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愛の病

2017.10.27 公開 ツイート

多夫多妻でも一人でも 狗飼恭子

 恋人が月の半分だけ東京にやってくる、という女友達がいる。
 その人は月の半分だけ東京で仕事をして、もう半分は暖かい島で暮らしているのだそうだ。だから彼女にとってその彼は、月半分だけの恋人らしい。

「その彼は、月のもう半分は何してるの?」
 と尋ねると、
「奥さんとのんびりしてる」
 と答えた。驚いて「それでいいの?」と尋ねると、「それでいい」と彼女は答えた。

 彼女は離婚経験者でしかも仕事が忙しいし趣味の時間も欲しいので、べったりとずっとそばにいたがるような男の人はむしろ困るらしい。

「彼ね、すごいエネルギーを持ってる人だから、一人の女では彼を受け止められないと思うんだよね」
「だから奥さんと二人で分け合うってこと?」
「そう。半分くらいでちょうど良い」

 さらに驚くことに、彼女と彼とその奥さんは、一緒に旅行したりする仲なのだという。
「奥さんは知ってるの?」
「たぶん。言葉では確認したことないけどね」

 わたしも、その奥さんとお会いすることになった。会ってみてはっとした。女友達にそっくりだったのだ。顔も、体つきも、話し方も、雰囲気も考え方も。
 一瞬で奥さんのことも好きになってしまった。困ったな、と思う。どう考えても変な関係だ。

 奥さんをちらちらと観察する。気付いているのか気付いていないのか。でも普通に考えて、自分とよく似た女がいたら、自分の夫の好みのタイプであることはすぐに分かるだろう。頭も勘も良さそうな人だった。気付いていないとは思えない。
 それでもわたしが見る限り、女友達と彼とその奥さんは、とても仲が良いように見えた。

 彼らは三人で、三人だけのルールのの中で生きているのだ、と傍観者のわたしは思う。それは不倫とかいうあまり美しくない言葉で表現できるような関係性ではなかった。
 一夫一婦制が導入されたのなんてこの百年くらいのことだ、という話はよく聞く。いわばキリスト教的文化が日本にもたらした考え方なのだとかなんとか。

 でもそんな誰かの決めたルールなんかどうでもいいんだなあ、と彼らの関係を見ているとしみじみ思ってしまう。
 本人たちが納得していれば、一夫多妻だろうが多夫一妻だろうが多夫多妻だろうが、なんでもいいのだ。そこに、お互いを思いやる気持ちがあれば。もちろん、ひとりでも納得していない人がいたら不幸が生まれてしまうだろうけれど。

 二十代の頃のわたしはきっと、そんなふうに思えなかった。女友達の気持ちが分からなくて悩んだかも知れない。そんなの本気の恋じゃない、とか説教したかも知れない。あの頃は一人の人を独占したくてたまらなかったし、独占して欲しかった。

 人は年齢を重ねると、ゆっくりと恋愛をしたくなるのかもしれない。人生のステータスを恋愛に全部振り分けできなくなっていく。実際、恋愛すると疲れは溜まるし体も辛い。睡眠時間を削るくらいなら恋愛しなくていいや、と思ったりもしてしまう。二十代の恋愛は人生のすべてで、四十代の恋愛はきっと生活の一部なのだろう。

 つがいで生きる人生も良い。一人で生きる人生も良い。複数で生きる人生も良い。
 恋愛や結婚や婚外恋愛のあり方も、もっと多様性があって良いはずだ。
 

関連書籍

狗飼恭子『一緒に絶望いたしましょうか』

いつも突然泊まりに来るだけの歳上の恵梨香 に5年片思い中の正臣。婚約者との結婚に自 信が持てず、仕事に明け暮れる津秋。叶わな い想いに生き惑う二人は、小さな偶然を重ね ながら運命の出会いを果たすのだが――。嘘 と秘密を抱えた男女の物語が交錯する時、信 じていた恋愛や夫婦の真の姿が明らかにな る。今までの自分から一歩踏み出す恋愛小説。

狗飼恭子『愛の病』

今日も考えるのは、恋のことばかりだ--。彼の家で前の彼女の歯ブラシを見つけたこと、出会った全ての男性と恋の可能性を考えてしまうこと、別れを決意した恋人と一つのベッドで眠ること、ケンカをして泣いた日は手帖に涙シールを貼ること……。“恋愛依存症”の恋愛小説家が、恋愛だらけの日々を赤裸々に綴ったエッセイ集第1弾。

狗飼恭子『幸福病』

平凡な毎日。だけど、いつも何かが私を「幸せ」にしてくれる--。大好きな人と同じスピードで呼吸していると気づいたとき。新しいピアスを見た彼がそれに嫉妬していると気づいたとき。別れた彼から、出演する舞台を観てもらいたいとメールが届いたとき。--恋愛小説家が何気ない日常に隠れているささやかな幸せを綴ったエッセイ集第2弾。

狗飼恭子『ロビンソン病』

好きな人の前で化粧を手抜きする女友達。日本女性の気を惹くためにヒビ割れた眼鏡をかける外国人。結婚したいと思わせるほど絶妙な温度でお風呂を入れるバンドマン。切実に恋を生きる人々の可愛くもおかしなドラマ。恋さえあれば生きていけるなんて幻想は、とっくに失くしたけれど、やっぱり恋に翻弄されたい30代独身恋愛小説家のエッセイ集第3弾。

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」「百瀬、こっちを向いて。」「風の電話」などがある。ドラマ脚本に「大阪環状線」「女ともだち」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。

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