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力を抜く練習

2026.05.05 公開 ポスト

不調のときほど「当たり前」に立ち返る 緊張に負けない心と体の整え方藤平信一

大事な本番で緊張してしまう。頑張っているのに結果が出ない――その原因は、気づかないうちに心と体に生じた「力み」にあるかもしれません。心身統一合氣道会会長・藤平信一が、姿勢・呼吸・意識を整え、本来の力を120%引き出す心得を伝える『力を抜く練習 動じない自分の養い方』が2026年4月22日に発売されました。

ロサンゼルス・ドジャースの若手選手指導でも実践された知見をもとに、緊張に負けない心身の整え方を解説した本書から、一部をご紹介します。

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不調のときほど「当たり前」に立ち返る

「技がうまくできないのですが、何がいけないのでしょうか」

道場の稽古において、生徒さんからよくいただく質問です。初心者の場合は、技の形や動きが違っていることが多いのですが、そうでなければ、その原因の多くは「土台」の乱れにあります。土台とは姿勢です。自分自身の姿勢が整っていなければ、相手を導き、投げることはできません。盤石な土台を築くことこそ最も重要です。

土台を整えることが技の基本ですが、稽古を重ねていくうちに、いつの間にかその基本が疎かになることがあります。行き詰まりを感じたときこそ原点に立ち返り、土台を確認することが解決への近道となります。基本動作と言われる「いり動作」や「転換動作」は、この土台を再確認するためにあります。

「いつもと変わらないはずなのに、なぜか調子がよくない」

日常生活でも、そのように感じる瞬間があるはずです。意思の疎通が滞り、こちらの意図が相手に正しく伝わらない。普段なら気づくはずのことに気づけない。大きな体調不良ではないけれども、どこか具合が悪い。このようなときに必要なのは、特別なことをするのではなく、徹底して基本に戻ることです。

日常生活における基本とは、すなわち「当たり前のこと」を指します。当たり前のことを当たり前に積み重ねることで乱れたリズムも自然と整っていきます。

たとえば「挨拶」がそうです。形だけの挨拶になると、相手の顔を見ず、発する氣を捉えることを忘れてしまいます。発する氣をみるからこそ、相手の状態を深く理解することができるのです。

「確認」も同様です。ひとたび「分かった」と思い込むと、疑問や違和感を持つ感度が鈍くなります。改めて確認する姿勢を持つことで、相手の意図を正しく理解できるようになります。

「呼吸」も欠かせません。呼吸が浅くなると、疲れやすく、プレッシャーにも弱くなります。深く安定した呼吸を保つことで、心身ともに健やかになり、いざというときの強さが養われます。

「姿勢」「挨拶」「確認」「呼吸」。いずれも当たり前のことですが、無自覚のうちに疎かになり、それが「なぜか調子が悪い」という状態を招く一因となるのです。

いつでも基本に立ち返ることが、自分を整えるための第一歩となります。

「心の解像度」を高める言葉の力

基本に立ち返るためには、まず「今の自分がどのような状態か」を正しく把握する必要があります。

そこで重要なのが自身の心の動きを言葉にすることです。

「やばい」

てっきり最近の言葉だと思っていましたが、語源を調べてみると、江戸時代に用いられていた「やば」から派生したようです。「やば」とは「不都合なこと、けしからぬこと、奇怪なこと」を指し、近年「極めて程度が良いさま」を表す意味が加わったといいます。

美味しく感じても「やばい」、く感じても「やばい」。幸運に恵まれても「やばい」、窮地に陥っても「やばい」。

一見、便利な言葉に思えますが、異なる心の状態を同じ言葉で片付けてしまうと、心の働きを正しく把握する力が衰えていきます。まるで解像度の低い映像を見るかのように、自分の心の状態がよく分からなくなってしまうのです。

「嬉しい」という感情の中に混じるかすかな寂しさや、「悲しい」という感情の裏側にある安堵感。そうした微細な心の動きを認識できなくなります。

心の働きを具体的な言葉にすることによって、心の解像度は高まり、心の動きを克明に捉えられるようになります。そして、最も大事なことは「なぜそのように感じるのか」という核心にアプローチできるため、自身に生じる様々な変化を適切に扱えるようになるのです。

