日本のものづくりを支えてきた優良企業の経営陣が、不正輸出の疑いで逮捕され、1年近くにわたり勾留された。だが事件はなんと、公安部の「でっち上げ」だった――。前代未聞の冤罪事件はなぜ起きたのか。権力の暴走はなぜ止まらなかったのか。NHKディレクターによる渾身のノンフィクション『冤罪の深層 追跡・大川原化工機事件』から一部抜粋してお届けします。
JR横浜線鴨居駅北口を降りるとすぐ、鶴見川にかかる歩行者専用の人道橋、鴨池橋が見えてくる。長さはおよそ100メートル。鴨居駅とその北側に広がる工業団地を結ぶこの橋は、工場勤めのサラリーマンや、幼子を連れた家族などで、いつも人通りが絶えることがない。
橋を渡り下流に向かって堤防沿いの遊歩道を進むと、河川敷で子ども達がサッカーの練習に励んでいるのが見えた。そこから遊歩道を下り北へ徒歩10分、自動車整備工場や流通センターなどが立ち並ぶ一画に、地上4階建ての大川原化工機の本社がある。
私が大川原化工機を初めて訪ねたのは、2022年の夏。「捏造」発言のおよそ1年前だった。NHKのディレクターとして長編ドキュメンタリー番組の制作を生業としている私は、その頃新たな企画の掘り起こしに向け、新聞や雑誌の記事をあさっていた。そこで目にとまったのが、事件について書かれた幾つかの記事だった。
本社1階の受付で来訪意図を伝え、エレベーターで3階へ上る。案内された会議室で待つこと数分、社長を務める大川原正明さんと、ともに逮捕された元役員、島田順司さんが現れた。初めて面会した大川原さんは、企業経営者というよりは大学の研究者のようなたたずまい、落ち着いた口調で考えながら話をする。長く海外営業を担ってきたという島田さんは、スーツの着こなしが上品で、外向的な人物に見えた。
大川原化工機は、従業員約90名が働く中小企業だ。創業40年以上の歴史と噴霧乾燥機の国内シェア7割を誇る日本のトップメーカーである。近年は中国や韓国にも合弁会社や子会社を持つなど、世界相手にも販路を広げていた。事件について、改めて話を聞かせてもらいたいと申し出た私に、2人は、やや表情に硬さを残したまま、話し始めた。
事の発端は2020年3月に遡る。大川原社長、当時営業担当の役員だった島田さん、会社の技術開発を牽引してきた顧問の相嶋静夫さんの3人が、不正輸出の容疑で警視庁公安部に逮捕された。当時のNHKニュースは事件を次のように伝えている。
――NHKニュース(2020年3月12日)より抜粋
不正輸出・規制品に非該当と申告
横浜市の機械メーカーの社長、大川原正明容疑者(70)らは液体を霧状にして乾燥させ、粉末にする機械「噴霧乾燥装置」を中国に不正に輸出したとして、外国為替法違反の疑いで逮捕されました。医薬品の製造などに使われるこの装置は生物兵器の製造などに転用されるおそれもあるため、直径10マイクロメートル以下の粒子を製造できるなど、一定の仕様を満たす製品は輸出が規制されています。
その後の捜査で、会社側は国に許可を受けなかったうえ、税関に対しても、輸出の規制品には該当しないと申告していたことが分かりました。警視庁は実験などで規制品に該当すると判断していて、詳しいいきさつを調べています。
逮捕された3人は容疑を否認したが、東京地方検察庁によって起訴された。さらに、中国向けの機械に加え、韓国に輸出した機械も不正輸出と見なされ、再逮捕、追起訴となった。その後3人は、再三の保釈請求が許可されず、1年近い勾留を強いられた。中でも、東京拘置所に勾留中に体調を崩した相嶋さんは、検査で癌と判明。病と闘いながら無実を訴え続けたが、逮捕から11カ月後、保釈も許されないまま亡くなった。
