担当編集者が猛烈にハマってしまった、コンビニ僧侶・蒼石盆太郎さんのエッセイ。新連載スタートです!
蒼石さん、実は、ここ幻冬舎plusで、稲田ズイキ名で『僧侶、家出する。』を連載していました。あれから7年経ち、コンビニ僧侶になっていたわけで。
…え? コンビニ僧侶!? どゆこと?? と思った方、さっそくどうぞ。

* * *
コンビニ僧侶
ぼくはコンビニで働いている。
レジの前でスキャナーをかまえ、お客さんの持ってきたサラダチキンやライター、グミ、週刊文春、そのバーコードを読みとっていく。それが主な仕事だ。
もちろんコンビニにはこれ以外にも、まだガンジスの砂の数ほどの業務があるのだけど、そのひとつひとつを説明するのはまだ今度にしよう。
とにかく、やることが多い。マルチタスクの千手観音。だから、なるべく無駄をしないのが、コンビニバイトの不文律だ。
だけど、いつからだろう。趣味といえばいいのか、使命といえばいいのか。業務の域を超えてやっていることがひとつある。
このコンビニで起きた「おぼえていたい」と思った出来事をメモすることだ。
――酒コーナーで悩み抜いて、ジムビームをるんるんでもってきたおじい!
――おでんがなくなっていた。春だ。
――「メロンパンあった……!」と喜んで見せてくれるおじいさん 懐かしいらしい
どれも他愛もないことばかり。すべて、レジのこちら側から見えた景色を採集したものだ。
レジの「レシート送り」というボタンを押すと、空っぽのレシートが出てくる。何の勘定も印字されていない、そのまっさらなレシートにささっと書きとめて、ポケットにしまうのだ。弁当を見れば「あたためますか?」と自動的に尋ねてしまうように、いつのまにかその所作が、ぼくの仕事の一部になっていた。
どうしてそんなことをつづけているのか、自分でもよくわかっていない。だけど、レシートに書きとめたひとつひとつの出来事が、ただの日記のようなものには思えない自分もいる。
なんでなんだろう。ぼくはいつも、あとから意味が追いついてくるようなことばかりしている。
コンビニでアルバイトをはじめた当初、メモしていたのは、おぼえないといけない業務のことばかりだった。
ホットスナックは右からとる。ポケモンカードは二枚まで。客にATMの操作がわからないと言われても関わらない。
すべて、バイト初日に七十代の先輩アルバイターに教わったことだ。レシート送りのまっさらなレシートが、コンビニ店員たちのメモ帳であることも、彼から教わった。
コンビニでは事件が起こらない。そう設計されていることもわかった。商品の発注や登録、棚卸し、廃品の管理、すべてがシステムで管理されている、なめらかな世界。客も店員もすべて、コンビニのしいたルールの上に立っている。
働き出したばかりの頃、よく思っていた。客の買った蕎麦のラー油をレンジで加熱して爆発させ、中身の凍ったアメリカンドッグを売り、客に期限切れのキャンペーンをお得情報として勧めたために詐欺だとののしられているぼくは、この世界に紛れ込んだバグでしかないのだと。
だって、客として何千回もコンビニに行ってきたけれど、一度もそんな目に遭ったことがない。ぼくだけがこの世界でただひとり、コンビニの邪魔をしている。そう思っていた。
コンビニのなめらかさを、せめてあの静けさだけは守りたい。そのためには、まず業務をおぼえること。それが、ぼくの最初の願いだった。
おぼえなければいけないことは、レシートに書いた。忘れっぽいので、その内容をあとでテキストに書き起こし、クラウドに保存した。毎週それをくりかえしていたら、半年、一年、一年半と、メモは少しずつ貯まっていった。
すると、ぼくのレシートはいつのまにか、業務の覚え書きではなくなっていた。常連客の特徴を書き、客との些細なやりとりを書き、しまいには、なんとなく気になったこの店の景色まで記録するようになっていた。
こんなふうに。
――「ケント1の短いの二つ」のおばあちゃん。娘らしき人とともに、カフェオレ二つ
