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さりげなく思いやりが伝わる大和言葉

2016.10.14 公開 ツイート

微妙で繊細な状況を表す大和言葉 上野誠

 大和言葉には、「せつない」「よろしく」「さすが」といった、現代の会話でもよく使われる言葉から、「にぎにぎしく」「ややもすれば」「ことほどさように」など、耳なじみのない言葉もあります。親しみのある言葉も、そうでない言葉も、その語源や用法を知り、正しく使うことができれば、発言に重みが出てきます。

 美しく繊細な大和言葉を学ぶことができると好評の『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』から、一部を抜粋してご紹介いたします。第4回のテーマは「繊細で微妙な『今』をありありと表す」です。

* * *

 おもむろに

  おもむろにライターを取り出した男は、紫煙をくゆらすと、大きなため息をついた。

 

「おもむろ」は、動作がゆっくりとしていることを表す言葉です。音もなく静かなイメージです。「ゆっくり」には、慎重なのか、慣れていないのか、じっくりと行いたいのかなどの理由があります。

  ところが、「おもむろに」という言葉を使う場合には、特別の理由があるわけでなく、心が落ち着いていて、余裕もあるので、急ぐ必要がないことが前提となります。老夫婦が休日にお茶を飲む動作などです。例えば、「走らずに、ゆっくり歩きなさい」と注意を与える時に、「おもむろに歩きなさい」とは言いません。

  言葉というものは結局のところ慣れるしかありません。微細なところは教科書とノートで勉強するだけでは、やはり、身につかないからです。
  

 * * *

 

 暮れなずむ

  旅館に着くと、夕食まで時間があったから、海岸を散歩することにした。水平線に暮れなずむ夕日を見て、もうくよくよしてはいけないと思った。
 

「なずむ」とは、ものごとがうまく進まないことをいいます。「行きなずむ」といえば、行くに行けない。「言いなずむ」といえば、言うに言えないことになります。例文の場合は、暮れそうで暮れない夕日です。

 「暮れなずむ」は、そこはかとなく、詩情豊かな表現です。ではなぜそう見えるのでしょうか。まるで美しい夕日に意思があって、さもためらっているかのごとくに見えるからです。もちろんそれは、夕日を見ている人の感情移入でしかないのですが……。
  

 * * *

 

 さんざめく

  ヨーロッパではパブで飲むことが多かったが、ドアを開けるなり、さんざめく声が聞こえてくる。ドイツ語、英語、フランス語……。やはりヨーロッパは多言語社会なのだ。

「さんざめく」は、騒ぎ立てることですが、使い方には次のような注意が必要です。

  一つは、多くの人々の声であるということです。それぞれの話し声、それぞれの声でもよいのですが、たくさんの人の声である時に、この言葉を使います。

  もう一つは、にぎやかな声でないと、「さんざめく」は使ってはいけません。それぞれが話し、それぞれが歌っていたとしても、皆その場になじんで、楽しんでいることが必要です。居酒屋でもパブでもよいのですが、客はそれぞれくつろぎながら、互いにどこまでの声なら許されるか、時と場合によって判断しています。なぜならば、少し難しい言い方となりますが、場を共有している意識があるからです。

  よく使われるのが、「さんざめく星たち」という表現です。満天の星を見上げると、星たちがにぎやかに騒いでいるかのように、光がまたたいているのです。


次回は、「品性が保たれる言葉」、更新は18日(火)です。お楽しみに。   

関連書籍

上野誠『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉 常識として知っておきたい美しい日本語』

言葉は、それを使ってきた人の歴史を背負っています。 しかし日々言葉遣いが変化する現代において、もともとの日本の言葉=大和言葉のセンスを磨くことは簡単ではありません。 それぞれの状況にあった言葉を選んで、使いこなせるように常々心がけておくことを目指しましょう。 「常に新しい言葉を学ぼうとする人は、積極的な人生を歩むことができる!」 という万葉学者・上野誠による、大和言葉のセンスを磨くための、大人の学び直しの一冊です。

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さりげなく思いやりが伝わる大和言葉

大和言葉には、「せつない」「よろしく」「さすが」といった、現代の会話でもよく使われる言葉から、「にぎにぎしく」「ややもすれば」「ことほどさように」など、耳なじみのない言葉もあります。親しみのある言葉も、そうでない言葉も、その語源や用法を知り、正しく使うことができれば、発言に重みが出てきます。

美しく繊細な大和言葉を学ぶことができると好評の『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』から、一部を抜粋してご紹介いたします。

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上野誠

 1960年、福岡県生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(文学)。現在、奈良大学文学部教授(国文学科)。国際日本文化研究センター研究部客員教授。万葉文化論を専攻。第12回日本民俗学会研究奨励賞、第15回上代文学会賞、第7回角川財団文学賞受賞。『万葉びとの宴』(講談社)、『日本人にとって聖なるものとは何か』(中央公論新社)など、著書多数。近年執筆したオペラや小説も好評を博している。

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