指導者になって間もない頃、私は重要な場面で強い不安に襲われることがありました。当時は「なぜ不安が生じるのか」を理解できておらず、その不明瞭さがさらに大きな不安を呼び起こしていました。あまりの苦しさに、せめて今生じている感覚を書き出して整理してみたのです。頭の中が判然とせず、同じ思考が停滞している感覚。首や肩がこわばり、循環が滞っている感覚。何より「臍下の一点に心を静めている」はずが、実際には心が乱れている。そのような状態で、物事が円滑に運ぶはずがありません。

今、自分に生じている感覚の正体は何なのか。なぜ生じているのか。氣の呼吸法を丁寧に行い、心が静まっていくうちに、ふと気がつきました。

「ああ、本当は怖いのだ。だから体が反応しているのか」

当時の私は、失敗によって周囲からの評価を失うことを恐れていました。しかし、無意識のうちにその恐怖を否定し、覆い隠していたのです。評価を失う怖さは生存本能に近いものがあり、完全に消し去ることは容易ではありません。

しかし、「内向き」になっている意識を「外向き」に切り替えることは可能です。恐怖を感じること自体を否定せず、目的の達成のためになすべきことに意識を向けた瞬間、漠然とした不安は霧散していきました。自分で制御できないからこそ不安が増幅するのであり、不安を解消する第一歩は、自身の状態を正しく把握することにあったのです。

大事な場面で、体が硬直してしまうとしましょう。過度に緊張しているときは、自身の状態を客観的に把握できません。すると、その緊張は制御不能な「厄介もの」に変貌してしまいます。もし、自分が緊張していることを冷静に自覚できれば、なぜその緊張が生じ、どう向き合うべきかという課題に取り組むことができます。そうなれば、不安は自ずと小さくなっていきます。

それでは、どうすれば自身の状態を正しく把握できるのでしょうか。

有効な方法の一つは、自身の心の働きを具体的に表現することです。このとき、「やばい」といったあいまいな表現で済ませてはいけません。具体的に表現できるということは、自身の状態を深く理解している証しであり、心の働きを正しく掌握できているということでもあります。

これは、道場での稽古においても不可欠な取り組みです。余計な力が入っていることを自覚し、なぜ力んでしまうのかという心の仕組みを理解するからこそ、正しく心身を整えることができます。

自分自身を知る。それは最も大事な基本でありながら、最も困難なことかもしれません。しかし、自身の状態を具体的に表現する習慣を積み重ねることによって、その精度は着実に磨かれていきます。

「力を抜く」と「氣を抜く」の違い

自分自身の状態を正しく把握できるようになると、今度は「その状態をいかに維持するか」という課題に直面します。

内弟子の修行時代の話です。修行も後半に入ると、身の回りの様々なことが一通りできるようになってきます。

あるとき日課の掃除で、次の予定を控えて急いでいた私は、「まあ、このくらいはいいだろう」と、ほんの少しだけ手を抜きました。

その手抜きは、周囲には気づかれていないようでした。そこで、私は翌日も「このくらいなら」と、また少し手を抜きました。いわば味をしめてしまったのです。それを繰り返すうちに、掃除は徐々に雑になっていたのでしょう。一週間ほど経った頃、師匠から呼び出されました。

「わしが気づいていないと思っているのか?」

掃除のことだと直感しましたが、続く言葉は意外なものでした。

「一週間くらい前から手を抜き始めたね。自分では少しだけのつもりだろうが、それは妥協の始まりだ。小さな妥協であっても、一度許せば必ず次の妥協につながる。自覚したときには、すでに手遅れになっているものだ。それを防げるのは、自分しかいないのだよ」

確かに、私は単に掃除をサボったのではなく、自分に妥協するようになっていたわけです。師匠は一週間の変化に気づきながら、あえて私を見守ってくれていました。本気と愛情深い育成に触れ、これ以降、「自分を磨く上で、いかなる小さな妥協もするまい」と心に誓い、それが私の人生の基本姿勢となりました。

妥協とは「氣を抜くこと」です。小さなことに対して氣を抜くようになると、次第にすべての物事から氣が抜けていきます。最初は自覚できないほどのわずかな「ズレ」であっても、放置すれば日々少しずつ進んでいきます。一ミリのズレが一センチのズレとなり、十センチ、五十センチ、一メートルになる。すると誰もがズレに気づきます。しかし、そのときには、到底修正できないほどの大きな歪みとなっており、人生に深刻な不具合を招いてしまうのです。

「力を抜く」ことと「氣を抜く」ことは完全に異なるものです。余計な力を抜くことで心身は活発に働き、本来の能力が発揮されます。しかし、氣を抜いてしまえば、ただの虚脱状態に陥ってしまいます。この二つは混同しやすいので、本当に注意が必要です。