この間、大川原化工機では、警察・検察の主張に反論するため専門のチームを作り、実証実験を繰り返した。その結果、自社の機械で生物兵器の製造は不可能であることを証明。実験結果を検察や裁判所に提出するなどし、刑事裁判の初公判に向け準備を進めたのだった。
ところが、初公判の直前、事件は突如幕を下ろされた。東京地検は、「輸出した機械が法規制の対象ではない可能性がある」などとして、起訴を取り消したのだ。
――NHKニュース(2021年8月1日)より抜粋
軍事転用可能な精密機械を中国などに不正に輸出したとして外国為替法違反などの罪で起訴されていた横浜市の会社社長ら2人について、東京地方検察庁は、輸出した機械が規制の対象外だった可能性があるとして起訴を取り消しました。検察が起訴を取り消したのは異例です。初公判はあさって(3日)開かれる予定でしたが、東京地方検察庁によりますと、弁護士の主張を踏まえて再捜査をしたところ、輸出した機器が規制の対象に当たらない可能性があることが分かり、先月30日に起訴を取り消したということです。この事件で2人と共に逮捕された会社の顧問は起訴されたあと、亡くなったということです。
起訴に足りる証拠がないとする不起訴処分や、犯罪の疑いはあるが検察官の裁量で起訴されない起訴猶予は、ままあることである。しかし、犯罪事実そのものがなかったとして起訴を「取り消す」というのは、そうそうあることではない。その過程で、容疑が晴れぬまま相嶋静夫さんが亡くなったことも含め、事件は異例の「冤罪事件」として注目されることとなった。
一方、2人の話を聞くにつれ、表情の硬さの原因は、初対面の緊張だけではないことも分かった。3人の逮捕時、事件のニュースは、NHKを含むテレビや新聞によって大きく報じられた。当時のNHKのニュース映像からは、警察が会社へ捜索に入る様子や、連行される社長の姿が確認できた。同時に、その映像には複数のテレビカメラマン達が映り込んでおり、社長逮捕のXデーが事前にNHKを含むマスコミ各社に伝えられていたことが推察できた。
大川原化工機の社名と社長らの実名は、生物兵器製造に転用できる機械の不正輸出という、おどろおどろしい容疑とともに、報道機関によって連呼された。逮捕時の報道によって、会社が被った損失や社員や家族らが受けた傷は、相当に大きかったという。
『「冤罪」のお先棒を担いだのは、おまえ達マスコミじゃないか』。口にこそ出さないものの、社長らが胸の内でそう考えていても無理はない。警察の発表を鵜呑みにし、自分達の反論を十分に聞かないまま事件を報じたマスコミ達。後に「起訴取り消し」によって「冤罪」が明らかになったあとも、当時の報道内容を謝罪しに来たマスコミ関係者は、ほとんどいなかったと社長らは語った。
時に容疑者として扱い、時に冤罪被害者として扱うマスコミのご都合主義を、私自身も、当然感じていた。このときの私は「事件について改めて報じる意味がある」という建前を述べるので精一杯だった。不信感が必ずしも解消したわけではなかったが、社長らは「できることは協力します」と取材を承諾してくれた。
冤罪の深層

軍事転用が可能な精密機器を不正に輸出したとして、横浜市の機械メーカー・大川原化工機の社長ら3人が逮捕された。長期勾留ののち異例の起訴取り消しとなり、会社側は国と東京都に賠償を求めて提訴する。
元顧問の相嶋静夫さんは、拘留中にがんが判明し、無実を訴え続けるも、保釈が認められないまま亡くなった。
第一審で証人として出廷した現役捜査員は「まあ、(容疑は)捏造ですね」と証言。
衝撃の冤罪はなぜ起きたのか。
相嶋さんはなぜ無念の死を遂げなければならなかったのか。
調査報道大賞を2年連続受賞ほか各賞総なめのNHKスペシャル「”冤罪”の深層」シリーズ、ついに書籍化!