――香ばし野菜炒め丼 おじさん クリスマスの昼
いつのまにか、おぼえていたいことは増えていった。でも、なんでおぼえていたいのだろう。クリスマスの日にとある男性が香ばし野菜炒め丼を買っていったことなんて、なにひとつ役に立たないのに。
ましてや、たとえメモをとっていても、そのおじさんの顔や姿は忘れてしまって、もう思い出せない。つまり、今ぼくの手元にあるメモのレシートの山は、たしかにあったけれど忘れてしまったこと、そんな記録ばかりだ。
――500ミリのスプライト缶、味噌ラーメン、しろくまアイス
メモの内容は、実にくだらない。くだらないが、きっとぼくはこの、忘れてしまったけれどたしかにあったことに用があるのだと思う。
そうした誰かがいた痕跡こそ、ぼくが僧侶として、いつも手を合わせているものだからだ。
そうだ、いつからだろう。ぼくは僧侶としてレジに立つようになっていた。もちろん、袈裟なんかは着ていないし、ちゃんと制服のチャックは首まで上げている。けれど、気持ちだけは仏僧として、頼まれてもいない祈りをはじめていたのだった。
きっかけとして思い出すのは、ある日のバイトの帰り道、勤務先とは別のコンビニに寄ったときのことだ。いつもいるはずのメガネをかけた女性店員の姿が、そこにはなかった。
代わりに、無人レジが導入されていた。三ツ矢サイダーのバーコードを、自分でスキャナーにかざす。人のいないレジでものを買うのは初めてだった。
いずれ終わりが来ることは薄々感じていた。もう、うちのコンビニですら、会計はほとんど自動化されていて、店員がお札や小銭に触ることはない。ましてや、挨拶すら店員よりも先にレジがしているのだから。だけど、なくなること、そのほんとうの意味は、実際に無人の会計を経験しなければわからなかった。
「もしかしたら、ぼくは最後のレジ係になるかもしれない」
はじめて思ったのは、そのときだった。自分がレジの最後のパートナーになる。スピルバーグの『A.I.』みたいに。
寂しいけれど、僧侶という職業病だろうか。その「最後」という言葉に反応してしまった。僧侶とは、最後まで見届ける仕事だ。その相手が人であれ、ものであれ、景色であれ、「終わる」ものの前で立ち止まることがぼくの仕事ならば、そのためにぼくはコンビニにいるのだと思った。
元々は労働のリハビリとして、あるいは妻に結婚指輪を買いたい気持ちで、はじめたアルバイトだった。ある意味、働けるならどこでもよかったのだ。
だけど、レジ横に立つ最後の人間として、この景色を最後まで見届けたいと思った。僧侶として、世から去ろうとしているこの仕事を供養したい、と。
右から左へ通り過ぎていくだけのレジの景色が変わった気がしたのは、このあたりからだろうか。ただのバイトだったはずのぼくは、いつのまにか、レジの前を通り過ぎていく人たちを、僧侶の視点で見送るようになっていた。
レシートのメモはすべて日ごとにファイリングして、押入れにしまったお菓子の空き箱に収納している。一回の出勤でだいたい二十枚ほど書くので、一年半の勤務で、もう千枚は超えただろうか。
たまに読み返す。一枚ずつレシートを手繰り、自分の書いたひょろひょろの文字を目でなぞっていく。
なかには、懐かしいと思える出来事もあれば、もう何ひとつ思い出せない出来事もある。
――工事現場のにいちゃん あやのごう似 からあげ弁当、テリアメンソール、カルピス、ザクチキ!
どうしてこんなメモをとったんだろう。
今はもうわからない。ザクチキのなにが、ぼくの琴線に触れたのか、見当もつかない。
メモには「!」が多用されている。その「!」を見るたびに、少しだけ目が醒める。「!」は、星の光みたいだ。今ではもうどうでもよく見える出来事が、それを書きとめた瞬間には、たしかに光って見えていたということ。つまり、もう消えてしまった光の痕跡が「!」なのだ。
――あやのごう サラダ!!!! 健康!!!!!
