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『弱いつながり』紀伊國屋じんぶん大賞1位記念対談「観光を考える」

2015.02.21 更新 ツイート

前編

ドバイのモールに希望が見えた東浩紀/瀬口盛正

今年のはじめ、担当編集者のもとに、フランスで生まれたリゾートホテルであり、旅行会社である、クラブメッドの社長瀬口盛正さんから『弱いつながり』についての感想メールが届きました。去年の夏の発売直後に、いろいろな旅行会社宛てで献本していたものが、クラブメッドでは社員の方から社長の瀬口さんに渡されたようなのです。まさに『弱いつながり』の「弱いつながり」から生まれた本対談。前編・後編でお届けします。(構成:小西樹里 写真:菊岡俊子)


日本の8~9割が利用するパッケージツアー

瀬口 『弱いつながり』を読み終えたとき、serendipity(偶然のすばらしい出会い)、surrender(身を任せる)、spontaneous(なりゆき)という3つの言葉を思いついて、十代の頃のように心の奥底からわき出てくる感動がありました。ビジネスマンとして資本主義社会に生きているとジレンマだらけなんですけど、この本に書かれてある逆説的なことに一筋の希望があると思えました。台湾やアウシュビッツといった、すぐに共感を持てるような例が入っているし、プレーンな言葉で語りかけられているので一気に読めてしまいます。人と人が結びついた瞬間の喜びが言語化されているすばらしい本でした。

 ありがとうございます。読まれるべき人に読まれてうれしいです。『弱いつながり』を書いた動機はたくさんあります。僕は1971年生まれです。僕より下の世代には、インターネットのGoogleストリートビューで世界中を旅した気になって、現実に体を動かして移動することのメリットがわからないひとが多いと思います。他方で上のひとだと、若い頃にバックパッカーを経験したがゆえに、いまはグローバルチェーンのリゾートで楽しむことを若い頃の自分への裏切りように感じて躊躇してしまうというひともいると思います。『弱いつながり』はその双方に向けた本で、とりあえずそれでもいいから移動しましょうと後押しをするような気持ちで書きました。「観光」という言葉はネガティブにとらえられがちですが、最初は観光みたいな入り口しかないと思うんです。

瀬口 旅行会社の人間であり、高校生の頃にバックパッカーも経験した私にはとっては勇気づけられる言葉です。

 リゾートに行っても、たしかに現実の一部しかわからないかもしれないけど、一部はわかるわけで、その一部をつなげていけばいいのだからとりあえず行ったほうがいい。昔、UAEでドバイのでっかいモールに行きましたが、そこにはロシア人も中国人もUAEの人も欧米人もいる。社会体制も違えば政治信条も宗教も違うのに、みな同じヴィトンのバッグを持っているわけです。それはひとつの希望と言えるのではないかと思いました。社会思想を専門にしている人は消費が嫌いだし、ショッピングモールも嫌い。ドバイのような低賃金で外国人労働者をやとっている「搾取国家」をポジティブに評価するなんてありえない、となりがちです。しかし僕は、社会背景は違っていても同じブランドを持って同じような行動を取っている、そのことに可能性があるんじゃないかと考えたんですね。そういう点では、旅行業界はグローバル社会を先端で切り開いるのかもしれません。

瀬口 おおいに共感します。本の中にインドの五つ星の高級ホテル「オベロイ」の話も、旅行業界の人間にはすぐにピンときました。

 ビザを取り忘れて、インドの空港で発給されるアライバルビザのカウンターで「オベロイに泊まる」と言ったときの反応はすごかったです(笑)。

瀬口 「オベロイ」の単語だけで、ビザを即時発給してもらえたんですよね。インドも搾取国家的な面もあるかもしれないけれど、空港の職員たちと対面して、「オベロイ」でビザを出してもらえたというのは、グローバル社会ゆえの出来事ですよね。

 オベロイに泊まったからといって、インドのことがまったく見えなくなるということはなくて、現実にはいろんな光景に出会うことになる。『地球の歩き方』には、インドに行くならホテルの予約はしないで、まずは身一つで雑踏に降り立って宿を探そうとか書いてある。それではハードルが高すぎて、永遠にインドに行けません。入り口がグローバルチェーンでもいいのではないかと思います。

瀬口 それは、ありがたい言葉です。しかし、日本人は世界の中でも独特なのですが、旅行の前に細かい情報を収集することを重要視しますね。安心感が大事でspontaneous(なりゆき)なことを嫌うんでしょう。そして、日本人は目的地に着いたらすぐに観光に行きます。西洋人は朝から晩まで何もしない。日本人の平均滞在は3泊で世界の中でも最短です。国にもよりますが西洋人は10日、フランス人は2週間です

 どうしてそうなったのでしょう?

瀬口 日本では、旅行に行かれる方の8割から9割がパッケージツアーなのですが、そういった文化は世界でも珍しいことです。日本のお客様は保険を買うのと同じように旅行を買うのでしょう。欧米にもパッケージはありますけど、日本みたいにAからZまで面倒を見るというのはないです。CからPくらいです(笑)。

 僕はパッケージ旅行が嫌いなんです。現地での思いつきに身を任せたい。実際、飛行機の正規運賃はいまは下がってきているし海外のホテルサイトも充実している。個人手配のほうが安いこともあるんじゃないでしょうか。

瀬口 その点は曖昧で、パッケージツアーは料金の内訳を見せないので消費者には一概に判断できないんです。

 クラブメッドさんはパッケージ旅行も提案されているので何ですが、『弱いつながり』は「パッケージ旅行をやめろ」という本でもあります(笑)。

瀬口 ははは(笑)。

 

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東浩紀

一九七一年東京都生まれ。作家、思想家。株式会社ゲンロン代表取締役。『思想地図β』編集長。東京大学教養学部教養学科卒、同大学院総合文化研究科博士課程修了。一九九三年「ソルジェニーツィン試論」で批評家としてデビュー。一九九九年『存在論的、郵便的』(新潮社)で第二十一回サントリー学芸賞、二〇一〇年『クォンタム・ファミリーズ』(河出文庫)で第二十三回三島由紀夫賞を受賞。他の著書に『動物化するポストモダン』『ゲーム的リアリズムの誕生』(以上、講談社現代新書)、『一般意志2.0』(講談社)、「東浩紀アーカイブス」(河出文庫)、『クリュセの魚』(河出書房新社)、『セカイからもっと近くに』(東京創元社)など多数。また、自らが発行人となって『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』『福島第一観光地化計画』「ゲンロン」(以上、ゲンロン)なども刊行。

瀬口盛正

株式会社クラブメッド代表取締役社長。1965年生まれ。米国ニューヨーク大学歴史学部卒。スイスIMD経営修士号修了。15歳の時にバックパッカーとしてヨーロッパ一人旅に出る。米国、スイス、メキシコで20年近い海外生活の後、現在は東京をベースに年間120日出張で各国の現場に赴く。2000年に㈱博報堂を退社。欧州に渡りMBAを修了した後、オランダ系多国籍企業に就職し日本やメキシコの社長を務める。2011年より現職。http://moriseguchi.com/

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