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2017.12.06 更新 ツイート

『プライド』の冒頭50ページを特別先行公開!

髙田延彦 vs ヒクソン・グレイシーの真実が、20年の時を経て、初めて明かされる。 金子達仁

「1994年3月。東京の日本武道館。そのマネージャーの方のつてでリングサイドで観させてもらったんですが、まあ凄い迫力でした。ヘビー級の選手たちのどつきあいですからね。正直、これってキックボクシングと何が違うんだろう、とか、キックパンツってどうなんだろうとか、いろいろ思うところがないわけじゃなかったんですけど、それ以上に衝撃の方が大きくって」

 初めて観たK-1に強い衝撃を受けた榊原は、このイベントを名古屋に招致すべく動き出す。彼には勝算があった。

「ぼく自身が愛知県の出身なのでよくわかるんですが、愛知の人、名古屋の人っていうのは流行りものに弱い。K-1が名古屋に初上陸、みたいなうたい文句でいけば、おそらくはやれるんじゃないかな、と」

 やると決めたらすぐに動く。不採用を通知してきたテレビ局をも動かした行動力には、いよいよ磨きがかかっていた。

「まずは角田さんに会ったのかな。その上で、石井館長にご挨拶に行ったように記憶してます。名古屋のテレビ局の者ですが、ぜひ名古屋でやらせていただけないか、と。そうしたら、びっくりするぐらいあっさり『いいよ、前向きに考えよう』とおっしゃっていただいて」

 K-1の創始者でもある石井和義とその右腕とされた角田信朗との関係を築いたことで、事態は劇的な進展を見せた。9カ月後の12月10日、名古屋レインボーホール(現日本ガイシホール)に9550人の観衆を集め、「K-1LEGEND乱」と銘打たれた大会が開催された。K-1との出会いから9カ月で、榊原は本当に大会を名古屋に持ってきてしまったのである。

 第5試合ではアンディ・フグがロブ・ファン・エスドンクを左の拳で鮮やかにKOし、第6試合のセミファイナルでブランコ・シカティックがアーネスト・ホーストを、第7試合となるメインイベントではサム・グレコが佐竹雅昭を、それぞれ強烈な右の拳で沈め、大盛況のうちに幕を閉じたこの大会は、K-1として初めてとなる地方都市での開催だった。

「名古屋ローカルで地上波放送をして、その視聴率は5%か6%ってところだったかな。まあ悪くないってぐらいだったんですけど、チケットが本当によく売れてくれたんで、収支は爆発的によかったんです」

 記録上は第7試合がメインイベントということになっているこの大会だが、実際には計8試合が行われた。どういうことかといえば、ヘクター・ペーナ対ハンマー松井の第1試合の前に、パトリック・スミス対キモという「特別試合」が行われていたのである。

 それは、金網の中で行われた、当時でいうところのアルティメット・ルールに則った一戦だった。

「石井館長は時代の流れとかを敏感に読み取る方でしたから、1993年に生まれたUFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)に早い段階から注目していたんだと思います。で、他がやらないんであれば、K-1でやっちゃえ、と。『バラちゃん、これ、わしからのクリスマスプレゼントやから』と言って、わざわざ第1試合の前に金網をリングの外側に組んで、UFCさながらにやったんです」

 この試合、バックマウントからパンチの雨を降らせてTKO勝ちすることになるキモは、名古屋にやってくる3カ月前、当時UFCで無敗だったホイス・グレイシーをあと一歩のところまで追い詰めた実力者だった。

 だが、石井館長からのせっかくの贈り物を、榊原は楽しむことができなかった。

「ぼくだけじゃなく、あの時の名古屋で、あの競技を理解できる人はほぼいなかったと思います。衝撃は凄かった。でも、バイオレンス感がハンパじゃない。洗練され、完成されつつあったK-1とは対極に位置するというか、あまりにハードコアすぎて、少なからず嫌悪感を覚えてしまったぐらいでした」

 この時点における榊原に、後に総合格闘技あるいはMMA(ミックスド・マーシャル・アーツ)と呼ばれることになる世界へのシンパシーはまったくない。

「子供には観せたくない試合でしたね。金網があることで、物凄くバイオレンスな感じが増す。まあ、それがUFCの狙いでもあるんでしょうけど……。実は、この試合だけ『禁断の果実』というタイトルで『格闘技通信』がビデオで発売してるんです。その中でK︱1の選手にインタビューをしてるんですが、『こんな野蛮な競技は競技として成立しない』とか『自分たちは認めない』とか、否定的なコメントばかりなんですよ。この時点では、ぼくも同感でした」

 榊原が、日本人が総合格闘技の魅力に目覚めるには、まだふたつの要素が不足していた。

 時間と、起爆剤である。

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金子達仁 ノンフィクション作家

1966年神奈川県生まれ。法政大学社会学部卒。サッカー専門誌の編集部記者を経て、95年独立。96年、Sports Graphic Number誌に掲載された「断層」「叫び」で、ミズノスポーツライター賞受賞。『28年目のハーフタイム』『決戦前夜』『ターニングポイント』『泣き虫』『熱病フットボール』など著書多数。近著には、義足アスリート・中西麻耶の壮絶な生き様に迫った「ラスト・ワン」がある。

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