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結婚したけど、まだ欲しい! ~不惑間近の女の強欲生存論~

2026.08.27 公開 ポスト

35年ローンと二度目の結婚。「幸せな幻想」を信じるために私が選んだ、法律婚という選択早乙女ぐりこ

先月から始まった早乙女ぐりこさんによる「結婚」をテーマにした連載。2回目の今回は、「マッチングアプリのTinderで出会って付き合った男が、既婚者だった話」。編集担当もマチアプ経験ありのため、他人事とは思えないエピソードです。早乙女さんの結婚前後をたどる内容、意外な展開も含めてお楽しみください!

*   *   *

マッチングアプリのTinderで出会って付き合った男が、既婚者だった話をしたい。
ハッピーオーラ全開☆の結婚についてのエッセイ連載で、なぜそんな結婚前の黒歴史を披露しなければならないのか。
後に私が二度目の結婚をした相手が、その男だからである。

二度目の結婚をする数年前に、35年ローンを組んで中古マンションの一室を買った。
そのとき、住宅ローンを組むというのは、ある種の幻想を抱いて生きることだなと思った。定年退職まで会社員として働き続け、得た給料から毎月ローン返済を行いその家に住み続ける、という幻想。実際には、一生住むかわからないしローンを支払い続けられるかもわからない。自分が35年後まで元気でいるかもわからないしマンション自体が取り壊されたり住めなくなっている可能性もある。

 

 

でも、大丈夫に違いないと自己暗示をかけて、審査をクリアした銀行から融資を受ける。様々な契約書にサインしながら、「安心」とか「信頼」とかいうラベルが貼られた風船を身体の中いっぱいに膨らませているような気分だった。
大丈夫、きっと大丈夫。いつその風船が割れるかなんて、考えない。

ローンを組んでみてはじめて気づいた。家も男も同じじゃない?!   すぐに手放したくなるような物件は買わないほうがいいのと同じで、「この人となら一生一緒にいられる」と思いこむことさえできないような相手に執着したって仕方がないんじゃない?!……それまで不毛な恋にうつつを抜かしてきた自分がバカみたいに思えた。
Tinderという魔窟に潜り込んで二ヶ月で、私は、「一生一緒にいられる!」と思いこめる相手と出会った(と思った)。どんな人が好きなのかと訊かれたときに、一生一緒にいられる人、人生の一部分だけじゃなくて全部を私にくれる人がいい、と私が答えたら、その男は間髪入れずにこう言ったのだ。
「俺の人生、全部あげるよ。もらってくれるの」
喜んだのもつかの間、その一ヶ月後には、その男が既婚者だと発覚したというわけだ!
男は、結婚生活は破綻していて妻ともう長く別居している、と言った。知るか!(より詳しい話は『速く、ぐりこ!もっと速く!』(百万年書房、2024年)に書いてあるので、気になった方はぜひ!)

これまで私は、自分の中にある嫉妬や独占欲を醜い感情だと思って、見ない振りをしてきた。だって、人の気持ちは変わるものだし。好きな人に一番愛されなくても二番手でかまわないと思っていたし。赤の他人の不倫や浮気を断罪したい人の気持ちは正直全然わからないし、自分自身も奔放なタイプの人間として生きてきた。だから今回だって「離婚が成立するまで待ってるね」とこれまで通り物わかりよく振る舞ってもよかった。
でもそうしなかった。
本気で信じて身を委ねたものが、幻想だったと突きつけられてしまったら、もう何を信じていいかわからなかった。

男とよりを戻す気はさらさらなかったけれど、人として嫌いになれなくて、数ヶ月後にはなんとなく連絡を取り合っていた(「おまえ、そういうところだぞ!」というお叱りの声が聞こえてきそうだ)。
私が新型コロナに罹って外出できなかったときは、男が差し入れの袋を家のドアノブにかけておいてくれた。発熱が治まると、栄養価の高いものを食べて元気をつけてほしいから、と、ふかふかの高級食パンや糖度の高いりんごやあんぽ柿などを届けてくれるようになった。人に与えることを惜しまず、見返りを求めないヤツなのだ。私は好意に甘えて、最終的に、読みたい漫画の新刊やスタバのカフェミストまで頼んでいた。

男がとある事情でとても衰弱していたとき、私は思わず「うちにおいで」と言った。片付けが苦手なので、家はきれいとは言いがたい状態だったけれど、かまわず招き入れた。その頃には、男は婚姻関係を解消して独身に戻っていた。
数年前にマンション購入を決めたときから、この部屋を自分ひとりのための閉じた居場所にしたくないとぼんやり感じていた。それまでまったく興味のなかった観葉植物をいくつか迎えて、育て始めてもいた。大切な友人たちや自分の母親が家からちょっと離れたいと思ったときに、いつでも招き入れられる場所にしたいと思っていて、それが掃除のモチベーションにもなっていた。だから、ひどく衰弱した男を招き入れるのは必然だった。

かりそめの同居生活は、予想を遙かに超えて快適だった。はじめは、落ち込んで不安定になっている男を私が世話していた。その後徐々に回復した男は手際よくゴミ捨てや掃除をこなし、観葉植物を気にかけてまめに世話し、私が適当に用意した料理もおいしそうに食べ、おいしい料理を作るようになった。私はその生活をとても気に入った。このかりそめの生活を一生続くものにしたいと思った。それが2024年2月のことだ。
半年後には婚姻届を提出していた。
結婚して二年経っても、夫は居候の頃と変わらず、私との暮らしを、そして私自身を大切にしてくれていると思う。私たちは幸せに暮らしている。

