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結婚したけど、まだ欲しい! ~不惑間近の女の強欲生存論~

2026.07.24 公開 ポスト

2度目の結婚から2年。満ち足りているのに、毎日夫に「結婚したい!」と叫ぶ理由早乙女ぐりこ

エッセイストであり、小説も出版している早乙女ぐりこさんによる「結婚」をテーマにした新連載がスタート!

「結婚したら幸せになれる」「運命の人に出会えたら他に何もいらない」「自分に結婚は必要ない」——そう思っていたはずなのに、結婚しても恋愛しても、もしくは一人の生活を謳歌していても、「このままでいいのかな」と立ち止まる瞬間は意外となくならない。
30代、40代になると、結婚、仕事、住まい、お金、親との関係……人生の選択肢は少しずつ形を変え、「もう十分」と思いたいのに、「ぶっちゃけまだ欲しい」という気持ちは消えてなくなることはない。でも、それでいいのだ。

 

離婚、転職、マンション購入、そして再婚——人生が大きく動くたびに、自分を更新してきた早乙女ぐりこさん。
不惑間近だからこそ見えてきた、小さな幸せと尽きない欲望。「もっと欲しい!」を隠さずに生きるための、笑えてちょっと勇気が湧く人生エッセイです。

*   *   *

2度目の結婚をして、もうすぐ2年が経つ。それなのにまだ結婚したいと思う。

 

自分は恋愛体質なんだと思っていた。彼女がいる人を何年も好きでいたり、絶対やめといた方がいい相手とうっかり付き合ったり、不毛な恋愛ばかり繰り返していたから。本当は恋愛がしたいんじゃなかった。恋愛じゃなくてもよかった。誰かに自分の存在を肯定してほしくて、そういう相手に執着していただけだった。

19歳のときに祖母が亡くなって、そのときはじめて気づいた。私の存在を無条件に肯定して大切にしてくれる人、みんな私より年上で、みんな私より先に死んじゃうじゃん! 気づいてしまったらおそろしくてたまらなくなった。それから自分のことを愛してくれる人を必死で探し始めた。

 

社会人になって、激務で心身をすり減らすようになると、恋愛する相手にライフライン(命綱)の機能も求めるようになった。その頃の私は、結婚がライフラインだと思いこんでいた。結婚さえすれば、生きる理由が明確になって、病気や災害に遭っても助けてもらえて、住宅ローンや親の介護などの問題もひとりで背負わなくてよくなると思っていた。だから早くに結婚を決めた。26歳のときに結婚した。

当たり前だけど、結婚=ライフラインではなかった。結婚していた頃、結婚前よりも生きるのが不安で苦しかった。結婚すると喜びが2倍になって悲しみは半分になるとかいうけれど、あれウソだから。ウソっていうか、うまくいってる夫婦の場合だけだから。合わない人と一緒にいると、うれしいことがあっても水を差されて喜びが半分になり、反対にストレスとリスクが2倍になります! もしものときにライフラインになる/ならない以前に、その瞬間のライフ(生活)が最悪だった。

私は結婚相手と別居してひとりで暮らすようになった。離婚が成立して、勤め先のブラック企業からも逃げ出した。

当時激務で気力も体力もすっからかんだったのに、現状を変えるために行動できたのは、友人たちのおかげだと思う。学生時代から、昼休みの大教室や大学近くの安居酒屋で、自分の恋愛などの失敗談を「ネタ」として面白おかしく話していた。彼女たちとのおしゃべりの延長で、個人ブログに文章を書いて発表したり、書いたエッセイを自主製作本にまとめてイベントに出店したりもしてきた。ここでひと踏ん張りして行動すれば、エッセイの「ネタ」になるし、少なくとも友人たちはそれを面白がってくれるだろう。そう思えたからこそ、最後の力を振り絞って動けた。

離婚の数年後には、ひとりで都内にマンションを買っていた。「自分の家」と呼べる場所ができたら、自分の人生は自分でなんとかできるなと思えるようになった。他者との関係にライフラインを求めなくてよくなった。

 

それでも、誰かに愛されたいという欲望は全然消えてくれなかった。離婚後も不毛な恋愛を繰り返すうち、私はミドサーになっていた。停滞モードに入ってしまうのは避けたかった。30歳になる少し前からずっと、別居・離婚・転職・マンション購入と次から次に大きなイベントが突風のようにやってきて、どんどん生活が変化して、自分自身が更新されていく状態に快楽を感じていたから。

焦った私はマッチングアプリを始めた。病めるときも健やかなるときも仕事中も就寝前もTinderをスワイプし続けて、今の夫と出会った。夫のほうもノリと勢いでなんでも決断できてしまう人だったので、私たちは衝動的に付き合い、(いろいろあって一度別れ、)衝動的に結婚した。

夫は私のことをとても大切にしてくれる。夫と一緒にいると私のライフ(生活)がいいかんじになる。だから再婚を決めた。夫がライフラインになるかどうかなんてどうでもいいと思ったし、今も思っている。ひとりだろうがひとと一緒だろうが、金があろうがなかろうが、保険に入っていようがいまいが、多分死ぬときは死ぬ。

夫と暮らしてみてはじめて気づいた。私は一人遊びは得意だけど、一人暮らしは全然向いてなかった! 独身時代の私の生活はめちゃくちゃだった。電気が止まったり、家が散らかりすぎて床がまったく見えなかったり、3食サラダチキンで済ませたり、酒を飲み過ぎて浴室の床で朝を迎えたりしていた。結婚後に生活がいいかんじになったのはひとえに、寛容でまめに動く夫のおかげである。