「まあいいか」という小さな誘惑に負けないことが、あなたの物差しをいつも正しく保ってくれます。日々の小さなことを大切にする積み重ねが、やがて何があっても揺るがない確かな土台となるのです。

「見られる」から「見る」へ──緊張を力に変える心の向き

心の状態を把握できるようになったら、それを人との関わりに活かす段階に入ります。そこで鍵となるのが「心の向き」という考え方です。

たとえば、組織で何らかの問題が生じたとしましょう。

これを「失敗」と捉えると、「失敗をしないように」という「内向きの心」が組織全体に生まれます。すると、新たな挑戦よりもリスクを回避することを優先するようになります。また、自分に責任が及ばないよう、「誰の責任か」という追及に終始するようになります。

反対に、起きた事象を「課題」と捉えると、「課題を解決しよう」という「外向きの心」が組織全体に生じます。すると、困難に思えることにも積極的に取り組む意欲が生まれます。一人ひとりが「自らの役割を果たそう」という主体性を発揮し、結果として組織そのものがダイナミックに変化していきます。

この「心の向き」は、人前に立つ際にも極めて重要な役割を果たします。私はよく、「人前に出ると緊張してうまく話せません」という相談を受けます。原因は様々ですが、主として他者の視線を過剰に意識してしまうことにあります。

「見ているとき」と「見られているとき」の意識の違いを考えてみましょう。

自ら「見ている」ときは、「相手はどんな表情をしているか」「どのような反応を示しているか」と、関心が相手に向いています。これが「外向きの心」です。

反対に、「見られている」と感じるときは、「自分はどう思われているか」「どう評価されているか」と、意識が自分の内側に固執しています。これが「内向きの心」です。

興味深いことに、能動的に「見ている」ときは、「見られている」という感覚が気にならなくなります。反対に「見られている」という意識にとらわれると、相手を正しく「見る」ことができなくなります。なぜなら、心の向きというのは、「外向き」と「内向き」の両方を同時に成立させることはできないからです。心の向きが外へ向いている間は、内側に向かって働くことはありません。

つまり、人前に立つと緊張してしまう人は、意識的に心を外へ向けて、相手を「見る」ように努めればよいのです。緊張は体のこわばりを生みますが、心を外に向けて対象を観察することで、余分な力みが解き放たれます。

私自身、子どもの頃は極度のあがり症でしたが、この「見る」という訓練によって克服することができました。

今では数千人の前で講演することもありますが、登壇する直前に必ず聴衆全体を丁寧に「見る」ようにしています。「男性と女性の比率はどのくらいか」「どのような年齢層が多いか」といった事実に心を向けて観察すると、聴衆のは関係なくなります。余分な力みが消え、穏やかな心地で臨めるのです。

「見られる」ことを恐れる必要はありません。まずは自分から、目の前の相手や世界を主体的に「見る」こと。その一歩が、自分本来の力を引き出してくれるのです。

関連書籍

藤平信一『力を抜く練習 動じない自分の養い方』

頑張っているだけでは、成果は上がらない ロサンゼルス・ドジャースの若手選手も学んだ 人生の大事な場面で“真の実力”を出す心得

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力を抜く練習

「大事な本番で緊張してしまう」「頑張っているのに結果が出ない」
――その原因は、気づかないうちに心と体に生じた「力み」にある。

「力を入れればパワーが出る」「頑張れば報われる」と考えられがちだが、実際には、力めば力むほど本来の能力を発揮できなくなることも少なくない。

本書は、合氣道の思想と体の使い方をベースに、姿勢・呼吸・意識を整えながら、余分な力を抜いて本来の力を最大限に引き出す方法をわかりやすく解説。

アスリートや経営者だけでなく、日々の仕事や人間関係のなかで、しなやかに結果を出したいすべての人に役立つ一冊。

バックナンバー

藤平信一

1973年、東京都生まれ。東京工業大学(現:東京科学大学)生命理工学部卒。合氣道十段の藤平光一より指導を受け、心身統一合氣道を身につける。現在は心身統一合氣道会の会長として、国内外で指導、普及に努める。また経営者・アスリート・アーティストなどを対象に人材育成にも携わる。2010年から3年間、米大リーグのロサンゼルス・ドジャースで選手・コーチを指導。NHK総合「あさイチ」をはじめ、メディア出演多数。

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