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書くこと読むこと

2026.05.02 公開 ポスト

一雫ライオンさん『六月の満月』:最初の一行と終わりの一行はすごく大事だと思っています。瀧井朝世

「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。

今回は、新刊『六月の満月』を刊行された、一雫ライオンさんにお話をおうかがいしました。

小説幻冬2026年5月号より転載)

*   *   *

一雫ライオン:俳優から脚本家に転身、2016年に脚本作品をノベライズ化した『小説版 サブイボマスク』を刊行し小説家として活動を開始。主な著作に『ダー・天使』『スノーマン』『二人の嘘』『流氷の果て』がある。現在、『小説幻冬』で「ほどける糸」を連載中。
 

俳優として活動したのち劇団を結成、脚本家としての活動を始め、小説家デビューも果たした一雫ライオンさん。

「編集者の方に“次はどういうものを書きたいですか?”と訊かれて、“大人が読める人間ドラマを書きたい”と言いました。僕はプロットの代わりにメモを編集者に渡すんですが、今回は“光の方向へ行こうとする主人公たちが、過去と運と因果に引きずられる物語”というメモを渡しました」

夜、庭で椅子に座って月を眺めている時に『六月の満月』というタイトルが浮かんだ。あとは登場人物の名前が決まれば、書き始められるという。

二十歳の時、母親を守るために人を殺めた山井章吾。出所しねじ工場で働き始めた彼は、近くの弁当屋で働く巴実日子と出会う。表面上は明るい実日子にも大切なものを失った過去があり、二人は惹かれあっていく。そんな折、ねじ工場に、章吾と同じ刑務所にいた青年、琉人が新たに雇われる。彼は章吾に懐くが──。

「これまでに出した単行本の『二人の嘘』や『流氷の果て』に通じることですが、僕はどうも罪と罰や贖罪といったテーマが好きみたいですね。たぶん、自分がそんなに行儀よく生きてきた人間ではないので、書きたくなるんだと思います」

事前に綿密にプロットを立てることはせず、「登場人物たちが走るがままに書いていく」タイプ。映像が浮かぶので、そこに向かって書いていく、とも。では、登場人物たちには、どんなイメージを抱いていたのか。

「僕のクセで、主人公は背の高い男性を書きがちです(笑)。それと、『二人の嘘』の時も主人公を時計技師にしましたが、手を使う仕事に惹かれます。それで章吾も前職を美容師にしました。ただ、人を殺めた過去のある彼が幸せになろうとするのは身勝手だと思う読者がいるかもしれないと思って。それで最初は、実日子も章吾と同じように口数が少なくて不器用な性格にしたら、話がひたすら暗くなってしまって。編集者に“一雫ライオンは読者を楽しませることだけを考えて書けばいいんです”と言われ、ああそうか、と思って。それで、章吾が月、実日子が太陽という対照的な二人にしたら、彼らがどんどん“人間”になっていきました」

やがて、本心がどうにも読めない琉人が登場し、二人の平穏な日々に不穏な影を投げかける。

「琉人は可愛げがあるけれど、どこか不穏なところもある。謎多き琉人が抱える罪と罰はなんだろうと考えていきました」

作中何度か登場する、ワカケホンセイインコが示唆的だ。

「朝、庭で外を眺めていると、以前はカラスがスズメを追いやっていたのに、三年ほど前から緑色の鳥がカラスを追いやっているんです。調べたら外来種のワカケホンセイインコでした。それを知った時、物語のイメージが湧きましたね。章吾は少年時代、無口だけど力では人に負けない強者だった。でも刑務所を出た今、弱者なんですよね。そこに琉人が現れて……という」

そして、まさに“過去と運と因果”が、彼らの未来を変えていく。過酷な運命を彼らは乗り越えられるのか。

「小説の最初の一行と終わりの一行はすごく大事だと思っています。今回も、最後はピシッと終わらせたかった。ただ、本を閉じた時に、温かさだけは感じてもらいたいなと思っていました」

ラストの一行といえば、好きな本の印象的なフレーズに選んでくれたのも、中島らもさんの『今夜、すべてのバーで』の最後の一行、〈「乾杯スコール」〉だ。

乾杯スコール

――『今夜、すべてのバーで』中島らも著(講談社文庫)より

「アルコールに溺れた主人公が、最後はお酒をやめていつものバーでミルクを頼み、今夜すべてのバーの酔っ払いのために『乾杯』と呟く。これを読んだのは、売れない俳優を続けて人生がどうにもならずにいた三十二歳の時。最後のこの一行には笑いながら泣きました。自分ももう一回人生ちゃんとやろうと思い、劇団を立ち上げ、脚本を書くようになり、小説を書かせてもらえるようになった。だから、これは僕を救ってくれたフレーズです。それと僕は一度大病をしたんですが、その時、死ぬ時は笑って“いい人生だった、乾杯”と言うのが理想だなと思って。まあ、実際はジタバタするんでしょうけれど(笑)」

この先、小説家一本でやっていくと決意している一雫さん。

「はじめて小説を書き終えた時、やり遂げたという、果てしない高揚感があったんです。小説家一本で生きていってもいいかと妻に訊いたら、あなたの好きなように生きてくださいと即答してくれました。書く作業は苦しいことも多いですが、僕も五十を過ぎているので、これからは書いて書いて書きまくろうと思っています」

一雫ライオン『六月の満月』流星舎/1870円(税込)

20歳の時に人を殺めた山井章吾は32歳で出所、就労支援制度によってねじ工場で働き始める。辛い過去を持つが明るく振舞う巴実日子と出会い、少しずつ打ち解けていくが、章吾と刑務所で一緒だったという若者が現れ、三人の運命が絡まり合っていく。

取材・文/瀧井朝世、撮影/古里裕美 

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書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。

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瀧井朝世

フリーライター。多くの雑誌などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009~13年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)など。

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