澤田瞳子さんが初めての武家小説にチャレンジした『春かずら』。仇討ちをテーマに描かれた本作は、武家小説への熱い思いと、人を描きたいという新たな執筆意欲の詰まった作品となりました。新たな代表作となる本作について、澤田さんにお話を伺いました。
(小説幻冬3月号より転載)
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追う/追われる、双方にドラマがある
――『春かずら』、とても良かったです。
本当ですか、ありがとうございます。私、いつも自信がないんですよ。
―― 今作は新聞連載だったとのことで、ならではの大変さもおありになったと思うのですが、始まる前はどのようにお話を膨らませていったのでしょうか。
まず、武家ものをやりたいと私からお話ししました。武家もの、ずっとやりたかったんです。今、武家小説を書く方が本当に減っているじゃないですか。それもあって、やるんだったら長編でちゃんとやりたいなと思っていました。幻冬舎さんからは江戸ものでご依頼をいただいて。私の場合、お仕事のご相談をするときには古代ものにするかそれ以外にするかが最初になるんです。全体の傾向としては、やっぱり古代のご依頼が多いんですよね。今回は江戸ものをと言っていただいたので、じゃあ武家小説をやっていいですかとご相談しました。
―― 意外なようにも思いましたが、初めての武家小説なんですね。
武家社会というもの自体が、現代社会では遠くなっていると思うんです。以前に比べて、時代劇のテレビドラマも減りましたし。NHKが時代劇を作ってくださりはするけれど、市井ものだったり剣豪ものだったりが多い。武家社会そのものが、理解されづらい社会になりつつあると感じます。
――確かに、もう忘れ去られそうな題材でもあります。『春かずら』というタイトルは最初からあったんですか。
全然なかったです。京都新聞さんでのスタートが最初に決まっていまして、これに合わせる形で考えました。私、タイトルを付けるのが本当に下手で……。当に今、次の新聞連載のタイトルが決まらなくて悩んでいます(笑)。『春かずら』もぎりぎりまで渋っていたはずです。作中に出てくる「月やあらぬ」の和歌から取れないかと色々と提案したんですけど、もうちょっと分かりやすい方が、ということで、苦心の末で「春かずら」という造語にしました。
―― 京都新聞を皮切りに、十紙に連載されました。
本当にご縁のあるところに掲載いただきました。福島民報さんはデビュー作で中山義秀文学賞をいただいた時からのお付き合いなのですが、連載中に義秀賞の選考に行ったら皆さんが「福島民報で拝読できて嬉しい」ってお声がけくださり、ただいま! って気持ちになりました。長崎新聞さんは、葉室麟さんが親しくしてらした記者さんがいらっしゃいまして。また、長崎の図書館とのお仕事で、色んな市町村を回らせていただいているため、県全体に親しみがあります。岩手日報さんは先日、深い関りがおありの盛岡文士劇に出させていただいたりとご縁があります。
これまでも地方紙に載せていただいたことはありました。ただ今回は、お仕事を通じて本当に色んなところにご恩返しできたり、多くの方々とのご縁をもう一回結んでいただきました。とてもありがたかったです。また、連載中に夕刊フジの休刊が決定しまして。本当だったら最終回まで載せられないんですが、二回分ずつ掲載しますとおっしゃって、本当に最後まで連載させてくださったんです。
―― 様々なご縁のある十紙での掲載だったのですね。今作は武家小説ですが、その中でも仇討ちが大きなテーマです。
仇討ちって、追われる側も追う側も双方にドラマがあるじゃないですか。成功しても失敗してもドラマがある。現代の感覚でも正直、やりたい気持ちは分かるし、現代人も思いを寄せやすいと思います。ただ、当時は今よりも情報化されてない時代なので、敵を捜してもそう簡単には見つからないし、大変なことですよね。
―― 今では制度として認められていない仇討ちですが、当時その役目を負わされた人間がどういう思いで月日を過ごすのか、すごく興味を惹かれました。安良藩という架空の藩を舞台にしていますが、こちらについてはどのように設定されましたか?
