30代後半、ともに独身。ロンドンと東京の会社員兼文筆家の鈴木綾さんとひらりささんによる往復書簡『いつか終わる恋愛の、人生への影響について』が7月8日発売になりました。他者と自分を愛する可能性を探った1年間の記録です。発売を記念して、冒頭の手紙をご紹介します。二通目、ひらりささんからのお返事です。
また、7月15日(水)には、おふたりのトークイベント「他人も自分も愛する方法」(本屋B&Bチケットページ)が開催されます。ぜひご参加ください。

新年早々、失恋で寝込んだわたしが往復書簡を始める意味(2025年2月 ひらりさ)
親愛なる綾へ
あけましておめでとう。と、返すには、時間が経ちすぎてしまった。
返事に時間がかかってしまってごめん。現在、わたしがキーボードを叩いているのは、2025年2月20日夜10時の東京だ。綾のいるロンドンは、昼の1時頃だね。わたしのほうが、綾より先の時間を生きている。
今日、郵便受けを開けたら、サリー・ルーニーの新刊が届いていた。真っ青な表紙に『美しい世界はどこに』と書いてある。わたしのロンドン留学中、『Beautiful World, Where Are You』として、あちこちの書店に山積みされていた本だ。本作は、より若い世代にフィーチャーしていた前作までと打って変わって、30歳前後の、かつて大学の同級生だった女性二人がメインキャラクターだ。この二人のメールのやりとりを通じて物語が進んでいくらしい。わたしたちが往復書簡を始めるタイミングで読むのにぴったりの本だなあと思いながら、部屋に運んだ。美しい世界はどこに。なんて、いまの気分に合った言葉なんだろう。
綾と知り合ってもう3年が経つなんて!
初めて対面してからは、2年半くらいだね。つまり、わたしがロンドン留学から帰ってきてからも2年半。長年抱いていた夢を叶えたものの、日本から引きずっていった恋愛と冬のロンドンの曇天のせいで心身がぐったりしており、「充実した留学生活!」と言い切れるものではなかった。だから、留学終盤、向日葵のような笑顔で迎えてくれた綾には、とてつもないエネルギーをもらった。
綾から受け取ったエネルギーは、帰国直後に出したフェミニズム・エッセイ本『それでも女をやっていく』の追い込み時に、大いに貢献してくれた。10~20代に家庭や社会で感じたモヤつきと、自身のひねくれ由来の生きづらさを大盤振る舞いしたこの本のおかげで、わたしは「ライター・編集者」から「文筆家」を名乗るようになった。まあ、会社員をやめさせてくれるほどは売れなかったけど(笑)。留学中、イギリスで職を得ることや、フリーで生計を立てることも考えつつ、結局、留学前の生活水準を維持できる日本企業に再就職した。さらに、ふわふわの綿菓子のような子猫を譲り受けて暮らし始め、彼氏も作った。いまこの人に夢中! と断言できる相手と無事交際できたのは、8年ぶりのことだった。
……なんてことは、綾は十分知っているよね。知り合ってからの期間のわりには、わたしたちはお互いのことをよく知っている。不定期に開催している読書会が、相互理解を、大いに助けてくれたから。
『21世紀の恋愛』は、わたしが推して、読書会の課題本になった本だ。内容は綾が紹介してくれたから、わたしは個人的なことを書こう。この素晴らしいフェミニズム・コミックを最初に読んだのは、留学前のこと。当時ゴタゴタしていた男性の件で頭が禿げそうなほど悩んでいたとき、ある女性がすすめてくれたのだ。「彼が、誰にも夢中になれない理由、この本に書いてあるから、読んでみて」って。わたしと彼がゴタゴタする直前に、まさに彼女と彼がゴタゴタしていたという経緯で、わたしと彼女は出会っていた。なかなかのレコメンドだよね(笑)。
25歳未満の金髪モデル美人を渡り歩いているレオナルド・ディカプリオのエピソードを導入に描かれる、現代の〈感じない男〉たちの本音は、これだったのか、と思うものばかりだった。そして、男たちの不感症に対抗するように燃え上がる、女たちの自己強化フェミニズム! 身に覚えがありすぎて、具合が悪くなる本だった。