こんなメモもあった。これは、おぼえている。綾野剛似の彼が、ある日、揚げものでも甘いものでもなく、サラダを買うようになっていた。それが嬉しかった。
たったそれだけのことだ。でもそれだけのことで、嬉しくなれた。そのことが今、嬉しいのだ。
綾野剛だけじゃない。ほかの常連も、初めて会う人であっても、ぼくたちはたしかに会っている。お互いに素性を明かしあうことはない。名前も知らない。けれど、ぼくらはレジの前で出会い、互いの目で見合っている。
人生単位で見れば、それは塵みたいな出来事にすぎない。あなたにとっても、ぼくにとっても、きっとそうだ。
けれど、その塵の一粒を、ただの一粒だと思えない。それが、僧侶という仕事なのかもしれない。
これまで何度も、僧侶として最期の別れに立ち会った。
死を前にすると、どんな思い出にも貴賎などないのだと思い知らされる。たった一度しか会ったことのない人でも、もう二度と会えないと知った瞬間、その思い出のひとかけらは、どうしようもなく光りはじめるもの。
あの人もそう。あの人もそうだ。一即多。一瞬は永遠也。一微塵の中に無量の仏国あり。
どうでもいいと思っていた時間こそ、最後には、どうでもよくなかったのだとわかる。その人がたしかにこの世にいた。その感触だけが手のひらには残っている。
ただ、チョコウエハースを買っただけ。ただ、「わたしひとりやし、三個のたこ焼きがうれしいわ」と言っただけ。
それでも、たしかにその瞬間、あなたは光って見えた。右から現れ、左に去っていくだけの人やものが、理由もわからない存在感を放っていた。
たったそれだけのことでも、あなたはぼくのなかに宿った。あなたの光は、ぼくのなにかをたしかに照らした。だから、その小さな光を、なかったことにしたくないのだ。
そこに人がいる。出会っている。なのに、なにも交わし合えない。ほんとうは交わしているはずなのに、交わしたことにならない。もちろん、誰もそんなものを求めてはいない。ぼくもあなたも忙しい。けれど、どうしてだろう、寂しい。きっとぼくは、コンビニという場所があまりになめらかすぎて、寂しかったのだ。
だから、ぼくはおぼえていたいと思う。たとえ忘れたとしても、残しておきたいと思う。あなたが今日、からあげ棒と、蛸とブロッコリーのバジルサラダを買ったことを。
そして、想像する。いつかぼくがこのコンビニを去るとき。あるいは、このコンビニが店を閉めるとき。はたまた、隕石が落ちてくる地球最後の日に。
ぼくはレジの彼岸に向かって、静かに語りだすのだ。ぼくとあなたの馴れ初めを。
最後は、深々と頭を下げて、こう言いたい。
「いつもありがとうございます。またお越しください」
そのときのために、ふだんは誰にも「いつも」を言わずに、残してある。
このまえ、忙しそうにマンションから飛び出してきた女性が、何かを思い出したように振り返り、道端のお地蔵さんに手を合わせていた。
その人が大事にしているお地蔵さんは、延命地蔵だった。自分のために願ったのか、それとも近しい誰かのために祈ったのかは、わからない。
そのとき、ぼくは道端のお地蔵さんみたいになりたいと思った。道端で見ている。ただ、見ているだけかもしれない。だけど、ずっと見ている。いついかなるときも、行く道も、帰り道も。振り向いたときに、必ず「よぉ」と言ってくれるような 。
そんなこと、できるだろうか。通り過ぎるものたちを永遠に見つづけるなんてことが。タバコを番号ではなく銘柄で注文されるだけで、チッと思っているぼくに。明らかに詐欺にかかっているおばあさんを説得しきれず、結局iTunesカードを売ってしまう、そんなぼくに。
これは願いだ。せめて、ちょっとした「ひま」だけは、お供えしておきたい。どんなマルチタスクの最中であっても、ほんの一瞬、目を向けられるすきまが残っていますように。寂しさをなかったことにしないでおくために、そう願う。
レジの前を通り過ぎていく誰かのために、ぼくはほんの少しだけ、ひまでありたい。
※こちらの連載は、月1回の予定で更新します。次回もお楽しみに!
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あなたのためにひまでありたい

ときどきコンビニ店員としても働く、僧侶・蒼石盆太郎の日々。
妻に結婚指輪を買いたいというくらいの気持ちで始めたコンビニバイトだが、ここで働き始めてから、仏の教えが、以前より理解できるようになってきた…⁉
幻冬舎plusでは、2019年に稲田ズイキ名で『僧侶、家出する。』を連載していた蒼石盆太郎が、あれから7年を経て、いったいどんな世界線を歩んでいるのか――。
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