美しい男の過去#2
土足で部屋へ入ってきた体格の良い男は、唖然としている美しい青年を嘲笑うように雑に蹴飛ばした。部屋の端まで吹っ飛んだ携帯電話を拾い、平然とした表情でメールをチェックした後、先ほどより深い笑みを浮かべながら丁寧にもう一度蹴飛ばした。美しい青年のボサボサの髪は己の胃液を吸い、かさついた頬にへばりつく。余白を楽しむように、数分の時間を置いてから体格の良い男は美しい青年を正座させる。そして、ようやく口を開いた。
「五百万でいいよ。お前ホストだろ?」
どこか舌足らずで綺麗な標準語が並び、思っていたより軽快な声のトーンが部屋に響く。暫くの沈黙ののち、体格の良い男は整えられた髭をいじりながら、美しい青年の鳩尾を革靴のつま先で正確に蹴り抜いた。
「なんとかいえよ。」
先ほどより一段階、声のトーンが暗くなる。美しい青年の細い体はギュッと丸まり、濁音にもならない音を漏らした。その姿を携帯電話のカメラ機能を使って数枚撮った後、そのまま誰かに送る。
「お前、財布どこ?免許あるよな?」
美しい青年は、呼吸を整えることができず、濁音と最奥の胃液を漏らす。体格の良い男は手際良く部屋を物色し、通勤用のバックに入っていた財布をそれなりの時間をかけて見つけた。
「あー、名刺発見。お前ここのホストね。お前身分証ねーの?」
「、、ないです」
美しい青年が無理矢理絞り出した声は思ったより枯れてはおらず、小さくそして甲高く響いた。
「またすぐ来るからいいや。電話でれるようにしとけよ。」
そう言って体格の良い男は、勝手に番号を登録したであろう美しい青年の携帯電話を腹部めがけて投げつけた。そしてタールの高い煙草に火をつけて、小刻みに数回吸ったのち火種ごと美しい青年に向かって弾く。キッチンの横に立てかけてある鏡で軽く太いネクタイの位置を直してから、玄関に向かって歩いてゆく。
美しい青年は、自分の唾液で火種を消して、薄っすらとした視界で体格の良い男の背中をじっくりと見る。そして、玄関が閉まった音を聞いた途端パタンと倒れた。
目を覚ますと、すっかりホストクラブの営業時間は始まっていて、壊滅的な身体を起こして、携帯電話を開くが、特に誰からも連絡はきていない。そして、「君」のダンナであろうさっきの人間の電話番号が着信履歴の1番上にある携帯電話を閉じる。小さなキッチンで、水道水をゆっくりと飲む。たまたまそこにあった「君」の煙草を吸って、もう一度、無理矢理眠りについた。
朝、無慈悲な陽の光に晒されて起きると、「君」からメールが届いている。美しい青年は、おそるおそるゆっくりと開く。
【逃げるから、荷物まとめて。】
乾燥した胃液の香りが、美しい青年の鼻腔を抜けた。
『運』
溜息が嘆声に変わる世界なら私はきっとランチを食べる
あそこでは綺麗な音が鳴っているここはどこだろどうやらここは
もんもんと灰になりたる煙草だけお前のそばにいてくれるって
ヤニ色の前歯の横の隙間から溢れてしまういつもの言葉
そうだよねうんそうだよねそうだよね千年くらい寝かせておこう
歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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