「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。
今回は、新刊『硝子のマンション』を6月24日に刊行される、染井為人さんにお話をおうかがいしました。
(小説幻冬2026年6月号より転載)
* * *
エンタメ小説のなかで現代人のありようをリアルに浮き彫りにしていく染井為人さん。「僕はどちらかというとお題を与えられたほうが書きやすいタイプです」というが、では新作『硝子のマンション』はどんなお題があったのか。
「知人に“マンションが舞台の話が読みたい”と言われました。それと、もともと“B地区”という仮タイトルで考えていた設定が繋がりました。富裕層が住むA地区と、ちょっと劣るB地区があって、B地区に住む女の人にはA地区の人とはまた違う悩みがある、というイメージがあったんです」
プロットは作らず、大まかなことだけ決めて書き始めるタイプ。では今回最初に決めたことは?
「僕が覚えやすいように、マンションの二階に住んでいる女性を二十代、三階を三十代、四階を四十代にして、それぞれがパートナーのことで悩みを持っている設定にしようかな、と」
視点人物はその三人。「ベルドゥムール板橋」に暮らす二十代の小関凛は、遠距離恋愛の彼との仲が進展しないことが悩み。三十代の真野遥香には休職中の夫と幼い二人の子供がいる。四十代の岸本奈津子はモラハラ夫に支配されている。遥香が誤って夫を死なせてしまい、奇妙な成り行きで他の二人が死体遺棄に協力することとなり、彼女たちの関係性は密接に、かつ複雑になっていく。その過程が三者それぞれの視点から描かれていく。「同じシーンを別の視点から書くと、見え方が違ってくるのが好きなんです」と染井さん。
緊張感たっぷりのクライムノベルではあるが、たとえば三人が建物内の防犯カメラの映像を消そうと、マンション管理人の中牟田相手に四苦八苦する様子は、なんだかコミカルでもある。
「僕は、大の大人が滑稽なことを真剣にやっているところが書きたいのかもしれないです。この小説も、半分喜劇のつもりで書いているところがあります」
そんな彼女たちには、さらなる罪と隠ぺいと試練が待っている。脇役に至るまで言動がリアルで、場面をありありと想像させる。
「僕は別に人間観察するタイプではないですけれど、“こんな人って実際にいるよね”と思いながら書いていますね」
しかも、一見本筋に関係なさそうな人間模様や事柄が、後半になって重要になってくるのだ。
「伏線をはるというよりは、餌をまいておく、みたいな感覚です。何も起こらなかったら後で削ることもあるので。今回は、まいた餌が後でああいう形で絡んでくるとは思いませんでした」
きっと、結末にニヤリとする人は多いに違いない。

好きな本の印象的なフレーズに選んだのは中村航さんの『あなたがここにいて欲しい』から。
僕は回転しているのだろうか? 吉田くんは考える。回転に必要な向心力は僕に宿っているだろうか? これから僕は、遠心力を放つことができるのだろうか……。
――『あなたがここにいて欲しい』中村航著(角川文庫)より
「この物語全体が好きなんですけれど、あえてフレーズを選ぶとしたらこれかなと思って。この部分が、この物語の核だという気がします。僕は中村航さんが大好きで、この作品がなかったら小説家になっていなかったかもしれません」
その理由を聞けば、なんとも奇妙なめぐりあわせがあった。
「僕は、福祉系の会社の面接にいったら、“君はグループ会社の芸能プロダクションで働いたほうがいい”と言われて。それでマネージャー業をやっていたら、『ピチレモン』のモデルの子たちが芸能界に入るまでを小説仕立ての本にしたいから、ジュニアタレントに取材したいと依頼があったんです。でも、その小説を書くはずだったライターさんが夜逃げしちゃって。編集者から“染井さんが書いてよ”と言われました。事務所のファン感謝祭で僕が台本を書いた小芝居が面白かったから、って」
結果、ソメイヨシノ名義で『うちらのオーディション物語』を刊行し、好評で第二弾の刊行が決定。
「僕が忙しいので執筆を断ったら、編集者が大物を連れてきたんですよ。中村航さんでした。中村さんがうちの事務所に取材に来るというので渡されて読んだ本が、『あなたがここにいて欲しい』でした。読んだら度肝を抜かれるほど面白くて。自分もこういうものを書いてみたいと思ったんです」
その後、市役所勤務の友人から生活保護不正受給の話を聞き、それを扱った『悪い夏』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞しデビューした。以降、犯罪がらみの作品を多く発表しているが、夫婦たちの姿を温かく描く『みずいらず』のような作品集も。
「本当は中村さん作品のような、優しい話に憧れています」
というから、今後も作風を広げていく予感だ。
取材・文/瀧井朝世、撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)
書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。
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