ロンドンにいても十分察しているだろうけれど、わたしは恋愛体質だ。ふと英語でなんて言うのか調べたら、easy to fall in loveとかlove orientedという表現になるんだね。うーん、「恋多き」という話ではないから、恋愛依存/love addictionのほうが適切かもしれない。一度沼に落ちると、その恋に無限にしがみついてしまう。『21世紀の恋愛』で描かれていた、女たちの防御法「あんたのかわりはすぐに見つかる」を、てんで身につけていないのだ。この間友人から「執着筋が強いんだよね」と評されて、面白い言い方に笑ってしまった。「そんなに真剣に付き合っていなかった人」がいる綾とは真逆だ。
だから、『セックスする権利』は、「セックスする権利」を主張するインセル男性たちに脅やかされる女性の立場として読んだというよりは、誰にも愛されないと思って苦しんでいるインセル男性のほうに、自分を重ねて読んだところがあった。他人に「セックスする権利」を無理に行使したことはないと思っているけれど、性において自分を「弱者」側に置いてしまう人々の気持ちが、わからなくはない。まさに、綾が言う、「社会が私たちに刷り込んだ固定観念によって、本当の願いが見えなくなってしまっている」側の人間だ。
このように、恋愛や性愛を解体する名著に出会いやすくなったのは、フェミニズムのアンテナを張るようになって良かったことの一つだ。これらの本のおかげで、恋愛や性愛を俯瞰して眺められるようになり、自身の恋愛にもポジティブな影響があって……なんて言えたら良かったんですが。今回の恋愛も、トゥルーエンドを迎えることができずに鬱エンドに達してしまいました。あ、綾には伝わりづらい表現だったかな。日本には恋愛シミュレーションゲームというジャンルがあって、会話や行動の分岐によってさまざまなエンディングを迎えるのですが、その内容によって「トゥルーエンド」や「鬱エンド」という通称があります。
綾はインフルエンザで寝込んでいたそうだけど、わたしは年明け早々、失恋で寝込んでいました。インフルエンザをよそおって、リモート勤務に切り替えた。2週間、体を縦にすることをせずに過ごしていたけれど、10年来の付き合いの友人たちからは「思ったより元気だね」と言われた。いままでは失恋するたびにメンタルクリニックに行って薬をもらうところまで行っていたもんな。我ながら、だいぶマシになった。『21世紀の恋愛』が、やっぱりワクチンとして効いているのかもしれない。
話を往復書簡に戻そう。とはいえ、綾とわたしは、まだまだ、知っていることよりも知らないことのほうが多い関係ではある。また、東京でわたしが見聞きすることと、ロンドンで綾が見聞きすることは、現在進行形で違い続けている。だから、あなたと往復書簡という形で、考えや情報を同期/synchronizeできるのはとても嬉しい。きっと起きるだろう、摩擦/conflictも込みで。
「私がクリスマスと同じくらい信じているのは、平等な社会の重要性。私は全ての国民・市民にできるだけ平等に機会を与える社会、そして弱いものを守る社会に住みたい。」
まず決意表明からして、綾らしくて、微笑んでしまった。スケールが大きくて、きっぱりしている。
わたしは……どうでしょう。先ほども言ったように鬱エンドを迎えたばかりなので、頭が自分のことでいっぱい。ふと気がつくと「自分のこういう考えが今回の破局を招いたのではないか」「こういうタイプの男性を好きになってばかりだから、こうなるのではないか」と、無限に推論している。毎回そう。すぐ因果関係で結びつけたり、N=1を普遍化して、間違った結論に飛びついたりするのが、根深い癖なのです。破局の詳細を書いてこの往復書簡を始めるとインパクト大きくて面白いかな、という芸人根性も湧いて、書いていたのですが……いったん消しました。気をつけているつもりで、ところどころに決めつけジャッジメントが入り込んでいたのだ。慎重に、徐々に書くように心がける。綾との対話の機会なのに、ひとり自己総括に終始してしまうことは避けたい。自分自身に課したい、最低限のルール。
ちょうど最近、マシンピラティスのプライベートセッションを受けた。すでに半年ほど通っている、グループレッスンの効果を高めたくて行ってみたのだけど……すごく衝撃を受けた。グループのピラティスと、全然違うアクティビティだったのだ。