 

この連載の担当編集Oさんから「ひとりの人と結婚したら、自分が飽きて他の人のところにいきたくなったりしないか不安です」と言われ、そのことについてしばし考えた。私も衝動的で飽きっぽい人間だから、その不安はよくわかる。でも、今のところ「飽き」の気配を感じたことはない。そしてそもそも、夫といることに「飽きる/飽きない」の二択で思考することに違和感を覚えた。なんでだろう。

私の好物は干し芋で、そのことを知っている友人や身内から立て続けに山盛りの干し芋をもらった時期があった。どれもとてもおいしかったのに、ひたすら食べ続けたら、もうしばらくはいいかな……と思ってしまった。でも、かつて干し芋に飽きたように今後夫に飽きる可能性があるとは、ちょっと考えられない。

私には夫という存在を、干し芋や干し柿などのおやつのように、あるいはサブスクに数多存在する映画や音楽のように、代替可能な嗜好品のひとつとみなす感覚がないのだと思う。たとえるなら夫は、私にとって、無数にあるフードメニューのひとつではなく、〈食事〉そのもののような存在だ。生活の中にあたりまえにあるもの。代わりがきかないもの。食事を面倒くさいと思うことはあっても、生きるために食事をおろそかにしないほうがいいのと同じように、夫は私の生活、ひいては人生にとって、欠かせないものになっている。なるべくなら毎日歯磨きや入浴をしてから寝たほうがいいのと同じように、夫は間違いなく私のそばにいたほうがいい。

 

衝動的に人と付き合ったり別れたり、結婚したり離婚したり、思い切った買い物をしたりしていたかつての名残で、今でも生活に変化を求めてしまうところは正直ある。

だけどそれは、人生が音を立てて動くような大きな変化でなくても別によかったのだった。

家でよく自作の適当な歌を歌ったり踊ったりする私を、結婚当初はただ生温かく見守っていた夫が、いつからか自分も、うれしいことがあると手足をじたばたさせて変な踊りを踊るようになった。

去年はふたりで、横浜中華街にせいろを買いに行った。今年は、合羽橋商店街に中華鍋を買いに行った。今ではどちらも暮らしに欠かせないキッチンツールになっている。

そういう小さな変化でよかった。そういう、見逃してしまいそうなくらい小さな変化が、なんともよかった。日常生活のなかにはささやかな愛おしい出来事が無数に存在していて、暮らしのかたちは日々少しずつ変わっていく。そんな変化に気づく度に、私の背中を突風がものすごい勢いで駆け抜けて、いつだって瞬間最大風速を記録する。突風が通り過ぎた後には、心身に降り積もった枯れ葉やゴミ——疲労やストレスやもやもやした感情——は全部どこかに飛んでいってしまって、気持ちがまっさらになる。私という人間にとっての愛ってやつは、地面に根を張って枝葉を伸ばし続ける大木のような存在じゃなくて、生活の中でびゅんと吹くあの突風のことなんだろうと最近は思っている。

無条件に自分の存在を肯定して、大切にしてくれる人をずっと探していた。そういう人を、多分私は見つけた。満ち足りている。今の生活を気に入っている。夫の存在が必要だと思っている。何か不満があるわけでも、ささやかでない変化を求めているわけでもない。でも、私はほぼ毎日、化粧中や食事中や風呂上がりに、「あー結婚したい!!!」と叫ぶ。結婚する前と変わらず、「ねえ、今すぐ結婚しよう!!!」と言って、ゲームや皿洗いをしている夫の首にかじりつく。背中を通り過ぎるあの突風の勢いをぴったり表現できることばを、私はそれしか思いつかない。これも、衝動的に生きていた頃の名残かもしれない。

私が叫んだり飛びついたりしても、夫はどこ吹く風だ。「そうだね、結婚しようね」とか「実はもう結婚してるんだよなあ、ははは」とか、その時々に穏やかに適当に返答する。なんだよ、自分だってノリと勢いだけで私と付き合って結婚したくせに。ひとりだけ妙に落ち着いちゃってさ。

 

先日、夫が不在で家にひとりでいるときも、気づいたら「ああ結婚したいなあ」と独り言を言っていた。業というべきか強欲というべきか。思わずちょっと笑ってしまった。

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結婚したけど、まだ欲しい! ~不惑間近の女の強欲生存論~

「文学フリマ」で注目を集め、エッセイ集『速く、ぐりこ!もっと速く!』(百万年書房)で商業出版デビューを果たし、小説も出版されている早乙女ぐりこさん。そんな早乙女さんによる、40歳前後の女性としての強欲生存論について「結婚」を切り口に綴る連載です。
オフィシャルサイト:https://glicosaotome.com/
X:https://x.com/Glico30tome
note:https://note.com/glico30tome

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早乙女ぐりこ

1987年、東京都生まれ。『東京一人酒日記』などの自主制作本を携えて文学フリマ東京等に参加。2024年春にエッセイ本『速く、ぐりこ!もっと速く!』(百万年書房)で商業出版デビュー。文芸誌『随風』に企画編集協力・執筆で携わる。近刊は自身初の創作小説『珍獣に合鍵』(KADOKAWA)。好きな言葉は「お代わりあるよ」。

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