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無縁仏でいい、という選択

2026.01.13 公開 ポスト

墓石の注文が激減──日本人は墓を作らなくなった島田裕巳(作家、宗教学者)

昨今、家族葬が増え、孤独死・無縁死、無縁墓の増加や墓じまいの高額な離断料が問題になり、人々は葬式と墓と遺骨を持て余していることを明らかにする、宗教学者・島田裕巳氏による『無縁仏でいい、という選択 も、墓じまいも、遺骨も要らない』が話題です。長寿が変えた日本人の死生観――その最前線とは? 「第3章 無縁仏にまっしぐら」より一部を抜粋してお届けします。

墓じまいの増加。墓は「終の棲家」ではなかった

墓は終の棲家である──そのように言われることがある。

しかし、最近では墓を終の棲家と考えることが難しくなっている。なにしろ、「墓じまい」を行う事例が増えているからだ。墓がなくなってしまえば、そこは終の棲家ではなくなる。仮の宿に過ぎなかったことになる。

今から10年ほど前のことだ。

NPO法人・手元供養協会という組織がある。手元供養とは、遺骨を細かく砕き、それをペンダントや置物にして故人の記念にするものだ。遺骨を細かく砕くのは業者がやってくれるが、木槌で叩いたり、ミキサーを使えば自分でもできる。配偶者を亡くした人が手元供養を行うことが多い。故人の子供の場合だと、あまりそうしたことはしないように見受けられる。その手元供養協会が2015年9月に開催した10周年記念シンポジウムにパネラーの一人として参加したときのことだった。

パネラーの中に静岡県の石材店のオーナーがいた。その方は、「石材問屋さんからは墓石の受注が昨年と比べて3分の1に減ったという話も聞きます。皆さんお墓を作らなくなっている」と語っていた。

この話を聞いたときには驚いた。そんなにもころっと変わってしまうのかと思ったからである。おそらく今から10年前のその時代に、日本の社会では墓についての考え方が大きく転換したのだ。今世紀に入って、墓じまいという言葉が使われるようになるが、それが一般化したのが2010年代半ば以降のことだった。そのことが、この転換に影響している可能性がある。

その後、墓じまいはどんどん盛んになっていった。石材店の仕事も、新たに墓を建てるよりも、すでにある墓を撤去する仕事の方が多くなっていると聞くようになってきた。

墓じまいに関連する言葉として「改葬」がある。改葬は法律で定められた用語で、その意味は墓埋法で定義されている。墓埋法の第2条3では、「この法律で『改葬』とは、埋葬した死体を他の墳墓に移し、又は埋蔵し、若しくは収蔵した焼骨を、他の墳墓又は納骨堂に移すことをいう」とされている。墓の引っ越しというわけである。

一般の引っ越しに許可は必要ないが、改葬には地方自治体の許可が要る。一方、墓じまいの方は法律上の用語ではなく、維持できなくなった墓から墓石を撤去し、その場所を更地にして、墓地の管理者に返還することをさしている。

したがって、改葬は必ずしも墓じまいに直結するわけではない。他の墓に移すこともあるからだ。だが、ここのところ改葬の件数が急増しているのは、墓じまいの増加によるものと考えられる。

無駄になる終の棲家

改葬の件数は、厚生労働省の「衛生行政報告例」で毎年報告されている。2000年度から2022年度までは、次のように推移してきた。

2000年度 約6・6万件

2005年度 約9・6万件

2010年度 約7・2万件

2015年度 約9・1万件

2018年度 約11・5万件

2019年度 約12・4万件

2020年度 約11・8万件

2021年度 約12・2万件

2022年度 約15・1万件

この推移を見ると、22年間に、改葬の件数は倍以上に増えている。私の周囲でも、墓じまいをした、あるいは墓じまいをしようと考えているという人の話をよく聞くようになった。

先日も、喫茶店の隣の席で、中年のご婦人たちが墓じまいの話をしていた。私は、『「墓じまい」で心の荷を下ろす』(詩想社新書)という本も刊行しているので、思わず自分の本を薦めたくなったが、そこは自重した。