とある6月の平日昼下がり、東急線沿線の静かなカフェで、結婚について考えるこの連載の原稿を書いていた。雨上がりの儚い光を窓越しに感じながらノートにペンを走らせていたら、店内BGMで聴き慣れたギターのアルペジオが流れ出して思わずペンをとり落とした。スピッツの8枚目のアルバム「フェイクファー」所収の表題作だった。

小さな子供の頃に見た夢のような懐かしくもせつないメロディに、草野マサムネの透き通った声。恋のよろこびをうたっているはずなのに、どこか不穏な歌詞。曲名にもなっている「フェイク」を連想させる、“偽り”や“ウソ”といった言葉が随所に出てくる。

曲が終わって、ああ、とため息をついた。
そうだった。今は結婚して幸せに暮らしているけれど、夫は出会った頃、私にウソをついていたのだった。既婚者だったのに、私を騙して付き合っていたのだった。もちろん忘れていたわけではない。でも普段はなるべく考えないようにしていた。
この曲と出会い直して、結婚エッセイにこのことを書かないわけにはいかないな、と思った。

結婚が決まり、夫になる人と一緒に実家に挨拶に行ったときに、実母に問われた。
「事実婚という選択肢もあるのに、なんで法律婚なの?」
おそらくあれは、ふたりとも以前に一度結婚に失敗しているのに、なぜ(懲りずに)同じ道を行こうとするのか、という意味の質問だったと思う。夫になる人はまっすぐな目で言った。
「いい加減な気持ちでなく本当に好きだから、戸籍上も一緒になりたいです」
私自身はその質問に、自分の身に何かあったときに、手術の同意やらマンションの後始末やらで実弟やその子どもを煩わせたくないから、と答えた。とても現実的で私らしい答えだったと思う。

もちろんそれも理由のひとつではある。でも、それだけではなかった。
私が法律婚にこだわったのは、「パートナー」や「事実婚」という不確かな関係性では彼と一生を共にできるか不安だったからだ。
付き合い始めの頃に彼は「俺の人生、全部あげるよ」と言った。それは、当時の彼の状況では実現不可能な約束だった。私は彼が既婚者だったことよりも、その言葉がウソだったことにショックを受けた。

もう一度関係を結び直すのであれば、私は、私たちは、ふたりで協力してあの日彼が発して私が信じたウソを本当にしていかなきゃいけなかった。
ふたりの力だけでそれを成し遂げるのは難しいのでは、と私は感じていた。法律・制度や世間からの承認という助けが欲しかった。もっと端的に言えば、私は、法律婚というかたちをとらなければ彼を信用しきれなかった。
一度目の結婚のときには恥ずかしながらよく考えていなかったけれど、今の私は、結婚したい全ての人が結婚できる社会になることを強く望んでいる。選択的夫婦別姓や同性婚の実現を心から願っている。そうではない社会で、自分が法律婚という方法を選ぶことへの抵抗があった。
だけど、法改正を待つことなく、私は二度目の結婚をした。この男と結婚してこの男がついたウソを本当にしたい、という自分の強い強い欲望をなによりも優先して、法律婚というかたちをとった。そのことに初めて気づいた。
なお、ふたりで話し合って、私でなく男が苗字を変えた。新しく居をかまえることはせず、男が私の家にやってきた。

人間は、自分と誰かが作り上げた幻想を胸に抱いて生きている。

法律婚をすることで、私は男のウソを「本当」にしようとしたけれど、それは本当にちゃんと「本当」になったんだろうか。もしも、やっぱり全部ウソだったということになったら、全部幻想だったと自覚させられてしまったら、そのとき自分がどうなってしまうかわからない。

だけど、こうも思う。永遠の愛や夫婦の絆は幻想かもしれない。紡がれた言葉も、そのときは本心から出たものであっても、後でひっくり返ることがあるかもしれない。それでも、一度はばらばらになったパズルのピースをひとつずつ拾い集めて形を作っていくような日々は、相手を思いやり、ときにぶつかりながらも営んでいく穏やかな暮らしそれ自体は、決してなかったことにはならないはずだ。
この結婚生活が夢や幻でなかったことを誰でもない誰かに証明するために、私はずっと、誰にも見せない日記に、日々の出来事を書き続けているのかもしれない。そのために、この連載を引き受けたのかもしれない。

ふたりで決めた一週間の掃除のルールとその運用。
仕事帰りに近所の花屋で買ったバラの花の色と数と名前。
記念日に宿泊した温泉旅館で受けたおもてなしと出てきた料理。
映画『ミニオンズ』のミニオンたちの声マネがずっと流行っていること。
憂鬱な仕事がある日のお弁当に、夫が私の好物のチャプチェを入れてくれたこと。

全ては無理だけれど、私はできるだけ多くのことを書きとめたい。幻想でない暮らしが、ここにある。たしかに、ここにある。

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結婚したけど、まだ欲しい! ~不惑間近の女の強欲生存論~

「文学フリマ」で注目を集め、エッセイ集『速く、ぐりこ!もっと速く!』(百万年書房)で商業出版デビューを果たし、小説も出版されている早乙女ぐりこさん。そんな早乙女さんによる、40歳前後の女性としての強欲生存論について「結婚」を切り口に綴る連載です。
オフィシャルサイト:https://glicosaotome.com/
X:https://x.com/Glico30tome
note:https://note.com/glico30tome

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早乙女ぐりこ

1987年、東京都生まれ。『東京一人酒日記』などの自主制作本を携えて文学フリマ東京等に参加。2024年春にエッセイ本『速く、ぐりこ!もっと速く!』(百万年書房)で商業出版デビュー。文芸誌『随風』に企画編集協力・執筆で携わる。近刊は自身初の創作小説『珍獣に合鍵』(KADOKAWA)。好きな言葉は「お代わりあるよ」。

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