗関係の仕事をしていて外出が多く、被告ら少女二人が「2、3日だけだから」と女児の世話を頼まれた。二人とも育児経験はなかった。

 証人尋問。被告と同居し女児の世話をしていた女性が当時の気持ちを述べた。

女性「3日間で終わらず、いつまで面倒をみればいいのかと多少の不満がありました」
弁護人「積極的に面倒をみたい気持ちは」
女性「ありません。自分の子どもではないから」

 女児が部屋に来てから「JKリフレ」の営業はできなくなり、女児の母親が生活費を出した。母親は帰宅しなくても時折、オムツや粉ミルクなどが入ったポリ袋を玄関ドアにぶら下げた被告らはミルクを哺乳瓶で与え、オムツを換え、入浴もさせていた。

 共同生活が始まってから2カ月後の10月4日、同居の男性が逮捕され、部屋で暮らすのは
17歳の少女二人と母親だけに。「子どもが子どもを育てる異常な状態」(弁護人)となった。

 その後、以前ほど生活費が入らなくなり、被告と同居の女性は小遣いを稼ぐため、女児を置いて外出するようになった。寝ている女児に哺乳瓶をくわえさせ、泣き声が周囲に響かないよううつぶせ寝にした。オムツは臭いが、においがきつくなれば換える程度になった。

 被告人質問。

検察官「女児の口をふさいだり、首を絞めたりしたのか」
被告「はい、口と鼻をふさぎました。首は絞めていません」
検察官「なぜやったのか」
被告「ストレスがすごいたまっていたので、そういう行為に至った」

 被告と同居女性は、女児を殴ったり、蹴ったりしたほか、ハンカチを口に入れ、水風呂に沈めた。苦しむ表情を写真に撮った。

 10月20日ごろには呼吸ができなくなるまで口をふさいだ。被告が人工呼吸と心臓マッサージをして、女児は息を吹き返したという。

弁護人「どう思った」
被告「やり過ぎたと思いました。このまま世話しているとイライラするので、面倒をみるのはやめようと決めました」

 10月23日、女児は3カ月健診のため母親と部屋を離れた。体重は4624グラム、身長57.5センチ。発育に問題はなく、女児は29日の夕方、再び二人に預けられた。そのころ、母親と被告との間で「遅くても翌週には託児所に預けられるようになんとかします」「あれ? 明日じゃなかったの?」「預けるお金がない」「そゆことか」というメッセージの履歴が残っている。

 11月1日、被告は午前2時ごろ帰宅。女児をうつぶせ寝から仰向けに戻そうとした。

弁護人「まず何に気づいた」
被告「全体的に体がびしょびしょで、持ち上げたときに手がだらーんと」
弁護人「それ以外には」
被告「呼吸を確認しようと思い、口元に少し耳を近づけると空気が漏れるようにファーというような」
弁護人「音がした」
被告「音ではないが、表現が難しい」
弁護人「それ以外には」
被告「手がぬれていて、嗅いだことのないにおいがした」

 異変に気づいたが、すぐに119番通報をしなかった。「人間は簡単には死なないから」。そう思ったほかにも、救急車を呼べない理由があった。

弁護人「お金のことは」
被告「私は女児の母親ではないし、病院で金を払えと言われても払えない」

 当時、部屋は電気が止められていた。被告は、携帯電話の充電器を買うためコンビニに出かけた。帰宅して、同居女性に「速攻連絡して」とメッセージを送り、電話もかけたが、つながらなかった。そのうちに寝入ってしまったという。

検察官「捜査段階では発見時の様子について黙秘した。きょうはどういう気持ちで話をしているのか」
被告「もちろん、やっていないことを証明するのが一番です」
検察官「捜査段階ではちゃんとしゃべらなかった」
被告「弁護士に話さなくていいと言われた。警察や検察がやっていないことを無理やり話をさせようとする態度はいただけない」

 119番通報したのは、11月1日の朝に帰宅した同居女性だった。女児は病院で死亡が確認された。女児の首には赤色の線状の傷があった。

 被告と同居女性は10月中旬の女児への暴行容疑で逮捕され、少年院で矯正教育を受けることになった。翌14年8月、被告は女児の殺人容疑で逮捕され、後に傷害致死罪で起訴された。

