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コンサバ会社員、本を片手に越境する

2026.08.24 公開 ポスト

柚木麻子とジャシンダ・アーダーン…「頑張りたい」と「頑張りたくない」の間で梅津奏

元ニュージーランド首相と世界的作家と比べてしまう

気づけば夏も後半戦。3月決算の会社で働いている身としては、そろそろ上期末が見えてきて震える時期がやってきた。

もっと多くのことを、もっと新しいことを、もっと効率よく。

ただ一生懸命なだけでは自分にも他人にも満足できなくなってきたのは、一体いつからだったか。後輩に「目の前のことはちゃんとやっています、ではダメなんだよ」なんて言って聞かせる我が身を引いた目で見て、何を偉そうにとすら思ってしまう自分がいる。

 

止まらない物価高に円安・情勢不安……それでいて、社会規範は身近なところから「自ら動かない者、成長しない者に未来はありません」とでも言いたげな方向に進んでいく。SNSを見ていても、個人としての成長と自由を重視して未来を描こうとする若者たちに、なんだか危ういものを感じる。そんなに世の中甘くないよ。あなたは自分が思うほど一人で何かを成せる人ではないよ。自由と責任はセットだし、たいていの場合、後者の比重が大きいのだよ。などとつい言いたくなるのは、私が年を取ってきた証拠だろうか?

「工夫」と「アイディア」の情報を毎日浴び続けると、いつの間にか、深いところに呪いとなって染み付いてくる。自分の頑張り次第で、状況はよくなるのではないか、という思い込みとそれに伴う緊張感だ。――『とりあえずお湯わかせ』(柚木麻子/NHK出版)より

2024年に長編小説『BUTTER』が英訳されて大ヒットを博した、小説家の柚木麻子さん。第一子の妊娠中にエッセイ連載の依頼を受け、2018年からコロナ禍前後の4年間の記録をまとめたのが本書だ。初めての育児、急に始まったステイホーム、閉塞感の中でなんとか生活を楽しもう・仕事と育児を両立させようと奮闘する姿が、柚木さんらしく赤裸々に描かれている。

興味深いのは、ホームパーティや料理・子どもとの遊びなどを工夫し、エンターテイメントに仕立てようとすることに非常に熱心だった柚木さんの心の変容だ。

大バズリして有名女性誌の新聞広告にもなったエッセイ「ママに武器なんていらない」をはじめとして、「不条理な社会においても、女の創意工夫で暮らしはいくらでも楽しく・幸せになる」という日本社会の呪いを看破し、「社会の問題を個人の問題にすり替えるな」と繰り返し叫ぶ柚木さん。

ケア労働を担う日本の母親は、なんでこんなに孤独で、なんでこんなに自己責任で歯を食いしばらないといけないのか、それでも破綻する原因ってなんなのか、ずっとずっと考えていた。――『とりあえずお湯わかせ』(柚木麻子/NHK出版)より


コロナ禍に政権を担っていた各国首脳の中で、特に印象的だった人物がいる。

2023年、「もう責任を担う余力が残っていない」と電撃辞任を表明したニュージーランド首相ジャシンダ・アーダーン。

2017年にニュージーランド史上最年少の37歳で首相に就任し、2018年には妊娠・出産を発表。当時世界で二人目の、国のトップ在任中に出産した女性となった。コロナ禍を含む6年間を勤め上げ、自分の手で政治家人生の幕引きを決めた当時42歳のジャシンダさん。辞任発表の会見で時折声を詰まらせる姿を見て、「こんなに無防備に、人間らしく振る舞う女性のトップがいるのか」とショックを受けた。

自分の能力を証明しろというなら、私はもうやるだけのことはやった。いま私が答えるべき問いは、ただひとつ。それは、批判者が投げかけてくる問いではなく、自分自身への問いだ――私は、この先も続けたいだろうか?――『KINDNESS(カインドネス) 思いやりと優しさで世界を変える』(ジャシンダ・アーダーン著、神崎朗子訳、三浦まり解説/河出書房新社)より


「お前にはそのポジションにふさわしい能力があるのか?」
「もっとできることがあるのではないか?」
「努力が足りないのではないか?」

なにをしていても、社会なのか他人なのか自分なのかもはや分からない、意地悪で冷笑的な声が聞こえてくる。「そんなもの聞かなければいい」と割り切ろうにも、そういった客観性を排除した場所で、自己肯定感を維持して生きていけるような自信もない。

私からすれば、柚木さんだってジャシンダさんだって、激しく高いレベルまで頑張りぬいたからこそ「もう頑張れない」と白旗を上げることが許された女性だ。世界的作家と一国の首相をつとめた女性を自分と比べるのもおこがましいが、自分にはまだ到底その権利はないと感じる。

それでもなお、「私たちの頑張りに寄りかかるな」と社会に対して決然と表明した二人に、こっそり励まされている自分もいる。まだ大丈夫、でもいつか本当に頑張れなくなる日が来ても、そこで何かが終わるわけではないんだと思える。そしてその翌朝にはまた、自分に足りない「頑張り」の数を数えて息が苦しくなる。

頑張りたいと頑張りたくないの間で、今日も揺れながら生きている。

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梅津奏

1987年生まれ、仙台出身。都内で会社員として働くかたわら、ライター・コラムニストとして活動。講談社「ミモレ」をはじめとするweb媒体で、女性のキャリア・日常の悩み・フェミニズムなどをテーマに執筆。幼少期より息を吸うように本を読み続けている本の虫。ブログ「本の虫観察日記

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