大竹まことさんによる連載エッセイは、今回は16回目。東京でも桜が満開を迎え、都心の街中でも、道端で足をとめ、花にカメラを向ける人の姿を多く見かけるようになりました。
誰と見たかは曖昧で、いなくなった人の顔だけが残る。それでも桜は、毎年律儀に咲き誇る。そんな春の思い出語りです。
* * *
あと3日もすれば、桜が咲き始める。
家の斜め向いにある老木のソメイヨシノはまだ一輪も開いていないが、その蕾(つぼみ)はもう膨らんでいて、その時を待っている。今まで、何度も桜を見てきた。年に1回咲く花だから計算は簡単である。75年間、物心ついてからでも70年は桜と一緒に春を迎えた。
いいなあ、桜は。いつの頃からか、私は本当に桜が好きになった。記憶は飛び飛びで、どこで、誰と見た桜がどーだとかまでは覚えていない。
老いぼれたソメイヨシノは60数年経ってもう少しで枯れてしまうだろう。
これが樹齢であると聞いている。
道路をはさんで斜め向いにあるのは、ソメイヨシノで、二股に別れた片方は手前の根元近くで切られている。
斜めに伸びたもう半分が空近くでまた2つに分かれている。幹の太さは50センチを超えているだろう。
風が吹けば、その家の庭が桜の花ビラで埋めつくされる。それを風がさらにアスファルトの道路の方まで運んでくる。
私の車のボンネットにもフロントガラスにも。
いいなあ桜は。あと、何年見られるのか。それもあって余計に桜が恋しくなる。
私は、みんなのように桜の下でシートを敷いて花見などしたことがない。
私、いや我々シティボーイズは、毎年5月にライブを行うことを、何十年も続けてきた。桜が満開のときは、常に稽古をしていた。稽古場から見える所に小さな川が流れていて、細い桜の並木道があった。そして我々は休憩中のわずかな時間、いつも川の淵を歩いて過ごした。
当時の演目の一つに宮沢章夫作「2西瓜割の棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を」(2013年4月)があった。
ライブ中に流すビデオを取るため、みんなで満開の桜を探して歩いた。これが宮沢と私たちの最後の作品であったと思う。
宮沢章夫は私より若いのに65歳でこの世を去った。数年前だが、私にはずいぶんと前のことのように感じられる。
その通夜で宮沢章夫のマンションを訪ねた。部屋は本棚だらけで、そこに入りきらない本が窓の下や絨毯(じゅうたん)の上にあふれていた。その隙間から飼主をなくした猫がニャーと泣いて膝元にすり寄ってきた。
そのときのパンフレットと台本、それに宮沢章夫の本『牛への道』(新潮社)だけが私の手元に残っている。
井の頭公園の桜は、年を追うごとに人が集まり、いっそうのにぎわいを見せている。
昔はそんなでもなかった。
桜は池に向かってその枝を伸ばし、湖面に花びらが散って、貸しボートに乗ればその花びらを手ですくえた。
高校生の時、私は一度だけデートをしたことがある。
同級生でみんなの憧れでもあった彼女はなぜか私と仲よしであった。
井の頭公園の貸しボートに2人で乗った。頭は悪いが私にはそれなりの運動神経があり、ボートをうまく乗りこなし、桜の花の下に止めたりした。
果たしてそのとき桜は咲いていたのか。この辺の記憶が曖昧(あいまい)である。
その彼女Kは、私と同じテニス部だった。夏の合宿では蓮の花の咲いている小さな池を2人で夜明けに抜けだして散歩などしていた。
高校を出てから、私はフラフラと世の中を渡り、彼女のことを忘れて暮らした。
何年も前に開かれた同窓会。めったに行かない私もそのときは顔を出し、久しぶりにKに会った。昔と変わらない、質素で優しい笑顔であったが、Kは何かの宗教を信じていて、それのすばらしさを遠々と滔々と私に語ってパンフレットやCDを渡した。
無宗教の私は困惑しながら小冊子などを眺めた。
そのKも数年前に死んでしまった。その宗教に則って行われた葬儀に参列したとき、彼女の妹の娘、つまり姪っ子は、もう20歳になっていて、遠い目で挨拶を交した。
まるでKが生きているみたいに似ていて驚いた。
神宮外苑高速の出口を道なりに進む。細い枝垂れ桜が、道路脇に5~6本ばかり植わっている。
国立競技場ができたときもギリギリ刈られず、外苑の新開発でもなんとか助かった。
去年は、車を止めてしばらく眺めていた。
散歩中であろうか、ジイさんやバアさんもそこで憩(いこ)った。
マラソン人が、その脇をすりぬけてゆく。
私は、ラジオが始まる前からだからもう20年以上、この枝垂れ桜を見上げてきた。
また、春が来る。
そして桜が……。
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ジジイの細道

「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。
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