最大の違いは、徹底的にモニタリングをされること。いくつかのスタジオに体験に行ったのだけれど、どこでも、まず壁の前に立たされて、前後左右の写真と、前屈、両手をアップ、背中を左右にねじるといった、アクションをした状態の写真も撮られる。その後、それらを丁寧に見て、肩の左右差、骨盤の傾き、股関節の位置などを分析される。セッション本番では、一つ一つの「ずれ」にフォーカスして、矯正するエクササイズを注意深く行う。ちょっとでもずれているとインストラクターが手を添えて、微調整をしてくれる。セッション後にも写真を撮ると、たった1時間で別人のように、体のバランスがとれていた。本当に、目から鱗が落ちそうになった。
グループレッスンは、エクササイズが全員共通のものだし、あくまで「体を動かす」ことがメインで、インストラクターに体の調整をしてもらう機会は稀だ。一生懸命自分で考えるしかない。でも、自分で自分の体の歪みを正しく認識するのって、本当に難しい。トライアルに行って、わたしの体は、まず徹底的にモニタリングすべき段階にあり、しかもこれは、わたしの体をわたしとは別の視点から俯瞰できる、信頼できる第三者の力が不可欠なのだ、と学んだ。自分の体を鏡で見ても、曲がっていることに脳が慣れてしまっているから、「まっすぐ」に見えてしまうのだ。
思考や人格についても、同じことが言えると思う。いま、自分で自分のことを掘り下げる「ジャーナリング」が世界中で話題だ。たしかに、自分のことを考えないよりは、考えたほうがいいのはわかる。人に邪魔されないように。ソーシャルメディアに「人の考えていること」が氾濫し、いくらでも影響されることができる世の中だから、「自分ひとりの部屋」(By ヴァージニア・ウルフ)を守る試みは、とても大事だ。
でも一方で。自分にとっての「まっすぐ」を自分で確認するのは、本当に難しいと思う。綾の言うように、社会に知らず知らず装着させられたレンズの歪みもあるからね。
「私たちが、より多くの人が豊かになる社会にするために、どんな道具があるの? 文学、執筆だけでいいのか?」
実はわたし、文学も、執筆も、それだけでは世界は変えられないと思っている。重要なのはそこから生まれる会話だ。だって、文学も執筆も、ひとりで選んで読んでひとりで書いているだけじゃ、自分のレンズを肯定する方向にしか作用しないと思わない? 世の中、変な陰謀論の本とかエセ医学の本とか山ほど出てるし。現代でもてはやされている古典文学にも女性蔑視が山ほど含まれているし。文学や執筆が客観的な効果を生み出すには、やっぱり他者との対話が不可欠だと思うのだ。
往復書簡は、インタラクティブなプライベートセッションだ。綾は綾のことを書く一方で、わたしをモニタリングすることになるだろう。そしてわたしはわたしのことを書きながら、綾の視点で自分と、世界を見ることになるだろう。その間に互いが紹介する本の数々も、お互いの背骨の位置をチューニングするきっかけになるはずだ。賛同し合うだけじゃなく、意見の不一致や、反論や批判も起きていい。そうしたやりとりを読んでくれた誰かにとってもモニタリングやチューニングのきっかけになったらいいなと思う。以上、これがわたしの決意表明。
それにしても。やっぱり、年が明けてからずっと、悪夢の中にいる気がする。彼氏と別れたからって話じゃない。綾も書いていた通り、ドナルド・トランプとイーロン・マスクの暴虐が止まらない。Xに、生成AIを悪用したフェイクニュースなのかと疑うような画像と情報が溢れ出した。一番ショックを受けたのは、ホワイトハウスの公式アカウントが不法移民の強制送還の動画に「ASMR」というテキストをつけて投稿していたことだ。
ASMRは、インターネットコンテンツのうち、音を通じて快楽を与えることを目的とした音声や動画を指す言葉だ。そんなものを、強制送還の動画につける、という発想に、戦慄した。まだ、幻覚なんじゃないかと疑っているほどだ。かなり新しいネットカルチャーなので、おそらく20~30代の担当者がつけたものではないかと思う。そのことも含めて、社会の底が抜けたと感じた。昨年までは意地を張ってXのことを「Twitter」と書き続けていたのだけれど、もう、この場所は、「X」に他ならないということをしみじみ感じたよ。
