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あの人は、なぜあなたをモヤモヤさせるのか

2017.10.05 公開 ポスト

ライターが“読モ化”している件について【決定版】宮崎智之

(写真:iStock)

彼氏面男子、托卵女子、社畜ポリス、駅で海藻のように揺れるカップルなど、これまで話題のバズワードを数々生み出してきたフリーライターの宮崎智之さんが、恋愛、仕事、悪女、マナーという4つの観点から現代社会をモヤモヤさせるものたちを分析、解体。今回取り上げるのは、SNSによって突如表れた、「顔を売るライター」の存在です。

ネットで大きな議論を巻き起こした記事を大幅加筆し、電子書籍『あの人は、なぜあなたをモヤモヤさせるのか』に収録した文章を【決定版】として一部公開します。

 

自分自身を売る“読モライター”

ずっと抱えていたモヤモヤが一つの言葉によって解消されることがたまにある。今回もそうだ。その言葉とは、「ライターの“読モ”化」である。

「ライター」を名乗り、それを生業にしている筆者は、ライターを取り巻く現状について考えることが多い。といっても、現在では「ライター」の定義自体が揺らいでいて、同業者と話していても共通認識が得られず、議論が空転することもしばしばだ。しかしそこに、「ネットやSNSの出現によって、ライターの仕事が『読モ(読者モデル)』みたいなものに近づいている」という補助線を引くと、現状がクリアになる気がする。なにを言っているのかわからないかもしれないので、順を追って説明させていただきたい。

SNSの普及によって、ライターの仕事も様変わりしている。「セルフ・ブランディングの時代」などと叫ばれて久しいが、時代はすでにもう一歩先へと進んでいるように思う。

“読モ”化したライターとは、記事中に顔出しの写真を掲載し、SNSを駆使しながら「知」ではなく「共感」を拡散している人たちのことだ。インターネット上では、特に必然性がないにもかかわらずライターが顔出ししている記事をよく見かける。「これが最近のトレンドなのかな」くらいに思っていたが、彼らのツイッターに「○○さん、かわいい!」「○○さん、マジうける!」といった感想が多数寄せられているのを見たときに、読者は記事を楽しんでいるのではなく、ライターの存在自体を消費しているということに気がつき、記事の着想を得た。こうした「自分自身」を売るスタイルで仕事をしているライターを、筆者は“読モライター”と名付け、さらに詳しく以下のように分析した。

まず、読モライターが売る「商品」には、自身のビジュアルだけでなく、プライベートな情報も含まれる。さらには、交友関係も貴重な商品となり、それらは主にSNSによって可視化される。SNS上で互いがお互いを言及し合うことにより、自身の商品としての価値を強化していくのである。

読モライターにとって、ライティングは自身のタレント性を表現する一つの手段に過ぎず、必ずしもそれにこだわる必要はない。動画や音声配信、イベントなど、どんな形であれ自身を露出させることが重要になる。もちろん、書籍や放送メディアなどに進出することもある。すでに指摘したとおり、その場合、コンテンツの中身は「知」ではなく、おそらく「共感」が大切になるはずだ。

なかには「情報商材」のようにビジネススキルを売る者も出てくるが、その場合も重要なのは「知」ではなく「共感」である。なぜ共感が重要なのかというと、彼らが読者に売っているのは、「自分自身」だからだ。彼らのターゲット層は、「自分のようになりたい人」であり、読者は彼らのようになりたくて、コンテンツを享受する。彼らの考えに共感することによって、彼らに近づけると読者は期待する。

そして、実際に優秀な読者は、彼らによってフックアップされることもある。彼らの「商品」の一つである交友関係に組み込まれ、また新たな「彼ら」を再生産するシステムの一員に格上げされるのだ。この書き手と読者の近接、共犯関係を「ライターの“読モ”化」と表現すると、現状におけるモヤモヤが晴れ、少しは見通しが良くなる気がする。

ウェブ上で活躍するライターや編集者、ディレクターなどといった人たちの区別がつきにくい問題も、これで解決できる。ようは、みんな自分自身を商品として売る「読モ」なのである。

 

競合するのは芸能人やテレビタレント

ここで「ライターの“読モ”化」を考えるにあたり、もともとインターネットの登場によって、ライターという職業の定義が揺らいでいたことを押さえておかなければならない。従来ならば、「出版」の文脈を背負っていたはずが、ITやマーケティング、自己啓発といった文脈を背景としたライターが登場したからだ。そういう意味では、読モライターもこれまでのライターとは別の文脈を背負った存在として、再定義する必要があると筆者は考えている。

そもそも本来の意味での読者モデルの存在が雑誌メディアを中心として求められた背景には、読者にとってより身近な存在の読モのほうが、プロフェッショナルなモデルやタレントよりも共感を呼びやすいという出版社側の意図があった。どんなに努力しても届かない、プロフェッショナルなモデルやタレントではなく、自分も少し背伸びをすれば同じようになれるかもしれない読モに、読者は親近感を抱きやすい。そうした存在が誌面に登場し、商品やサービスを紹介することで、より「自分ごと」として読者に訴求できると考えたわけだ。

そう考える、モデルやタレントよりも親近感が湧く憧れの対象として誌面(ウェブ記事)に顔を出し、「自分のようになれる」ことを共感によって拡散させていくライターのスタイルは、まさに「読者モデル」そのものである。読モライターの仕事に、いわゆる「PR記事」が多いのは、雑誌における読者モデルと同じ役割を期待されていることの証左であろう。