この本は、編集者自身が墓じまいを考えていて、それで執筆を依頼されたものである。タイトルは編集者がつけたもので、私が考えたものではない。

編集者としては、墓じまいをしたいとは考えていたものの、そこに躊躇があったように見受けられる。先祖の建てた墓を処分するのは、先祖に申しわけないというのだろう。そうした気持ちがタイトルに表れている。前の章でふれたが、私は小学生の頃に墓じまいを経験している。その時代には、墓じまいなどという言葉はなかった。

墓を建てるということも、一般の庶民には大事業だが、墓じまいも、その点では変わらない。

そこには、墓石の重さも関係している。『「墓じまい」で心の荷を下ろす』でもふれたことだが、墓石は標準的なもので1・5トンから2トンもある。少し大きなものになれば5トンになる。木造住宅の場合、延べ床面積40坪、つまりは約132平方メートルの住宅の総重量は約16トンとされているので、住宅よりもはるかに小さいにもかかわらず、墓石はかなりの重量である。

それだけの重さがあれば、個人が自分でなんとかするわけにもいかない。どうしても、石材業者に頼らざるを得ない。

墓じまいの対象となった墓を最初に建てたとき、建てた人間は立派なものを造ることができたと、かなりの達成感を得たであろう。

その後、自分が亡くなり、遺骨はその墓に納められたはずだが、子孫はそれを維持できなくなり、墓じまいをしてしまった。その際に、遺骨をどのように処理するか、様々な選択肢があるが、遺骨になった本人としては、終の棲家のはずだったのにと、草葉の陰で悔しい思いをしているかもしれない。あるいは、自分は墓を建てるという随分と無意味なことをしたものだと考えているかもしれない。

墓じまいされた墓石は、前の章でもふれたように、「墓石の墓場」に送られたり、不法投棄されてしまうことも少なくない。

なぜ私たちは、そんな無駄なことをしてきたのだろうか。

墓ブームの背景にあったバブル経済

それは、墓を建てることが一時ブームになったからである。そして、ブームには、去ってしまうという問題点がある。

時代につれて、様々なブームが起こってきた。しかし、ブームは、基本的に一時期しか続かない。ブームが続いている間は、皆がそれに飛びつくが、しばらくすると熱が冷め、一気にブームはしぼんでいく。

墓も一時ブームになり、その後、それがしぼんでしまったことで、ブーム一般に共通する末路をたどってきたのではないだろうか。それによって墓じまいということが広く行われるようになった。これももしかしたらブームで終わるのかもしれないが、墓ブームによって大量の墓が建てられたことで、墓じまいの必要性が生まれたのだ。

*   *   *

続きは、『無縁仏でいい、という選択 墓も、墓じまいも、遺骨も要らない』をご覧ください。

関連書籍

島田裕巳『無縁仏でいい、という選択 墓も、墓じまいも、遺骨も要らない』

バチは誰にも当たらない。我々はもう気づいている ――子供や孫が、自分や先祖を供養する必要などない、と。 平均寿命が延伸し、多くの日本人が天寿を全うする。 ゆえに死は必ずしも惜しむべきものではなくなる。人生の時間は圧倒的に増え、生き方も変わり、死に方、死後の扱われ方も大きく変化した。 そして、そもそも現在の葬式や墓の在り方はそれほど長い伝統を持たない。 昨今、家族葬が増え、孤独死・無縁死、無縁墓の増加や墓じまいの高額な離断料が問題になり、人々は葬式と墓と遺骨を持て余している。これまでのような供養を必要としていないのだ。 これは無責任ではなく自然の道理だ。長寿が変えた日本人の死生観――その最前線を考察する。

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無縁仏でいい、という選択

長寿が変えた日本人の死生観――その最前線の考察。

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島田裕巳 作家、宗教学者

1953年東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著作に『日本の10大新宗教』『平成宗教20年史』『葬式は、要らない』『戒名は、自分で決める』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『靖国神社』『八紘一宇』『もう親を捨てるしかない』『葬式格差』『二十二社』(すべて幻冬舎新書)、『世界はこのままイスラーム化するのか』(中田考氏との共著、幻冬舎新書)等がある。

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