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いつまで自分でせいいっぱい?

2026.02.04 公開 ポスト

#96

音楽のちから佐津川愛美

二年前の元旦、地震があった。

私の家族の大切な人の、大切な家族が被災した。

年末から帰省していた娘夫婦と孫たちを空港に見送り、家に戻ってこたつで昼寝をしていたところで、大きな揺れが来たという。ドアが倒れ、色んなものが落ちてきて、家の中が一瞬で別の場所のようになった。

そのとき頭をよぎったのは、ついさっき見送った孫たちの顔。

「みんなを送り出した後でよかった。もういいや。もう歳だし、ここまでかなと思った」

けれど次の瞬間、娘や孫たちが知ったときのことが浮かんだ。いつか別れはくるけれど、この終わり方ではいけない。悲しませる終わり方はダメだ。足を怪我して諦めかけたけど、動ける可能性があるならここから動かなきゃ。そう強く思い直し、必死に逃げたそうだ。

 

わんちゃんを抱え、ヒビが入ってボコボコになった道なき道を進んで避難場所へ。

避難所の体育館には入れず、グラウンドに停めてある車の中で夜を越した。すぐにその家族は、東京の孫たちがいる家に避難してきた。着のみ着のまま。

寡黙なお父さんは、一日中ソファに座り、テレビを見ていた。多くを語らないその背中は、世界から少し距離を取っているようにも見えた。話しかけても、あまり会話は続かなかった。

お母さんは家事を手伝い、買い出しにも出かけていたけれど、身につけているのは最低限のものだけだった。

「能登に帰れば、服も靴もあるから」

そう言って、新しいものを買おうとしなかった。能登に戻りたいんだ。東京で新しく暮らすことは考えていないんだ。お父さんとお母さんの様子を目の当たりにした私は、何か出来ないだろうかと思った。

そうだ!

私は、友人であるミュージシャンが毎年続けているニューイヤーコンサートに、ひとりで行く予定があった。チケットを直接頼んでいたので、追加でお願い出来るか連絡してみた。

すぐに返ってきたのは、迷いのない言葉だった。

「大歓迎です!そんな人たちに音楽を届けられるなんて!」

そう言ってくれた言葉に、胸の奥がほどけた。

お母さんに話すと、少し考えてから言った。

「じぃじは、そういうところ行かないかもしれん。でも、愛ちゃんが誘ったら行くかもしれないから、愛ちゃんが言ってあげて。」

勇気を出して誘うと、お父さんは少し戸惑いつつ、静かに頷いた。

お母さんは嬉しそうにしながらも、「こんなパジャマみたいな格好しかないんだよ。愛ちゃん、一緒に居たら恥ずかしいでしょ?」と気にしていた。

恥ずかしいわけがなかった。

 

数日後、三人で会場へ向かった。

ワンドリンク制で、アルコールもあるよ、何を飲む?と聞くと、お母さんが小さな声で教えてくれた。

「じぃじ、東京に来てからビール我慢してるんだよ」

自分たちだけ助かって、温かい布団で眠らせてもらっていることが申し訳ない、と何度も言っていたらしい。贅沢しまいと、色々と我慢していたようだ。私は迷わずビールを買い、そっと手渡した。

ライブが始まった。

音楽が流れ、それぞれの感情が、ゆっくりと会場を満たしていく。

お母さんは、あとでこう話してくれた。

「音楽で、こんなふうに心が癒されるなんて思わなかった。一度は諦めた人間が、こんな気持ちにさせてもらえるなんて」

孫たちと過ごす癒しの時間とはまた違う、音楽によって触れられる癒しの場所が、確かにあったのだと。

被災して初めて、音楽の凄さがわかったとも言っていた。歌詞が身に染みて、楽しそうにしているファンの方の姿を見て、自然と笑顔になった。

「だからみんな音楽が好きなんだって、ここまで生きてきて初めてわかった」

そんなふうに言葉を見つけていく姿に、私は胸を打たれた。

後半、ふと横を見ると、無口で、話しかけても「うん」としか言わないお父さんが、周りの人たちと同じように手拍子をしていた。

お母さんは目を丸くして、「じぃじが手拍子するなんて初めて見た」と驚いていた。

私もその姿を見た瞬間、勝手に涙が溢れた。

彼らは、特別な言葉を用意したわけではない。ただいつも通り、日頃から伝えたいことを、音を、奏でていた。それが常に特別であり、常に日常なんだ。

その「いつも通り」が大きなパワーだった。心を癒し、確かに届いていた。

 

ミュージシャンと俳優。

表現の形は違っても、同じエンタメの世界に生きている仲間だ。震災が起こるたび、我々の仕事は生きるうえで直接必要のないものだと突きつけられる。

それでも。心という、目には見えなくて、けれど一番深い場所を照らせる力が、エンタメにはあるのだと思う。

「音楽って、本当のどん底の時には届かないけど、そこから一歩踏み出そうとしてる時には届くのかもしれないね。だから、お父さんとお母さんは顔を上げて前を見ている証拠だね。強い人たちなんだね」

そう言ってくれた友人。

そう思ってくれる感性を持っている彼がつくる音楽だから、こんなに心に響くんだと思った。どこまでもまっすぐに、みんなにエールを届けてくれているんだ。

 

今年も彼らはニューイヤーコンサートを開催した。たくさんの手拍子、たくさんの歌声、たくさんの笑顔。それを見ながら、私はまた、涙が止まらなかった。

彼らの音楽は、今日もどこかで、誰かを救っている。本当に、届いている。

 

あの夜、一度は生きることを諦めかけた人の心が、音楽に触れ、動いた。静かに、確かに。

音楽を信じ、日常に置き、届け続けること。

それがどれほど難しく、どれほど尊いことかを、仲間として私は知っている。

 

だからこそ、彼らが毎年ステージに立ち、
変わらず音を奏で続けることに、深い敬意を抱いている。

音楽は、今日も誰かの人生のそばにある。

それを疑わず、手放さず、続けている人たちがいる。

私は、あの瞬間をくれた彼らを、心から尊敬している。

 

あれから2年。お父さんとお母さんは能登に帰って、時々彼らの音楽を聞いて、暮らしている。

【嬉】お父さんとお母さんを勇気づけてくれたD.Wニコルズのだいちゃんとけんちゃん。
私のヒーロー!

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いつまで自分でせいいっぱい?

自分と向き合ったり向き合えなかったり、ここまで頑張って生きてきた。30歳を過ぎてだいぶ楽にはなったけど、いまだに自分との付き合い方に悩む日もある。なるべく自分に優しくと思い始めた、役者、独身、女、一人が好き、でも人も好きな、リアルな日常を綴る。

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佐津川愛美

1988年8月20日生まれ、静岡県出身。女優。
Instagram http://instagram.com/aimi_satsukawa

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