欧米だけが馬鹿げているわけじゃない。日本国内の分断も、いよいよ深まってきていると感じている。綾は我々のフェミニズム強めな読書会に男性が参加してくれたことをとても喜ばしく振り返ってくれたけど、正直、全体の傾向としては、バックラッシュと分断は日本でも進むばかりだ。実感としてある。
綾はイギリスの調査を引用してくれたから、わたしも一つ、日本のニュースを紹介することにしよう。バレンタインデーに合わせて公開された、「高校生男子のキスは過去最低、性交は18年前の約半分──変化の理由を学生たちが自己分析すると?」という記事(2025年2月13日Yahoo! ニュースオリジナル特集)だ。
これは2024年秋に発表された「青少年の性行動全国調査」の結果に基づいた記事なのだが、なんと若年層の性的スキンシップ経験率が大幅に低下し、過去最低を記録したのだという。性に関する自己決定権が浸透して、したくないスキンシップや性交をしなくなったのならいいことだけど……、記事内では現役高校生による、恐ろしい分析が紹介されていた。
どちらがデートで奢るのかという『奢り奢られ論争』とか、モテない弱者男性を『チー牛』と呼ぶとか、こんなんじゃモテないと互いをディスり合うとか……。SNSではしょっちゅう盛り上がっています。いまの高校生は男女とも、そんなやりとりを見ているうちに、傷つくのが怖くなってリアルの付き合いを避けたくなっているのでは──セクテル(注:高校生による高校生のための性教育団体)の3人でそんなふうに話し合いました。わざわざリアル社会でリスクを負わなくても、スマホがあれば、AVとかで女の子の裸も見られるし、チャットアプリで疑似恋愛も楽しめますしね。
たったひとりの発言ではあるけれど、イギリスの調査とあわせても、整合性がとれる仮説ではあるよね。上の世代がインターネットというるつぼの中で熟成に熟成を重ねた女性嫌悪/男性嫌悪が、下の世代に受け継がれてしまっている。
本当に、インターネットは良くない。曲がった背骨がどんどん曲がっていく。いいことも悪いこともあるけれど、いまのインターネットは絶対にいい状態ではない。インターネットやめたい。本当に。
この「良くなさ」は、自分とは相反する、いわゆるアンチフェミ側にだけ思っているわけではない。インターネット=女性嫌悪のホモソーシャル、という事例がフェミニズムの本ではよく書かれるし、わたしもずっとそう思っていたんだけど、フェミニスト側の男性嫌悪もインターネットにより増幅されているのではないかと、今さらながら感じてきた。わたし自身も例外ではない。自分のフェミニズムも男性嫌悪と結びついていることをようやく認められるようになってきた。この件もぜひ、綾と一緒に考えていきたい。
さて。綾の野望は、「平等な社会の実現」だったよね。この往復書簡のテーマに合わせて、まず少し……問いを小さくしてみたい。
平等な社会の前に、平等で、性差別を助長しない異性間恋愛って、実現可能だと思う?
あるいは、綾がこれまで経験した恋愛の中で、「最もフラットだった恋愛」ってどんなもの?
そうそう。6月にロンドンに行こうと思っています。綾の家にゲストルームがあったよね。泊めてもらえるなら、とてもありがたいです。
今日はこの辺で。
そろそろ寝て、明日もピラティスに行ってきます。
【イベントのお知らせ】
7月15日(水)19時半~
鈴木綾×ひらりさ「他者も自分も愛する方法」『いつか終わる恋愛の、人生への影響について』刊行記念
詳細は、本屋B&Bのチケットページをご覧ください。
7月18日(土)16時~20時
蟹ブックスにておふたりが半日店長を務めます
申し込みは不要です。詳細は、蟹ブックスのXをご覧ください。
7月29日(水)19時半~
稲田豊史×エリー・ウォーノック「本が読まれないのは日本だけ?~読書と文章をめぐる欧米との比較~」
鈴木綾さんは、英語名でのご登壇です。詳細は、幻冬舎カルチャーのページをご覧ください。












