1. Home
  2. 読書
  3. 春はまた来る
  4. #12 これまで女子大だと馬鹿にしてきた...

春はまた来る

2026.04.07 公開 ポスト

#12 これまで女子大だと馬鹿にしてきた女の子たちは、自分と何も変わらない。真下みこと

新学期もはじまり、新しい環境に胸を躍らせる方も多いのではないでしょうか。ふたりの女子大学生の連帯を描いた、真下みことさん『春はまた来る』は、ぜひこの春大学生になった方や、その親世代の方に読んでいただき、この先の大学生活を健やかに過ごしていただきたいという願いも込められた一冊です。試し読みをお届けします。

*   *   *

(承前)

お湯が沸き、順子はポットを部屋に持っていく。紗奈は順子のトマトスープもパッケージを開けて準備してくれていたので、味噌汁とトマトスープにお湯を注ぎ、それぞれ割り箸でかき混ぜた。ポットを戻してから、順子は再び席に着く。

紗奈の目は昨日泣いたからか腫れていて、それを見ていると、順子は自分が思いついてしまった考えの恐ろしさに気づく。高学歴男子を捕まえようとしたから自業自得だなんて、そんなはずがない。

しかし紗奈にそんなことを言うわけにもいかず、順子は黙ってミックスサンドを食べていた。紗奈も嫌いな具があるとかそういったことは言わず、おにぎりと味噌汁を黙って食べていたので、順子は親のように安心した。

食べ終わり、ゴミやカップを袋に入れていきながら、順子はずっと思っていたことをようやく言葉にする。

「やっぱり、警察に行った方がいいんじゃないかな」

警察、という言葉に紗奈は固まり、それから何も言わなかった。

「だって、これって事件でしょ。人が死んだとか刺されたとかじゃなくても、立派な事件だよ。私たちでどうにかなる問題じゃないんじゃないかな。ちゃんと警察の人に調べてもらって、事件として立件してもらって」

「なんでわかってくれないの?」

紗奈は怒りか、それとも悲しみか、どちらかわからなかったが声が震えていた。

「さっきも言ったじゃん。どうせ警察に行っても私が悪いって言われるの。未成年飲酒で、女が一人の飲み会で、宅飲みで」

「そんなことない」

「それに」

そう言って、紗奈は順子を睨んだ。

「あいつらが、動画撮ってたらどうするの。それをみんなに送ったら? 警察に言うってことは被害者として私の名前が出るってことでしょ? もしこういう事件の場合は名前が出ないんだとしても、あいつらが出したら意味がない。全部バラされて、私が悪いって言われて、どうせそうだよ、高学歴男子を狙った女の自業自得だって、みんなに後ろ指さされて」

自分が思ってしまったことを言われ、順子は何も言えなくなった。

「順子もどうせそう思ってるんでしょ? 私の自業自得だって」

「そんなことない」

「でも本当に、動画撮られてたらどうしよう。ばら撒かれたら、みんながその動画を持ってたらどうしよう。連休明け、大学に行ったら、みんなが私が映った動画を見て、笑っているの。あいつはバカな女だからって、そうやってみんなで笑って」

「大丈夫だって」

紗奈は息が荒くなっており、順子はその背中をさすりながら、大丈夫、と繰り返した。しかし現場にいなかった順子には彼らが動画を撮っていたかどうかは知る由もないので、本当に大丈夫かはわからなかった。

背中をさすっていたが、紗奈はずっと何かに怯えているようだった。順子はその様子を見ていると、これはもしかしたら自分だったのかもしれないと思うようになった。順子も、テストの後に飲み会に誘われることはある。それがもし誰かの家でやるとなったら、女は順子一人になる。その場で、今回の紗奈みたいなことが絶対にないと、順子はどうして言い切れるのだろうか。周りにいる男子は、紗奈に酷いことをしたのと同じ、W大の男子たちなのに。

「大丈夫」

もう一度、順子は、紗奈に届くようにしっかりと、その言葉を伝えた。紗奈は最初よりは落ち着いてきたようで、ありがとうと涙を流している。この涙は、自分の涙だったのかもしれないのだ。順子はティッシュを差し出しながら、そんなことばかり考えている。

これまで女子大だと私たちが馬鹿にしてきた女の子たちは、順子と何も変わらないのだ。彼女たちを馬鹿にするということは、順子自身をも馬鹿にするということだ。そんな当たり前のことに、順子は今更、こんなことがあって初めて気づくことができたのだ。

