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あなたとわたしの生存確認日記

2026.04.12 公開 ポスト

富士山の見えるお寺で(3月14日)―母の四十九日だった。燃え殻

2026年3月14日

午前十一時より、沼津のお寺にて四十九日。母の兄妹と、父と妹、それに自分という、ごくごく近親者だけの集まり。

母は、当たり前なのだが、父方のお墓に入ることになった。正直、心細い気持ちでいるんじゃないか、と個人的には思っている。制度的にはなにも問題はない。でも、母は寂しいと思っている気がしている。

 

父は「おばあちゃんが富士山が見えるから、ここのお寺のお墓を買ったんだ」と自慢げに話す。桜の木も近くに一本あり、もう少しすると、とてもきれいな花を咲かせるらしい。

墓石に、父方の祖父と祖母の戒名が刻まれた横に、母の戒名が刻まれていた。

妹がせっせとお墓の周りを掃除し、水を変え、花をいける。お線香を順々にあげ、手を合わせた。今日の沼津の空は快晴で、富士山がたしかによく見えた。

焼香のとき、父方の祖母の葬式でのことを、ふと思い出した。母は、焼香の順番が来て、立ちあがろうとしたとき、足がしびれたらしく、こんがらがるように転んでしまった。お経を唱えていたお坊さんが、思わずお経を中断するほどの、それはそれは見事な転びようだった。

それを前の辺りにし、僕は必死に笑いを堪えながら、母につづいてお焼香に向かう。焼香をすませ、席に戻ると、母は小声で「こういうときはちゃんとしなさい」と無理やりなことを言った。母の兄妹たちも、その様子を肩を震わせて笑っていたのを憶えている。

あの、見事にすっ転んだ母の姿を、焼香に向かいながら、鮮明に思い出してしまった。

焼香台の横には、母の微笑む写真が飾ってある。お母さん、と心の中でゆっくりつぶやいた。

そのとき母が、「こういうときはちゃんとしなさい」と言った、……いや、そう言うんじゃないだろうか、と思った。転ばないように、もつれないように、慎重に席に戻った。

***
四十九日を終え、沼津の『リバーサイドホテル』で会食。

ビールを父に注ぎ、注がれ、母の話をしたり、祖母の話、祖父の話、なぜか大昔に行った家族旅行での、劇的でもなんでもない、ただただ起きた出来事を、あーあったあった、と笑いながら話した。

ときどき誕生日席に立てかけられた母の写真に目をやった。哀しそうにも、楽しそうにも見えた。あーあったあった、と母は思ってくれただろうか。

お寺の中庭に降り注ぐ陽射しがとてもきれいだった。

母が闘病してから、ほぼ毎朝、電話をかける生活を送っていた。朝、仕事場に向かう最寄駅までの道すがら、うだうだと昨日あったことを話し、母の昨日あったことを聞く。ただそれだけを十年くらいしていた。一日に一度か二度、メールもしていた。

これはもう完全に癖になっていて、親孝行とか、母を喜ばせたいとか、そんなことではなく、ただただ習慣と化していた。母も「はーい」とか「元気ハツラツ!」とか、テキトーな返事をしてきていた。

最後、どんなメールのやり取りをしたのか、たしかめたかったが、開くのがそれだけはとてもこわくて、四十九日の今日まで、母との会話のやり取りを見返すことは一度もなかった。

一度も見返してなかったのに、母との最後のやり取りを、コラムかなにかで、当てずっぽうで書いてしまったことがある。あれは妄想で、偽造で、嘘だった。

帰りの新幹線で、やっと母との最後のメールを確認した。最後の母からのメールは亡くなる五日前。それはたったひと言だった。

二行空けて、自分の名前を打ち込んでいた。

いま、富士山の見えるお寺で、母は寂しがっている気がしている。勝手に気がしているだけだが。最後のメールに、なぜ自分は返事をしなかったのだろう。近々、母に会いに行こうかと思っている。元気? と声をかけに行こうかと思っている。

* * *

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(アイコンイラスト:大橋裕之)

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燃え殻

1973年生まれ。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、エッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+でドラマ化、『湯布院奇行』が朗読劇化(原作)、『あなたに聴かせたい歌があるんだ』がコミック化とHuluでドラマ化(原作と脚本)された。著書に小説『これはただの夏』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』『愛と忘却の日々』ほか多数。

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