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アウトドアブランド新入社員のソロキャンプ生活

2026.02.01 公開 ポスト

ほんとうにあったキャンプの怖い話大石祐助

恐怖というのはあまりに突然に、あまりに理不尽に襲いかかってくる。

それは「おい、のび太」と迫り来るジャイアンの拳のように。

 

近畿地方の山にあるこじまんりとしたキャンプ場でのこと。

その日は、温度計が氷点下を示す一月の平日ということもあり、キャンプをするのは自分ひとりだけ。日が落ちる五時には管理人の方もキャンプ場を後にし、完全にひとりになる。

 

 

他に誰も客がいないので、トイレと炊事場が併設する管理棟の前という一等地にテントを設営する。

テントは冬用のシェルターというタイプで、大きなテントの中にリビングルームとベットルームがあるスタイル。なので、全ての扉を閉じきり、ストーブで室内を温めれば冬でもキャンプを楽しめるわけです。

 

夜の帳が下りきる前に、近隣のスーパーマーケットへ急ぎます。

芝生が凍るほどの寒さに対抗すべく、トムヤムクンをつくろうと画策。むき海老やらマッシュルームやらをレジ袋に詰めて、キャンプ場へ帰還。

 

トムヤムクンをつくる前に、トイレへ。

トイレの照明は、個室内の壁にあるスイッチを押してつける。用を足し、しっかりと消灯してからテントへと戻る。

 

初めてつくったトムヤムクンは絶品でした。

シンハービール片手に気分はバンコクであります。野外で食べるご飯は、いやはやどうしてこんなにも美味しいのでしょう。

身も心も満ち、洗い物をするためにふたたびテントの外へと出る。

このトムヤムクンの味を忘れることはない

ん? トイレの電気ついてね?

あれ? 人感センサーだったっけ?

 

先ほど入ったトイレの構造を思い返す。壁にスイッチがついていて、それをこの指で押して照明をつけた。そして、この指で確実に消して出てきた。

 

えっ、じゃあ誰かがトイレに?

 

ありえない。今日は自分以外に宿泊している人はいない。

そうか、動物の仕業だよな。ここはよく鹿が出るらしい。小便をもよおした鹿が律儀にトイレのドアを開けて、ツノでスイッチを押したのか、納得……。

 

なっとくできるかっ!

 

飲み会するチンパンジーは居ても、さすがに小便器で用を足す鹿は居なそうである。

どんなに想像してもありえない。となると、残る可能性は……。

 

幽霊。

 

考えたくなかった。でも、それしかないじゃん。

三十年間生きてきて、幸いにも霊や怪奇現象なるものと邂逅したことはなかった。

けれど、いま目の前で、どうにも説明のつかない事象が起きている。

 

汚れた鍋を持ったままテントへ引き返す。

一度、見てしまったが最後。幽霊がそこに居るという想像が頭から離れない。いま、キャンプ場には自分ひとりじゃん。しかも、ビール飲んでるよ。もう逃げれないじゃん。オワッタ。

風も吹き荒れており、テントをバタバタと揺らし恐怖心を煽ってくる。そのときだった。

 

ジッ、ジッ、ジッーーー。

 

テント入口のチャックが勝手に上がっていく。

 

へっ、へっ、へっ。ぱにっく。

 

チャックは膝ほどの高さまで上がり止まった。

はち切れんばかりの心臓の音。トムヤムクンがぜんぶ出てきそう。腰かけたチェアからしばらく立ち上がれなかった。

幽霊はこのテントのジッパーを開けて中へ入ってこようとした

どれほどの時間が経過しただろうか。ひとまず幽霊は入ってきていないようだ。

意を決しテントの入口へ向かい、チャックを下まで確実に締める。けれど、またいつきてもおかしくない。

どう逃げるかをシミュレーションする。反対側の扉から飛び出し車に乗り込み、フルスロットルでキャンプ場を抜け出す。さすがに車のスピードには幽霊も追いつけまい。飲酒運転でお巡りさんに捕まっても、幽霊だけには捕まりたくない。左手に車のキーを握りしめて、なんどもなんども脳内で車を走らせる。

 

対策は万全。でも、こわいものはこわい。

あとはもう寝るしかない。意識を飛ばしてしまえばこっちのもんである。タイムマシーン3号さんのYouTubeをお経代わりに流し、鼻だけを出してシュラフにくるまる。

 

脈打つ鼓動がうるさくて眠りにつけない、それはそれは長い夜だった。

 

翌朝、コーヒーを淹れながら考えていた。

もしかして、わるい幽霊ではなかったのではないか。ただトイレに行っただけだし、ただトムヤムクンが食べたかっただけ。わるさはしていない。

幽霊というだけで、わるいヤツだと決めつけ怯えていたのは自分ではないか。

 

ジャイアンも劇場版では頼もしく勇敢なヒーローである。バイオレンスなのはジャイアンのごく一面にすぎないのだ。

呪ったり脅かしたりするのは幽霊の一面にすぎない。昨夜現れた幽霊は、ひとり寂しくキャンプをする男を不憫に思い救いにきた、本当は心優しいジャイアンのような幽霊だったのかもしれない。

生還した朝に淹れるコーヒー

 

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