「落ち着いた?」

順子がそう聞くと、紗奈は黙って頷いた。

「本当に、順子がいてよかった」

「え?」

「私こう見えてさ、こっちに友達、あんまいないんだよね。こういう、本当に緊急事態のときに、電話をかけてもいい、そういう友達」

「そうなの?」

いつも友達に囲まれていそうな紗奈には意外な発言だった。

「前にも話したかもしれないけどさ、高校が同じ子たちは家が離れてる。女子大の子たちは仲はいいけど、みんな別々のサークルで遊んでるから、なんかバラバラって感じで」

「でも、同じサークルにも女子はいるでしょう?」

「いるよ。いるけど、その子たちは大学が違うから。なんか授業の話とかはできないし、根本のところが同じじゃないっていうか、そういう感じがするんだよね」

「そうなんだ」

他大学の知り合いが紗奈くらいしかいない順子には、よくわからない感覚だった。

「それにさ、W大の男子とはたくさん知り合いになれたけど、W大の女子とは全然知り合いになれなくて」

そう言われて、順子は宮田くんたちに聞いた話を思い出す。

「だってW大の女子は、そういうインカレサークルに入っちゃいけないんでしょ?」

「いけないわけでもないらしいけど、入りづらいだろうな、とは思う」

「入りづらい?」

「これ、宮田くんとかには黙っててほしいんだけど」

「うん」

紗奈が麦茶を一口飲んだので、順子も麦茶に口をつけた。

「サークルの男子たち、W大の女子のこと、あまりよく言ってなかったから」

「え?」

順子は信じられないという気持ちが大きかった。だって、宮田くんとは毎日一緒に勉強しているのだ。それが、悪口というか、あまりよくないように言われていただなんて。そう思いながらも、順子は頭のもう片方で、そういうこともあるのかもしれないとも思っていた。なぜなら順子たちのテーブルでは日々、女子大の子たちの頭がいかに悪いかという話で盛り上がっていたのだから。その逆のことが別の場で行われていたとしても、なんらおかしなことではない。

「やっぱり、ショックだよね」

順子の沈黙を勘違いした紗奈が、神妙そうに頷いた。順子は違くて、とそれを否定した。

「そういうこともあるかもって、思って。たとえばどんなことを言ってたの?」

「傷つかない?」

「わかんないけど、聞きたい」

「そっか」

紗奈は再び頷いて、それから覚悟を決めたように口を開いた。

「うちの学科の女は男みたいだって。いつも長ズボンにスニーカー、それからでかいリュックって、村井くんかな、言ったの。私は何も考えずに、えーだっさーいって、笑っちゃったの。それからもそういう話はよくあって、勉強のことしか考えてないとかメイクをしないとか髪の毛がとか、とにかく容姿に関することが多かったかな。私はその頃W大の女子と会ったことがなかったから、本当に勉強しか頭にない人が多いんだって、勝手に思ってた」

「うん」

順子は唇を嚙み締めていた。いつも一緒にいる村井くんにそんなふうに思われていたことが悲しかった。長ズボンにスニーカーなのは実験があるからなのに、きっとそういう説明はしてくれなかったであろうことも悔しかった。

「二人に案内してもらって順子に出会って、色々わかった。リュックを背負っているのは大きなパソコンを常に持ち歩かなくちゃいけないからだし、実験によってはメイクも禁止されてるって」

まあそんな規則はないのだが、メイクをしていると先生に目をつけられる実験室もあるのは事実だった。

「長ズボンにスニーカーなのはね……」

順子は自分が説明できることは説明した。紗奈の誤解を解きたいのか、自分がよく見られたいのか、わからなかった。

「そうだったんだ。なんか、嘘ってわけじゃないけど、隠してることばっかりだね、あいつら」

紗奈は呆れた顔で薄く笑った。化粧を施していなくても、ミルクティーベージュの髪に縁取られた紗奈の顔は美しかった。

「それで言うとさ」

順子は意を決して声を出す。逆もまた然りだと、紗奈に伝えてしまっていいのか、迷いがあった。紗奈はこんなことがあってもまたサークルに顔を出すのかもしれない。そう思うと、これは知らない方がいいのかもしれない。けれど、順子と紗奈の見えない溝が、その正体が、ここにある気がしてならない。

紗奈は顔を上げて、順子が話し出すのを待っている。

「うちの学科の男子たち、紗奈とサークルが違う人もいるんだけど、その人たちも、女子大の人たちを馬鹿にするようなことを言ってた」

「そうなの?」

紗奈は鋭い目つきでこちらを見た。

「うん」

順子が頷くと、紗奈は笑い出す。

「どんなこと言ってたの、あいつら」

「サークルの女子大の子なんて頭悪くて話にならない、あいつらsinxの微分聞いたらサインってなんだっけとか言うんだよ、って。私も、それはバカかもって、言った。見た目にばっかり拘って、中身が空っぽ、みたいな、そういう話ばかり。私も紗奈に会うまでは、女子大の人で知り合いなんていなかったから、そういう話を真に受けてた。だけど最近は、そういう、女子大の人を馬鹿にするような話をされても、うまく笑えない」

「そうなんだ」

「ごめん、怒った?」

順子は全部が自分の言ったことではないのに、紗奈を怒らせてしまったのではないかと気掛かりだった。

「怒ってないよ。でも、順子も女子大の子に対する偏見はあったんだ?」

「メイクとか洋服が完璧だから、勉強はあんまり、なのかな、って」

声がどんどん小さくなり、順子は自分で自分が恥ずかしくなった。

「あれね、朝はすっぴんにマスクで行って昼休みにメイクをするから三限、昼休みの後くらいから顔が出来上がってくるんだよ」

「そうなの?」

順子は思わず笑ってしまった。放課後に向けて、彼女たちはメイクを仕上げていたのだ。

関連書籍

真下みこと『春はまた来る』

名門大の理工学部に通う順子は、大学二年の春、高校の同級生で女子大に通う紗奈と再会する。高校生の時は「上」の人間だった紗奈と、「下」の人間だった順子は話したこともなかったが、不思議と二人の間には友情が芽生える。インカレサークルで「高学歴」男子と交流する紗奈が、ある日性被害に遭い――。 注目の作家が描く、ボーダー超越系友情小説。

{ この記事をシェアする }

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP