日本と同様に「オーバーツーリズム」が深刻化している、スペイン・バルセロナ。各地で裁判傍聴をしながら世界を旅している弁護士、原口さんは今回、そんなバルセロナにある「カタルーニャ高等裁判所」へ向かいました。すると守衛さんから現地人に見えないというだけで、門前払いされそうになる理不尽な状況に。しかし「弁護士だ」と告げた途端、相手の態度は一変し……。法廷に入るまでのひと悶着から見えた、観光公害の副作用と「裁判の公開」を巡る考察。地中海の歴史と現代の歪みが交錯する、”バルセロナ編”後編をお届けします。
* * *
カタルーニャ裁判所(High Court of Justice of Catalonia (Tribunal Superior de Justcia de Catalunya, TSJC))に入るときは大変だった。
「オーバーツーリズムで困っちゃうよ」と、前日海沿いで酒を飲んだバルセロナ出身の弁護士は言っていたが、朝は海沿いも町もごみごみしておらず、裁判所を見つけた私はいつものようにスイっと入ろうとした。入り口に荷物検査らしき金属探知機が見えたので、リュックを肩から下ろしながら。
すると守衛がダッシュでやってきて言った。
「お前はだれだ」

見た目がいわゆる「ガイジン」である傍聴者を警戒する国はときどきあった。でも、こんなに「ガイジン」に慣れているはずのバルセロナで、現地人に見えないというだけで止められるとは思わなかったので混乱した。
「裁判を見に来た者です」
「何者かと聞いているのだ(You have to tell who you are)。ここは博物館じゃないんだ(This is not a museum)」
守衛の威圧的な聞き方が嫌らしかったので、自己紹介はしないことにした。代わりに、「この地域では、裁判の公開の原則はないのか」と聞いた。「何者であれ、公開されている裁判を見る権利があるのではないのか。今日は公開されている裁判はないのか」
私は隣国のアンドラ公国に行った帰り道、バルセロナに一泊だけ飲みに来ていたので、正直裁判所など見れなくても良かった。近くで昼酒にタパスをつまみ、パエリアでしめてロンドンに戻れればよかった。なのでダメならそこまでという気持ちだった。
もう一人の守衛がめんどくさそうにやって来て、「公開裁判が無いならあきらめるが、あるなら見たいので事務局で聞いてきてくれないか」という私に応じ、しぶしぶ顔で中に聞きに行ってくれた。「見てもいいってよ」
金属探知機に荷物を通す私を、威圧的だった方の守衛1は苦虫を嚙み潰した顔でにらみ、「This is not a museum」と再び言った。「へえ。私のような弁護士にとってはmuseumの側面もあるけどね」と私は応えた。
「弁護士ならそうと早く言ってくれればいいじゃないか」守衛1は急に態度を軟化させ、「そういうのが嫌だから言わなかったんだよ」と私は言った。「裁判の公開っていうのは、弁護士だけに裁判を見せることなのか」
裁判の公開というのは、スタッフがこの裁判は見せる、見せないと恣意的に決めることではない。例外はあるが、基本的には何人たりとも見られるのが公開裁判である。日本でも服装を理由にした傍聴の制限が問題になっているから、公開裁判の原則は世界各地でまだ戦われて獲得されている途上の権利なのかもしれない。
「だって裁判所にいる人たちに威圧的に言われたら、それが正しいような気がしちゃうから」

「カタルーニャでもそうなの?」とカタルーニャ人弁護士の友人に後ほど経緯をメッセしたら、「That is normal」と返ってきた。ノーマルでいいんだろうかと思うが、これほど「オーバーツーリズム」に慣れた町でも、あやしい「ガイジン」に説教する当局というのは存在する。しかし裁判所の事務局は普通に、さも当然のように「ああ、傍聴なら刑事事件の法廷は向こうだよ」と教えてくれた。
カタルーニャ裁判所の中には、重厚すぎない歴史的風情があった。フェニキア人の影もない、カトリックのステンドグラスが中央廊下に、朝の光を透かしている。私はそこで見た刑事事件を思いながら、これまで回ってきたバルセロナの断片をつなぎ合わせていた。

ただただ楽しいバルセロナ観光。ただただ美しい建築の数々。不自然なほど整備された街区。それから海。海へ向かう人びと。かくいう私も裁判所を出て午後のロンドン行きフライト(片道3000円)までの時間、ただただきれいな公園のわきで、ただただ美味しいタパスとパエリアを、ただただ楽しくサングリアと一緒に堪能したわけだし。

私にとって、チュニジアとバルセロナは別々に存在していた。バルセロナの裁判所に来て、カタルーニャの制度を調べて、カタルーニャ人の起源を調べるまでは。
それはそうだ。国も違えば宗教も違う。住んでいる人々も違う。なにより、国の外縁は海だという感覚こそあれ、海がひとつの地域として存在し、大陸が外縁となっているという感覚はなかった。土地を反転させるように、海を海という面として見るには思考の転換が必要だ。
だけど人は海の上に住む。海上の移動に生きている人々がいれば、小島に住む人々もいる。カタルーニャ人の祖先が一説にはカルタゴのフェニキア人と言われると、今回初めて知った。知っても、古い石でできた遺跡の町カルタゴと、ギザギザしたガウディ建築が並ぶバルセロナの心象風景は、どうしても一致しない。
一致しなくて当たり前なのだった。もう2000年の時を経て、かつて呼応し合っていた海のへりとへりをつなげる必要もない。「海の道」という「面」に対する過剰なロマンの感情に焚きつけられて地中海をひとくくりにするのは、太平洋の東西にある日米をひとくくりにするくらい乱暴である。つなぎ合わせることは暴力でもある。異なる時を経てきた地域を、根っこに共有するものがあるからといって一緒にすることはできない。
(行政単位としてのスペイン人ではなく)「スペイン人など本当にいるのか」とカタルーニャ人が問いかけるように、「地中海人など本当にいるのか」と思う。それでも私は、アルジェリア、マルタ、チュニジアに続いて地中海編・バルセロナを書いている。目を細めたら遠い対岸にアルジェが見える。気がする。

続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。
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