ひとつ前に連載していた新聞連載で、山田方谷の小説を書きました(『孤城 春たり』)。その舞台は備中松山藩という岡山の方の小藩でした。それがちょっと頭に残っていて。あそこよりはもうちょっと穏やかで、私、京都生まれなので水が多いところが好きで、水の豊かな地にしたかったのでそういう描写を入れ、五万石ぐらいで……と話したら、挿絵を描いてくださっていた村田涼平さんが「規模的に大体赤穂藩ぐらいですね」とおっしゃって、「なるほど」って思いました。さらに連載中に私が藩内の描写をすごく場当たり的に書いていたら、村田さんが地図も描いてくださって、「それください」ってお願いしました(笑)。
――村田さんは連載に続いて、単行本でも装画を担当されました。すごくいい顔の本ですね。
はい、村田さんが今回も物語に綺麗な衣装を着せてくださいました。村田さんのファンの方も多くて、ジャケ買いしましたってお声を聞くこともあって、嬉しいです。村田さんとは同い年なのですが、葉室麟さんを通じて直接お目にかかるようになったので、私はこのご縁は葉室さんの置き土産だと思いながら、仕事をしています。
――葉室さんのお繋がりなんですか、それもご縁ですね。ところで、澤田さんの作品で印象的なのが情景描写です。今作も冒頭から美しい描写が降ってくるようでした。
新聞連載だからというのも大きいと思います。新聞連載だと素敵なイラストを毎回つけてくださるじゃないですか。特に村田さんは自然描写がすごくお上手なので、村田さんの絵で飾ってもらえるんだったら自然豊かな美しい地域にしようと思って書きました。また、今回は架空藩だったので、夢物語のような美しい景色を書きたかったこともあります。ただ、主に繰り広げられるのは人間模様なのですが。
――架空の藩を舞台にされたのは人を描きたかったからだと、連載前のインタビューでお話しされているのを拝見しました。
そうですね。史実がある実在の藩だと、藩主の気性だったり制度だったり、ここでお家騒動があったとか飢饉が来たとか、そういう事実に引っ張られてしまう。人間だけで動かしていきたいという思いで、架空の藩にしました。
歴史小説でデビューしてはいますが、歴史ってとても興味深い事件が多いので、それらを綴っているだけでも物語になっちゃうんです。それは良くないな、歴史に依存していては小説家としては怠慢だよなと思っていて、なるべく歴史のない小説にも挑戦したいというのが、最近の私のテーマで。今回、架空藩にチャレンジしたのはそれも理由のひとつです。

人間関係と人間の感情だけで作った物語
――続いて登場人物についてお伺いします。男女の話でもあり、男同士の友情の話でもあり、師弟の話でもあり、様々な人間関係が見事に合わさっていました。魅力的な登場人物の中でまず、主人公の多賀清史郎はどのように作られたんでしょうか。
今回、登場人物間の時間差みたいなものを書きたくて。清史郎は仇討ちの旅に出ることで、自分一人だけ過去を引きずらないといけないんです。歳月が経って、みんなそれぞれのポジションにある程度収まっている中、自分一人だけ中途半端に過去を引きずっている、立場や精神の差を描きたいと思いました。そう考えて、友達だったり、かつての恋人だったりを配していきました。
個人的にも私はこういう仕事をしているので、やっぱり友人と話をすると、ちょっと価値観がずれているんですよね。皆さん会社勤めをもう二十何年やっていて、かたやこちらはまだ学生時代を引きずって生きているようなところがあるので「あ、そんな考え方するんだ」と違いを感じることがあります。まあ、私が大人になりきれていないってだけですが。そういったギャップと感情を書きたかったのも、今作のきっかけのひとつです。
―― 十二年という年月も絶妙です。
ひとつには隼人の年齢設定があって。彼を大人でも子供でもないギリギリのところに置きたかったんですよね。あと、過ぎてみると十二年ってあっという間でもあり、だけど明らかな変化が生じる時間の長さなので、そういうことを考えて十二年にしました。
――いい物語は読者に返ってくると思うんです。きっと読んだ方は自分ごとに置き換えて、十二年前の自分について思い起こすのではないでしょうか。絶妙だなと思いました。
ありがとうございます。私も読み返して、あれ、意外とよくできてるなと思いました(笑)。連載時は必死で原稿を送り出しているので、完成したデータを読み返す瞬間が一番怖いんです。面白くなかったらどうしようって。
――清史郎の幼馴染で初恋相手の早苗との関係も、すごくいいですよね。彼女がなぜ藩の重役の後妻になったのかも、彼女ならではの思いがあって。最後まで読むと、そこが浮き彫りになっていきます。
多分、これまで描かれてきた武家小説と一番違うのは早苗の存在なんです。一般的な武家小説においては、女性はもっと従属的な立場に描かれることが多いです。だから、早苗のキャラクターにちょっと違和感を覚える方もいらっしゃると思います。読者さんに早苗がどう受け入れられるか、少しはらはらしています。
――そうなんですか。僕は、隠れ主人公は彼女だと思いますね。
清史郎のおばあちゃんの葬式の手伝いに来た早苗を見て、清史郎はこういう女の子と結婚しようと思った。でも早苗の方はおばあちゃんの死に際を見て、賢女になんかなりたくないと思っていた。このすれ違いは自分で書いていて、男女あるあるだと思いました。早苗はいい女ですよね。
―― 本当ですね。早苗をはじめ、女性がみんな魅力的ですよね。
女たち、みんな強いですね。これも、歴史小説じゃないからでしょうね。おそらく史実のキャラクターだとこの人の奥さんはどこどこの妹で、といった属性がついてしまいます。それなしで書いているからこその彼女たちかもしれません。
取材/内田剛 撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)
(後編は3月6日に公開予定です)