筆者が思うのは、おそらく現在、多くの人が「ライター」としてイメージするのは「読モ」としてのライターであるが、彼らが物書きとしての「本流」になることはないということだ。なぜなら、従来のライターが「物書き」の中に位置付けられるのに対して、読モライターは広い意味での「芸能」ジャンルの文脈に位置付けられる、と考えられるからである。

仮に、現在活躍する読モライターが、これから世に出ることを夢見る学生だとしたら、果たして自身を表現する手段として、テキストを選ぶだろうか。時代のニーズをつかむ感覚が優れた彼らがそうするとは、とても思えない。おそらく彼らの中からは、YouTubeのような動画コンテンツを選択する者が、かなりのボリュームで出てくるのではないか。スマートフォンが普及し、通信の環境も整った現在において、テキストでの表現にこだわる動機は、「物書き」を目指す者にしか持ち得ない。共感によって自身の存在を広めるためには、より感情に対する訴求力が強い動画を表現方法として選ぶことは必然のように思う。

そして、そこでは物書きとしてではなく、芸能における新興ジャンルの一員として既存の文脈に及ぼした影響が評価の軸になるはずであり、固有名として名前を残したいならば、芸能史の本流を意識した上で、どのような新しい価値が提示できるか、どのように既存の価値を塗り替えることができるかが重要になる。つまり、彼らと競合するのは、物書きとしてのライターではなく、既存の芸能人、テレビタレントである。芸能人がツイッターやインスタグラムなどを始めて、ファンに直接情報を届けることが普通になった昨今の流れは、彼らの間の熾烈な競争に拍車をかけるものになるだろう。

当然、筆者がイメージできなかった未来として、読モライターが、物書きの本流になることもあり得る。未来学者ではないので、予想が外れることもあるだろう。違った未来がイメージできている方は、ぜひ教えていただきたい。

 

全人格的なコミットメントに耐えられるか

こうして新しく出てきたものをカテゴライズすることに対し、反感を覚える人もいるだろう。しかし、筆者は絡み合った糸をほぐし、一つひとつを綺麗に分離することこそが、現在、求められていることだと思っている。

第一の理由として、読モライターの労働問題がある。すでに指摘したとおり、読モライターは自身のプライベートや交友関係を商品にしているため、仕事に対する全人格的なコミットメントが求められる。それこそ、友人と一緒に来店したカフェで提供されるラテアートも「商品」としてSNSにアップしなければならないかもしれないし、芸能人のように恋人の存在を隠さなければならないかもしれない。プライベートと仕事の境目を設けることは不可能になる。こうしたことにストレスを感じない性格ならばいいが、そうでないならば余程の覚悟がない限り読モライターになるべきではない。

また、憧れや共感を売りにする職業なだけに、「やりがいの搾取」が起こりやすい構造も問題だ。すでに認知され、活躍している読モライターはいいが、彼らに憧れて、彼らになりたいと願っている読者はどうだろうか。安価な原稿料や、編集・校正・校閲機能が整っていない劣悪な環境で働かされる危険もある。

そして当然、危機管理の問題もある。芸能人も、昨今はSNSを使ってプライベートの情報を公開しているものの、あれは組織的なマネジメントのもと行われているということを忘れてはならない。読者との距離が近く、かつ共感を呼ぶ表現が得意という読モライターの強みは、そのままリスクにも転化する。読者との関係がこじれた場合、インターネット上だけではなく、リアルに危害が及ぶ可能性があることに留意しておいたほうがいいだろう。

一方、「芸能」ジャンルの一つという側面を打ち出したほうが、読モライターの商品価値を高めることにもなる、ということも指摘しておきたい。なぜなら、読モライターは、物書きとしてのライターのように「文章」を売っているわけではなく、タレント性そのものを商品としているからだ。となると、当然のように既存のタレントや、本来の意味での読者モデルと同様に、広告と親和性が高くなる。企業や製品、サービスをPRするインターネット上のタレントとして読モライターを売り出したほうが、ライターとして売り出すより実態にかなっているし、端的に言って高く売れる。広告代理店やPR会社にも、タレントとして認識させたほうが、彼らの商品価値が正確に伝わるであろう。

「ライター」という肩書きは、むしろ彼らの商品価値をわかりにくいものにしているため、それに固執する必要はない。そうしたうえで、組織的な危機管理をしていくこと、そして既存のタレントと同じように年齢やライフステージの変化に商品価値を対応させることにより、サスティナブルなビジネスに育てていくことが重要となる。これが、「セルフ・ブランディングの時代」の先を行く、読モライターのあり方だ。

ただし、繰り返すが、既存の芸能人やタレントと競合するため、読者獲得を巡る熾烈な戦いが待っていることは、自覚しておかなければならない。

 

本来は多様なはずのライターの仕事

カテゴライズする必要を感じたもう一つの理由は、……

 

*つづきは「あの人は、なぜあなたをモヤモヤさせるのか(完全版)」、あるいは「あの人は、なぜあなたをモヤモヤさせるのか(仕事編)」をお読みください。

<お知らせ>
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関連書籍

宮崎智之『あの人は、なぜあなたをモヤモヤさせるのか 完全版』

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宮崎智之

フリーライター。1982年生まれ。東京都出身。地域紙記者、編集プロダクションなどを経てフリーに。日常生活の違和感を綴ったエッセイを、雑誌、Webメディアなどに寄稿している。著書に『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。
Twitter: @miyazakid

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