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続・ぶらり世界裁判放浪記

2026.03.31 公開 ポスト

アンドラ公国(前編)

仏大統領とカトリック司教が治める「アンドラ公国」の裁判事情原口侑子(弁護士)

世界各国を旅しながら裁判を傍聴する弁護士・原口侑子さん。今回訪れたのは、スペインとフランスの国境、ピレネー山脈にひっそりと佇む世界第6位のミニ国家「アンドラ公国」です。人口わずか8万人、まるで日本の温泉街のような親しみやすい空気が漂うこの街ですが、実は国のトップを「フランス大統領」と「カトリックの司教」が共同で務めるという、世界でも類を見ない特異な体制をとっています。「そもそもこんな小さな国に裁判所はあるの?」美しい渓谷の街で弁護士が覗いた、驚きの司法システムと法廷のリアルをお届けします。

*   *   *

バスから降りて川沿いを歩いた。初夏の夜風が川からのぼる湿った空気を攪拌する。私は湯河原の川沿いを思い出した。日本に帰ってきたみたいだ。そんなことを感じるくらいにはイギリス暮らしの中で風呂に飢えている。もう夜だったので、バルで一杯ひっかけてバスタブに入り、翌朝ブランチにパエリアを食べると午後スパ施設に直行するくらいには飢えている。まだ裁判所も行っていない。そもそも人口8万人の小さな国に裁判所はあるのだろうか。

アンドラ公国は世界で6番目に小さい都市国家である。

ヨーロッパをだいぶ行きつくしてしまって、ミクロ国家(マイクロステイト)にも手を出すようになった。それまで名前も知らなかったこの小さい国は、バルセロナと南仏に挟まれたピレネー山脈にある。

バルセロナと同じカタルーニャ人の国だが、国のトップはカトリックの司教(ウルヘル司教という名前)とフランス大統領(今はマクロン氏)のダブルヘッダーという珍しい政体である。そんな国にそもそも裁判所なんてあるの? とも思ったが、バチカン市国にも裁判所があるくらいなので、ここアンドラ公国にもあるよというのが答えだった。

バルセロナからは山の中をくねくね、たった3時間の道のりだった。バルセロナの人たちと同じカタルーニャ語をしゃべっている。スペイン語もフランス語も通じるし、バルに行くとスペインワインとちょっと南仏のワインが出てくるし、観光客もそこそこいる。海だけが見えない。

町のど真ん中にあるスパ施設は「温泉」をうたうヨーロッパの施設によくある、水着で入る屋内と外がつながった温水プールである。

温泉は身体を浄めるためにあるわけではない、みんながキャッキャと楽しめるレクリエーション施設である。サウナがじっと瞑想するためではなく、居合わせた他者とスポーツの効果を共有するジムとしてあるのと同じように。

それでも水に浸かれるというそれだけでうれしい私はきちんとはしゃぎ、風呂上がりにはバルを2軒はしごし、ほろ酔いで翌日に行くつもりの「裁判所」を初めて調べた。アンドラにも司法権はあり、裁判は行われていて、ヒラの裁判所と最高裁判所(El Consell Superior de la Justcia)が同じ場所にあるようだった。

よく晴れた朝の川沿いは照り返しで蒸し暑く、たどり着いた裁判所Justicaは現代的なビルで、こぎれいな人々が出入りしていた。

案内された法廷の前の掲示板にはAmenezasと書いてあった。Threat(脅迫)のことですよ、と弁護士が教えてくれた。私が来たのは軽犯罪の法廷らしい。イミグレ関係の事件、ドラッグや交通犯罪が裁かれていた。

最初の裁判は飲酒運転だった。その法廷ではスペイン語で裁判が行われていて、ギリギリわかったのは判決が1か月後に出るということだった。2つ目の脅迫罪の裁判では証人が4人も出てきて、私のようなよそ者は珍しいのか裁判後に挨拶もしてくれた。

「弁護士は全部で200人いる。法廷に立てる弁護士はその半分、100人」、法廷を出た弁護士が教えてくれた。

200人というと少なく感じるが、8万人の人口の0.25%である。そう考えると、日本では30万人の弁護士がいることになるから、人口比でいうとまあまあ多い。軽犯罪にすら弁護人がついているはずだ。

「あなたの見た裁判は一審で、不服があれば高裁に上がる。その後には憲法裁判所もある」、彼女は教えてくれて、「判決のときにまた来たら?」と言い、写真まで一緒に撮ってくれた。

この場所での裁判に不服がある場合は憲法裁判所で裁かれるのだが、憲法裁判所の裁判官はウルヘル司教とフランス大統領がそれぞれ一人ずつと、国会が2人指名するらしい。この国境の内側での最終決着は、「外側」の人びとが決めた人材で付けられるということは少し不思議だった。

別に何もない、今まで通り「普通」の、きれいな裁判所が、バルセロナと南仏の狭間の「一端」だったのかと思うと新鮮だった。

(後編につづく)

関連書籍

原口侑子『ぶらり世界裁判放浪記』

世界はこんなにも広く、美しく、おもしろい! ある日バックパッカーとなった東大卒の女性弁護士は、アフリカから小さな島国まで世界131カ国を放浪し、裁判をひたすら見続けた。豊富な写真と端正な筆で綴る、唯一無二の紀行集!

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続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。

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原口侑子 弁護士

東京都生まれ。弁護士。東京大学法学部卒業。早稲田大学大学院法務研究科修了。大手渉外法律事務所を経て、バングラデシュ人民共和国でNGO業務に携わる。その後、法務案件のほか、新興国での社会起業支援、開発調査業務、法務調査等に従事。現在はイギリスで法人類学的見地からアフリカと日本の比較研究をしている。これまでに世界131カ国を訪問。

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