 検察側は、女児の首にあった圧迫痕から、被告が首を絞めて死なせたと訴えた。皮膚科医や法医学者ら4人が法廷で写真や図を使って説明した。

裁判官「首を絞めたという根拠は」
検察側証人の皮膚科医「表面の皮膚が傷ついていない。圧迫された幅が面で構成されてい
る」
裁判官「服の襟が首に当たり続けたとしたら」
皮膚科医「ありえない。衣服がきつめでも、赤ちゃんは動くので起きえない」

 一方の弁護側は、被告は10月29日以後、ミルクをあげるなどの世話を一切せず、女児は衰弱していたと主張した。女児は亡くなる1間前の健診時に比べ、死亡時には体重が約30グラムも減少していた。

 弁護側証人の法医学者の尋問。

裁判官「写真を見ると、赤くなっていて、それなりに傷があるように思うが、救急搬送時に着衣ですれたとも考えられるか」
法医学者「脱がし方によってはあるのでは。皮膚がふやけていればありうる」

 論告で検察側は、死亡推定時刻に部屋にいたのは被告だけだったことなどを理由に、被告が首を絞めたとあらためて主張。「女児を虐待、放置したなかで行われた犯行で、被告は反省に乏しい」と懲役7年を求刑した。

 弁護側は、被告と同居女性が10月に虐待した反省から、もう世話をしないと決めて死亡当日までミルクを一切与えなかったと主張。衰弱死の可能性があり、被告は無罪だと訴えた。

 被告は最後に、用意したノートを読み上げた。

「当時の私たちは、放置も暴行も、私たちに乳児を預けっぱなしにした母親が悪いと思っていて、罪に向き合えていませんでした」「今振り返ると、社会の裏に近づきすぎたと思います。疑われることがないよう、同じことを繰り返さないことが女児への贖罪(しょくざい)だと思います」

 女児の母親は出廷しなかった。

 17年2月13日の判決。裁判長は、ペットボトルの水を2度、口に含んでから開廷を告げた。

「主文、被告人は無罪」

 判決は、法廷で証言した医師らの見解を整理してから、争点である女児の首の傷について判断した。「検察官の主張には合理的な疑いを差し挟む余地が残るから、首の圧迫による窒息死とは認められない」

 その根拠にしたのは写真だった。皮膚科医も、法医学者も、解剖時の写真で判断しており、遺体は直接見ていなかった。裁判長は、写真はピントや照明の当たり方によって見え方が異なるため、「写真に基づく判断の信頼性にはおのずから限界がある」と指摘した。

 裁判長は「要するに」と言って顔を上げた。「それぞれの立場の医師が合理的に説明しており、専門的知識を持っていない我々には判断できないということです」

 その上で、弁護側が言う衰弱死の可能性を検討。死亡数日前からほとんどミルクを与えられていなかった事情などを踏まえ、「低栄養と脱水で身体機能が低下し、うつぶせ寝で鼻と口がふさがって死亡した可能性をぬぐえない」とした。

 1時間近く判決を読み上げた裁判長は被告に語りかけた。「大変難しい裁判でしたが、裁判員のみなさんも辛抱強く証拠調べに立ち会ってくれた。長時間真剣に議論して無罪という、この結論を重く受け止めてほしい」

 被告は証言台の前で深く一礼した。

2017.2.26 (志村英司)

*追記  検察側は控訴せず、無罪判決が確定した。

 * * *

 本書『きょうも傍聴席にいます』のコラム「記者の目」で、志村記者はこの事件に触れ、「誰しもセーフティネットからたやすくこぼれ落ちることを、この事件は訴えかける。そう受け止めなければ、亡くなった女児が浮かばれない」と述べています。

「きょうも傍聴席にいます。」は、朝日新聞デジタル版で連載中です。最新記事はこちらから。


 
 

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記者が紙面の短い記事では伝えきれない思いを託して綴る、「朝日新聞デジタル」人気連載の書籍化第2弾。

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