日本の歴史を面白く読ませる、房野史典さんの新連載!『13歳のきみと、戦国時代の「戦」の話をしよう。』は、いまだに増刷を続けるロングヒット作品ですが、今回の連載は「歴史を動かした”事件”」で歴史を読んでいこう!というもの。
歴史の教科書で絶対見たことのある、超有名な「大化の改新」の、恐ろしいほどの謎とウソを、房野先生が暴きます!
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んじゃ、おさらい。
大化改新はすごい!
↓
と、思ってたら、『日本書紀』が盛ったり書き換えてたりしてた。
↓
大化改新は日本書紀が作り出したフィクションだった。
↓
と、思ってたら……
ちょっと「五十戸」について聞いてくれますか?
これまで「五十戸(サト)」っていうのは、部民ごとにまとめられていて、
「【部の名前】+五十戸」
で表されていたんですね(白髪部五十戸、山部五十戸など)。
これが、さっき言った675年の部民制廃止によって、民は特定の誰かのものではなくなり、”国家の民(公民)”となったわけです。だから【部の名前】は消えて、サトは
「【地名】+五十戸」
で表されるようになったんです。
今の「〇〇町」という住所とおんなじですね。
逆に言うと、675年までは【地名】で表す五十戸は存在しない、と、
誰もが思っていたんです。
ところが、2002年、飛鳥の石神遺跡から
「乙丑年一二月三野国ム下評大山五十戸」
と書かれた木簡が出土して、たくさんの人がひっくり返ったんですね。
乙丑年てのは665年のことです。よろしいですか、675年より10年も前ですよ。
それなのに、「”大山五十戸”」なんです。読者のみなさん、よぉく見てください。
部がないべ(興奮のあまりダジャレも恥ずかしいと思いません)。
そう、「大山」は地名なんです(現在の岐阜県富加町あたり)。
部民制が完全になくなる675年までは「【地名】+五十戸」は存在しないと思われていたけど、
誕生してた。
さらに、685年の国境画定事業までは〈国ー評ー五十戸〉の制度は出来上がってないって話だったけど、
「三野”国” ム下”評” 大山”五十戸”」
出来上がってんじゃん、すでに。
——もしかして、改革はガチ??
そう、この木簡が発見されたことによって、「改新の詔で書き換えがあったのは事実だけど、改革の内容自体は実行してるかも……!」という可能性が高くなってきたんですね。
なので現在は、「大化改新はやっぱ革新的だった!」という説に形勢が傾いています。
それにしても。『日本書紀』が文字の書き換えなんかやるから、話がややこしくなったんです。
なぜ書き換えなんかしたのか? には、諸説あって確定は出てません。
が、蘇我氏を悪く綴った理由には、なんとなくの答えがあります。
『日本書紀』の作成メンバーの1人で、その編纂において中心的な役割を果たした
藤原不比等(ふじわらのふひと)

という人をご存知でしょうか。
乙巳の変から20数年後。”元・中大兄皇子こと天智天皇”は、
「鎌足! これまでよく頑張ってくれた! 貴族の最高ランクと、”藤原”をプレゼントする!」
と、鎌足に”藤原”の姓を授けます。
このあと日本史にスーパー大貴族として君臨する藤原氏。その始祖、初代・藤原氏が中臣鎌足で、藤原不比等は鎌足の子どもにあたるんですね。
そんな不比等は、『日本書紀』完成の約20年前、もう一つとんでもないものの完成に携わっております。それが、すでに登場した
『大宝律令』(日本で初めて”律”と”令”がセットでそろった本格的な律令)。
日本は、唐のように《律令に基づいた支配を行う『律令国家』》の道を歩み始めていたんですね。
さぁその時です。
自分たちが作り上げた自慢の律令国家。それまでの道のりを物語として捉えたとき、父たちが行った大化改新ほど、うってつけのスタートはありません。そりゃまぁ、「見事なものだった」と飾り立てたくなるでしょうね。
だとすれば、大化改新の前に起こった乙巳の変が、”権力闘争の末の暗殺”などでは困ります。偉大な中大兄皇子と中臣鎌足が、逆賊蘇我入鹿を討ち滅ぼした、”正義の戦い”でなければならないんです。
「入鹿を討ったことは事実。だがそれは、やつらが悪事を働いていたからだ」と、自分たちを正当化して国内外を納得させるため、蝦夷・入鹿は悪役に仕立て上げる必要があった——。
『日本書紀』で描きたかった、そして実際に描いたストーリー。そこには、以上のような思惑が塗り込められていた、可能性が高いっす。
以上、乙巳の変と大化改新についてお届けしてみました。
さて、今回のお話から学べる部分は、いったいなんでしょうね?
ホントたくさんの教訓が詰まってると思いますが、個人的には、
「リーダーやカリスマは過去を変える」
というところを推したいと思います。
先ほどもお伝えしたように、藤原不比等たちが日本書紀に手を加えたのは、正当性を主張するためです。
もし、正当性をアピールせず事実をありのままに伝えたら、「そんなやつらの支配に従えるか!」と、世の中からまったく指示されず、国を統治できない可能性があるからですね。
よく「歴史は勝者によって作られる」なんて言われますが、実際は
「あったことを正直に言うとバリバリ反感を買うからさ、歴史は勝者が作らないとマズイのよ」というのが実態に近いんだと思うんです。
でもね、過去を書き換えるのは、何も歴史上の人物だけじゃありません。
現代のリーダーやカリスマも、「支持を得なければならない」←そのためには”支持される過去”、《人を惹きつける共感と納得と心震える物語》が多ければ多いほどいい、というのは偉人たちとまったく同じです。
だから、彼らも過去を改竄(かいざん)します(これ、そんな悪い意味じゃなくてね)。

カリスマやリーダーは、基本的にはすごい人。努力をして才能もあって、最良の選択をしたからこそリーダーやカリスマになってるわけです。
ただ、彼らの実績の隅から隅までがドラマティックなストーリーに包まれているかというと、そんなわけはありませんよね。
でも、たくさんの人についてきてもらうには、運良く転がってきたチャンスも「みずから掴みにいった」と必然にした方がいいし、過去の自分の発言や他人からのアドバイスもカッコよくアレンジした方が多くの人を魅了する。
こういった、〈結果は事実だけど、そこに至るプロセスを”プチ改竄”できる人 or チーム〉、言い換えれば、「過去を魅力的な物語に脚色できる人たち」が、いつの世も時代を創っていく、そんな風に思うんです(もちろん経歴詐称とかマジの改竄は大アウトよ)。
これを「必要なことだよな」と許容するか、「真実は1ミリも曲げちゃダメだ!」と拒否するかは、あなた次第。
僕個人は、歴史の書き換えに対してはイラッとしたり、「この場合は仕方ないな」となったり、時と場合によって否定も肯定もしちゃうやつです。
が、現代のリーダーたちによるプチ改竄は、人を傷つけず、むしろ他者に勇気を与える場合に限り、けっこうアリだと思ってます。
てか、改竄て言葉が物々しいね。チョイスミスった。そっちで改竄しといて。
以上、圧倒的個人的見解でした。
(大化の改新の回は、ひとまずおしまい!)
13歳のきみと、日本の歴史を動かした事件の話をしよう。

『笑って泣いてドラマチックに学ぶ 超現代語訳戦国時代』『笑えて、泣けて、するする頭に入る 超現代語訳 幕末物語』『13歳のきみと、戦国時代の「戦」の話をしよう』などなど、ロングな人気作の多い房野史典さん。
絵がうかび、笑いながら読んでいたら、気づけば頭に入ってた! という、驚異の歴史語りは、一度読んだら大人も子供もみんなハマる!
歴史の大先生方からもお墨付きをいただいている房野さんの新連載は、「有名な事件を読み解くと、歴史の動きが見えてくるよ!」ということを教えてくれます。
歴史の面白さがグングン深まっていく、ゾクゾクする感覚をお楽しみください。










